競売で入手した建物に賃借人が居住しています。
物件明細書の「買受人が負担することとなる他人の権利」には記載がありませんでした。
明渡を請求できるのですか。

1 競売対象物件の賃借人は退去する義務があるが,明渡猶予が与えられる
2 法人と個人が同一の場合は,賃借人ではない明渡猶予の対象外となる
3 所有者(法人)の代表者個人の賃借は否定→明渡猶予の対象外となりやすい
4 明渡猶予期間中建物の使用対価請求が認められる
5 明渡猶予期間中建物使用対価の相場は従前の賃料額となる
6 明渡猶予期間中使用対価不払い→催告→”明渡請求可能になる
7 平成16年4月1日以前スタートの建物賃貸借→短期賃貸借として競売でも承継される

1 競売対象物件の賃借人は退去する義務があるが,明渡猶予が与えられる

<事例設定>

競売で入手した建物に賃借人が居住している
物件明細書の『買受人が負担することとなる他人の権利』には記載がない
明渡請求は認められるのか

(1)対抗要件で買受人が優先→明渡請求が認められる

所有権は物権としての性質として賃貸借よりも優先されます。
例外として,賃貸借対抗力があると,逆転して賃貸借が優先となります。
ここで,賃貸借が買受人が負担する権利に該当しない,ということは,賃貸借が対抗力なし→原則どおりに所有権が優先ということです。
別項目;不動産登記;対抗要件,不完全物権変動理論,背信的悪意者
対抗要件で優先,であれば,所有権に基づく明渡請求ができる,というのが原則です。

(2)明渡猶予期間が適用される

しかし,一定の期間は明渡猶予期間として保護が与えられています(民法395条)。
結局,代金納付日(=所有権移転時期)から6か月間,は,明渡の請求が認められないことになります。
要は,引渡命令の発令がされない,ということです。

明渡猶予期間の制度概要>

あ 対象となる賃借人

・抵当権の目的である建物の賃借人
・賃借権が抵当権に対抗できない

い 明渡猶予期間

代金納付時から6か月間は明渡が猶予される
※民法395条

(3)平成16年の民法改正前は短期賃貸借という制度であったが廃止された

『明渡猶予制度』が作られる前は『短期賃貸借』という別の『賃貸借保護ルール』がありました。
保護が強すぎるという不合理があったので廃止されるに至りました。
事情によっては,現在でも短期賃貸借が適用されることがあります。
注意が必要です(後記『7』)。

2 法人と個人が同一の場合は,賃借人ではない明渡猶予の対象外となる

<事例設定>

競売によって,建物を買い受けた
占有者がいるが,ある会社が賃借している
しかし,その会社は,旧所有者が代表取締役となっている会社で同族という感じである
賃貸借として,明渡猶予などの保護が適用されるのか

(1)法人格否認の法理が適用されると賃借人とは扱われない

占有者が賃借人の場合は,原則として,明渡猶予の適用対象となります。
ただし,実質的に法人と個人が同一という場合は,法人と個人をイコールと考える,という理論があります。
これを法人格否認と言います。
これに該当すると,同一人が賃貸借契約をした→無意味→賃貸借契約は否定される,ということになります。
結局,占有権原のない占有者となります。
明渡請求が認められるということになります。

(2)個別的事情により法人格否認の法理の該当性が判断される

法人格否認が認められるのは,多くの事情から,法人と個人が同一と言えるような状況である場合です。
法人格否認により引渡命令が認められた裁判例では,会社の規模,取締役会の構成とその非活動的状況,代表者個人の財産の流用の経緯等から,法人格が形骸にすぎないと認定しています(裁判例1)。

3 所有者(法人)の代表者個人の賃借は否定→明渡猶予の対象外となりやすい

<事例設定>

競売によって,建物を買い受けた
旧所有者はある会社である
建物には,その会社の代表取締役が居住している
その代表取締役は『私は会社と賃貸借契約を締結した。賃借人だ』と主張している
『賃貸借』として,明渡猶予などの保護が適用されるのか

元々法人というのは,物理的なカラダはありません。
代表者が法人のカラダの代わり,という考え方がとられています(法人実在説など)。
そこで,本事例のように,法人から代表者個人が賃借というケースでは,代表者の占有は,あくまでも法人の機関としての占有と解釈される可能性が高いでしょう。
この解釈を前提にすると,占有している者は賃借人ではなく,旧所有者自身ということになります。
そうすると,明渡猶予の適用はされない,という結論になります。

4 明渡猶予期間中建物の使用対価請求が認められる

<発想>

競売で入手した建物に賃借人が居住している
明渡猶予期間中は,入居者(旧賃借人)はタダで住めるのか

常識的に考えて,他人の建物に,タダで住む,というのは不合理です。
その一方で,買受人(=新所有者)と占有者の間には賃貸借契約はありません。
賃料(家賃)を請求するというのも成り立ちません。
そこで,建物の使用対価不当利得として請求することになります(民法703条)。

