和解の心証開示の実情→バイアスは留保つきで否定、課題は伝わり方

1 和解の心証開示の実情→バイアスは留保つきで否定、課題は伝わり方

和解の席で、裁判所が「この争点はこう考えている」「結論はこういう方向になる」と説明することがあります。これを心証の開示といいます。
もっとも、説得のために大げさな見通しを示しているのではないか、という疑いが当事者と代理人の双方から出ます。
本記事では、控訴審を担当する裁判長が語った実情から、和解で示される心証がどこまで信用できるものかを説明します。心証を開示すべきか、求められたら応じる義務があるかという規律の側は扱いません。

裁判所の判断が何から影響を受けるかは、別の記事で説明しています。

裁判官の判断に影響しうるもの→報道・当事者の言動・裁判官自身の内面

労働審判の調停でも委員会が心証を示しますが、射程が別なので、別の記事で説明しています。

労働審判の調停はどこまで解決できるのか|心証開示と調停の射程

心証を開示すべきか、求められたときに応じる義務があるかという規律は、別の記事で説明しています。

和解の心証開示の規律→求めに応じる義務はなく、甚だしければ違法

2 バイアスの否定は留保つき=合議に基づく心証・実務上機能しない開示

否定されているのは「説得のためにバイアスを掛けた心証開示があるのではないか」という疑いで、その否定には留保が付いています。信用してよいかとは別に、伝わり方という課題が残ります。

和解での心証開示の実情=バイアスは否定されるが、留保と伝わり方の課題が残る

あ 開示の有無と程度(必ず示されるのか)

必ず示されるものではない。方法と程度は事案と裁判官によって異なり、一般には争点の見方と結論の方向が示される。

い 説得のためのバイアス(勝ち筋でも負けると言われることがあるか)

現職の控訴審の裁判長は否定する。ただし否定が及ぶのは自分の部と東京高裁までで、全ての裁判官について言えることではないという留保が付く。

う 否定の論拠(なぜそのような開示はないと言えるのか)

(ア)心証開示は裁判体の合議に基づく=和解を受命裁判官が単独で進めても、結論は第1回期日前の合議で固まっている(イ)勝敗だけを告げる開示は実務上機能しない=高裁の和解は、事案をよく見ていると分かってもらえなければ成立しない

え 当事者側の読み取り(和解勧告の有無や単独での進行から敗訴を読めるか)

読み取れない。和解のやり方と内容は合議を踏まえており、疑心暗鬼になる必要はない。

お 残る課題(信用できるとして、何が足りないのか)

伝わり方。和解の場の説明は断定的な発言を避けた微妙な言回しになり、当事者にうまく伝わっていないことがある。裁判所として取り組まなければならない課題とされる。

か 代理人の側の事情(心証が示されれば和解は進むのか)

進むとは限らない。代理人は心証を知りたいと思う反面、示されても依頼者との関係で直ちには和解案を受け入れられないことがある。

3 和解での心証開示=必ずされるものではない・方法と程度は一様でない

和解で心証が示されるかどうかは、どの事件でも同じではありません。まず問われているのは、心証開示が必ず行われるものなのかという点です。

問い=和解で示された心証は信用していいのか・必ず示されるのか

門口
和解に関して、もう1つ大きな質問を受けることがあります。
先ほども触れられましたが、心証の開示、特に和解手続における心証は信用していいのかどうかという質問です。
まず、心証開示というのは必ずされるものかどうかお尋ねします。
その次に、今の質問にお答えいただきたいのですが、いかがでしょうか。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p56

答えは、必ず示されるものではない、というものです。方法と程度は事案と裁判官によって異なり、一般には、争点についてどう考えているか、その結果として結論がどちらの方向になるかが説明されます。示されるのは、ある程度の方向性までです。

心証開示の方法と程度→事案や裁判官によって異なる

大段
心証開示の方法や程度については、事案や裁判官によって異なるかもしれませんが、一般的には、争点についてはこのように考えており、それで結論としてはこういう方向になると説明していると思います。
ある程度の方向性は示して説得をしていると思います。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p56

4 バイアスを掛けた心証開示の疑い→現職の裁判長は留保つきで否定

疑いの中身は、裁判所が説得のために心証を歪めて示しているのではないか、というものです。
以下では、疑いの形、否定が及ぶ範囲、そして否定を支える二つの論拠の順に見ていきます。

(1)疑いの形=勝ち筋の事件でも「負ける」と印象づける説明

疑いは、具体的な場面に置き直すと分かりやすくなります。勝てる見込みのある事件なのに、負けるという印象を与える説明をされる、という場面です。

疑いの形=勝ち筋の事件でも「負ける」と印象づける説明

門口
和解には、特に控訴審の和解は事実審の最終段階ということでもあり、当事者に対するコンサルティング機能とか説得の技法としてある程度のバイアスの掛かったような心証を開示することがあって、当事者からすると提示された心証は必ずしも信用できるものではないという考え方の運びのようなのですが、いかがですか。
極端なことを言えば、勝ち筋の事件であっても負けるという印象を与えるような説明がされることがあるのかということでしょうか。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p56

