【司法書士への登記申請の委任解除の制限(解除の有効性の判断基準と実例)】

1 司法書士への登記申請の委任解除の制限
2 登記申請の依頼者からの委任解除の有効性の判断基準
3 現実的な司法書士の負担の問題
4 具体的事案の内容と解除の有効性の判断

1 司法書士への登記申請の委任解除の制限

司法書士の業務の中心は不動産登記の申請(代理)です。実際には,登記権利者と登記義務者の両方が1人の司法書士に依頼する(双方受任)ということが多いです。
詳しくはこちら|司法書士の不動産売買決済の立会の流れ(代金支払と登記移転の同時履行)
双方受任によって登記申請を確実に行う,という使命から,依頼(委任)を解除することが制限されることになります。
本記事では,登記申請の委任解除の制限と,解除できるかどうかの判断基準について説明します。

2 登記申請の依頼者からの委任解除の有効性の判断基準

登記権利者と登記義務者の両方が同じ司法書士に登記申請の依頼をした場合に,登記義務者だけで委任(依頼)を解除できてしまうと仮定すると,登記権利者(買主など)登記名義を得られないことになってしまいます。例えば買主がすでに代金を支払済という状況ではとても不合理なことになります。
そこで,原則として当事者の一方だけで委任(依頼)を解除することはできません。
ただし,特殊な事情がある場合は,登記申請を中止する必要もあります。最高裁は,特段の事情がある場合だけは一方の当事者だけで解除できると指摘しています。
この特段の事情の内容をある程度詳しく示した下級審裁判例があります。要するに,実体上の権利変動がないと容易に判断できる(判断するのに困難はない)というものです。

<登記申請の依頼者からの委任解除の有効性の判断基準>

あ 基本(最高裁判例)

登記権利者・登記義務者が共に司法書士に登記申請を依頼した場合
登記権利者の利益をも目的としている
登記義務者と司法書士との間の委任契約は,契約の性質上,民法651条1項の規定にかかわらず,登記権利者の同意or同意と同視できる事情がある場合など特段の事情がない限り解除できない
※最高裁昭和53年7月10日

い 特段の事情の拡大

『ア・イ』の両方が成り立つ場合も『特段の事情』があるといえる
ア 委任契約の基礎となった登記原因たる契約の成否or効力に関して契約当事者間に争いがあって,登記を妨げる事由があるとの登記義務者の主張に合理性が認められるイ 司法書士としても登記義務者の主張に合理性があると判断するのに困難はないと認められる ※仙台高裁平成9年3月31日

3 現実的な司法書士の負担の問題

登記義務者だけが解除を主張してきた場合,司法書士は,実体上の権利変動の有無を判断する必要があります(前記)。仮に後から判断が適正ではなかったことになったら司法書士は責任を負わされるリスクがあります。
そこで,前記の裁判例も,判断するのに困難はないという絞りをかけています。要するに多少疑われる程度であれば原則に戻って登記申請を履行するべきだということです。

<現実的な司法書士の負担の問題>

反対給付(代金の支払)がすでになされている場合
取引が無効であるかの判断を司法書士に強いることは酷である
裁判例(仙台高裁平成9年3月31日)が判断するのに困難はないと指摘していることから,この負担に配慮していることが分かる
※山崎敏彦稿『司法書士の登記代理業務にかかる民事責任−最近の動向・補論−(下)』/『季刊・青山法学論集40巻3・4合併号』青山学院大学法学会1999年p269

4 具体的事案の内容と解除の有効性の判断

以上の判断基準は一般論なので少し理解しにくいです。そこで,実際に判断された実例を紹介します。
土地所有者が売却する予定だったのに,突如金融機関から担保設定を要求されました。土地所有者は,その場で担保設定の登記申請をするための(司法書士への)委任状へのサインなどに応じました。
そして,その直後に,土地所有者は司法書士に対して登記を中止するように要求しました。
しかし,金融機関は司法書士に対して,すでに融資が実行されていることを指摘して登記申請を督促しました(中止しないように要求しました)。
その結果,司法書士は悩んだ末,登記申請を履行しました。
裁判所は,このような経緯から,司法書士は権利変動が生じないと理解できたという判断をしました。つまり,委任の解除は有効なので,担保設定登記は無効であるという結論です。
この訴訟では,司法書士の責任を追及したものではないので,司法書士の責任の有無は判断されていません。

<具体的事案の内容と解除の有効性の判断>

あ 登記申請を依頼した状況

土地所有者は土地をA社に売却することにした
売買契約の締結の際に立ち会った金融業・不動産売買業の会社が突然,根抵当権設定契約書,担保提供承諾書,登記委任状への署名を要請した
土地所有者は困惑したがプレッシャーを感じる雰囲気であったためこれに応じた

い 土地所有者の理解の程度

登記義務者(土地所有者)は事前にも,根抵当権設定契約書に署名した際にも,根抵当権設定の意味やその内容について十分な説明を聞かされていなかった
債務者はこれまで登記義務者とは面識がなかった
→根抵当権設定契約は登記義務者の無理解に乗じてなされた可能性を否定できない
登記義務者が意味内容を理解して締結したものかどうか自体が強く疑われる事情があった

う 土地所有者の中止要請と司法書士の了承

根抵当権設定契約書に署名した後も,登記義務者は契約内容に疑問を持ち,その日のうちに司法書士に電話で連絡を取ろうと試みた
翌日には弁護士に相談して理解して,弁護士を通じて直ちに司法書士に登記関係書類の返還を求めた
司法書士は『事件性があるので登記手続は進めない』と約束した

え 担保権者からの督促と登記申請の履行

担保権者(登記権利者)は司法書士に,金が動いているのだから登記をしてくれないと困ると催促した
司法書士は登記申請を行った
→登記が実行された

お 解除の有効性の判断

取引の正常な流れの中で司法書士に登記手続を委任した場合と異なる事情があることは明らかである
司法書士としても,土地所有者の言い分の合理性を肯定するのに困難はなかった
→委任契約の解除を肯定すべき特段の事情があった
→委任契約の解除は有効である
※仙台高裁平成9年3月31日

本記事では,複数の登記申請の依頼者のうち1人による委任解除の制限と有効性の判断基準について説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で結論は違ってきます。
実際に,司法書士への登記申請の依頼の解除に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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