5 明渡猶予期間中建物使用対価の相場は従前の賃料額となる

一般的な建物使用対価賃料相当額の考え方は多くの理論があります。
突き詰めると,不動産鑑定評価基準を用いて,不動産鑑定士が評価する公平な金額,ということになります。
この評価基準には,新規賃料継続賃料の算定方法の基準があります。
ただ,明渡猶予期間中使用対価の場合,直前まで賃貸借が続いていたという特殊性があります。
一般的には,使用対価の額は従前の賃料額とイコールと考えることが多いです。

6 明渡猶予期間中使用対価不払い→催告→”明渡請求可能になる

<事例設定>

競売で入手した建物に賃借人が居住している
明渡猶予期間中に,対価の支払が滞っている
明渡猶予はそれでも続くのか。

(1)明渡猶予期間中の使用対価滞納の際は,まず催告をする

明渡猶予期間中,居住者は買受人(新所有者)に使用対価を払わなくてはなりません。
この使用対価1か月分以上支払わない場合,買受人催告すると良いでしょう。
具体的には,次のような通知のことです。

<明渡猶予期間中の使用対価催告(通知)の具体例>

『使用対価を滞納しています。n日以内に支払って下さい』

日数は,3~5日程度を設定すれば良いでしょう。
ある意味最後通告です。

(2)催告に応じない場合,明渡猶予が適用されなくなる

催告後にも使用対価を支払わない場合は,明渡猶予期間という保護が外れます。
要するに,明渡請求が可能,となります。
なお,この明渡猶予期間は賃貸借などの契約ではないです。
契約ならば解除という終わり方が通常です。
明渡猶予期間は,元々契約がないので,終わる時点で,何かネーミングの付いたアクションは存在しないのです。
単に『明渡請求できるようになる』というだけです。
条文上は引渡命令の申立ができる,という規定です(民法395条2項)。

7 平成16年4月1日以前スタートの建物賃貸借→短期賃貸借として競売でも承継される

平成16年の民法改正(施行)よりも前は『短期賃貸借』という制度がありました。
抵当権の登記より後の賃貸借契約でも『優先』とする制度です。
現在でも短期賃貸借が適用される場合もあります。

<短期賃貸借|制度内容>

あ 『短期賃貸借』の定義(対象)

賃貸借契約の期間が次の範囲内であるもの

目的物 上限期間
山林 10年
山林以外の土地 5年
建物 3年
動産 6か月

※民法602条

い 廃止時期

平成16年4月1日以降に締結した賃貸借契約には適用されない

う 更新に関する注意

平成16年4月1日以前に締結された賃貸借契約が『更新』された場合
→短期賃貸借に該当する
更新が繰り返されている場合も同様
※改正附則5条

え 短期賃貸借の保護(効果)

抵当権設定登記よりも後の入居(対抗要件)だとしても,賃貸借は消滅しない
→『法定更新』も適用される
※平成15年改正前の民法395条

仮に,『短期賃貸借』が期間3年であり,1年経過時点で競売された場合,あと2年は賃貸借が存続します。
その後の法定更新もあるので,短期賃貸借は延々と占有が続くという結果になります。
競売がスムーズに進まないという弊害から,平成15年の民法改正の際,短期賃貸借の制度が廃止されることになりました。
その代わりに明渡猶予の制度が導入されたのです。
6か月の明渡猶予でも,以前の短期賃貸借よりは,確実に明渡が認められるという点で,買受人に有利です。
ところで,改正前に締結された『短期賃貸借』であれば,更新後もこの制度が適用されます。
そこで,スタート(建物賃貸借であれば入居)が平成16年4月1日よりも前か後か,が非常に重要になります。

条文

[民法]
(抵当建物使用者の引渡しの猶予)
第三百九十五条  抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当権の目的である建物の使用又は収益をする者であって次に掲げるもの(次項において「抵当建物使用者」という。)は、その建物の競売における買受人の買受けの時から六箇月を経過するまでは、その建物を買受人に引き渡すことを要しない。
一  競売手続の開始前から使用又は収益をする者
二  強制管理又は担保不動産収益執行の管理人が競売手続の開始後にした賃貸借により使用又は収益をする者
2  前項の規定は、買受人の買受けの時より後に同項の建物の使用をしたことの対価について、買受人が抵当建物使用者に対し相当の期間を定めてその一箇月分以上の支払の催告をし、その相当の期間内に履行がない場合には、適用しない。

判例・参考情報

(判例1)
[東京高等裁判所昭和61年(ラ)第223号不動産引渡命令に対する執行抗告申立事件昭和61年7月2日]
右認定の抗告人会社の規模、取締役会の構成とその非活動状況、代表者たる勝美の個人財産を抗告人の営業のために事実上流用した経緯からみれば、抗告人は、株式会社とはいうものの、その実質は右勝美の個人企業であつて、抗告人の法人格は形骸にすぎず、とりわけ、本件建物の占有関係についてみる限り、右勝美を競売物件の所有者兼債務者とする基本事件の土地建物競売事件における不動産引渡命令申立て事件において、抗告人を右勝美と同視するのが相当であり、抗告人に対し本件建物の引渡を命ずることは許容されるものというべきであつて、限決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却する