(2)否定が及ぶ範囲=自分の部と東京高裁という限定

この疑いは否定されています。ただし否定が及ぶのは自分の部と東京高裁までで、全ての裁判官について言えることではないという留保が付いています。

バイアスを掛けた心証開示→否定(及ぶ範囲は自分の部と東京高裁)

大段
ないと思いますが。
中西
全ての裁判官のことを知っているわけではないですけれども、少なくとも私の部で、あるいは東京高裁でそういうことはないと思います。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p56

(3)合議に基づく心証開示=和解を単独で進めても裁判体で固めた結論

否定の第一の論拠は、心証開示が裁判体の合議に基づくものだという点です。和解の手続は主任裁判官が単独で進めることが多いのですが、結論は第1回期日前の合議で固まっています。

和解手続の担当→受命裁判官が単独・結論は第1回期日前の合議で確定

大段
基本的には、主任裁判官が受命で行うというのが多いと思います。
中西
もちろん第1回期日前に十分合議をしていますので、結論はその時点で固まっていますし、和解についても、どういう和解に持っていこうか、どういう説得をしようかという点についても事前に合議をしています。
なので、1人の受命裁判官がその人だけの考えで和解手続をしているということではありません。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p56

その上で、単独で進める和解で示される心証も、裁判体の合議に基づくものだと確認されています。

心証開示の基礎→裁判体の合議

門口
先ほど中西さんがおっしゃったように、相当の検討合議も踏んだ上で、単独の裁判官であっても主任裁判官が心証を開示するということですから、あくまで裁判体の合議に基づいているということは間違いないですよね。
中西
合議に基づいての心証開示です。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p56

(4)勝敗だけを告げる開示→納得が得られず高裁の和解は不成立

否定の第二の論拠は、勝敗だけを告げる心証開示が実務上機能しないという点です。疑いの最も強い形は、法律上の争点に答えないまま、負けるから和解しなさいと言われる、というものです。

疑いの最も強い形=法律問題に答えず「負けますよ」だけを告げる

門口
質問の趣旨を例示で申しますと、大きな法律問題があるのに、一切お答えしていただかないで、ただ単にあなたのほうは負けますよ、したがって和解をしなさいという例を示されるのですが、いかがですか。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p56〜57

答えは、そのような言い方では納得が得られず、高裁の和解は成立しない、というものです。裁判官が事案をよく見ていると分かってもらえなければ和解はできない、という説明です。

勝敗だけを告げる開示→納得が得られず高裁の和解は成立しない

大段
ただ、それだと納得されないのではないでしょうか。
中西
当事者に対して「和解しなさい」と言うだけで和解できればもちろんいいですけれども、高裁まできている事件はそんな言い方だけで和解ができるはずはなく、きちんとした論理の組立てと、事実の見方、事案の見方が全部できていて、さすがに裁判官はよく事案を見ているというのが分かってもらえないと、とても高裁で和解はできませんので、そんな簡単なものではないと思います。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p57

5 和解勧告の有無と単独での和解→敗訴の予兆という読み取りの否定

当事者の側には、裁判所の動きから結論を読み取ろうとする見方があります。和解勧告があるかどうかで敗訴を占う、和解が単独で進むことに悪い意味を読む、といった読み取りです。いずれも、根拠のあるものとしては否定されています。

和解勧告の有無・単独での進行→敗訴の予兆ではない

門口
当事者側から見ると、実情が見えないだけに、いろいろな点で疑心暗鬼になっているように思われます。
和解の勧告があるかないかで自分たちが敗訴するのかどうかを決めてしまったり、あるいは和解手続が単独で行われることにマイナスのイメージが持たれているようですが、そういうことは一切ないというように承っていいですね。
大段
ええ、先ほど中西さんが言われましたように、和解のやり方、和解の内容は合議を踏まえた上で行っておりますので、そこは、疑心暗鬼になられなくてもよいと思います。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p56

6 心証開示に残る課題=断定を避けた言回しによる伝わりにくさ

前述のとおり、示された心証を疑う理由は否定されています。もっとも、そのことと、示された心証が当事者に伝わっているかは別の問題です。和解の場の説明は、判決文と違って断定を避けた言回しになり、結論だけを押し付けられたという印象を残すことがあります。

和解の場の説明→断定を避けた言回し・当事者に伝わらないことがある

ただ、和解の場での説明は、判決文とは違って、断定的な発言を避けたり、微妙な言回しが入ることもあり、その中で説得的な説明をしなければならないので、簡単なことではなく、当事者にうまく伝わっていない場合があるかもしれません。
それで、結論だけ押し付けられたような印象を持たれることがあるのかもしれません。
和解における説明方法や心証の伝え方については、裁判所として取り組まなければならない課題であるし、個々の裁判官も技量の向上に努める必要があるように思います。

※『裁判官に聴く 訴訟実務のバイタルポイント No15・完 控訴審』/『ジュリスト1529号』2019年3月p57

7 代理人の側の事情=心証を知りたい反面、依頼者との関係で受け入れ難い和解案

心証が示されれば和解が進む、とも限りません。代理人の側には、心証を知りたいという思いと、示された心証を前提にしても依頼者との関係で直ちには和解案を受け入れられない、という事情が同時にあります。これは裁判官の側からも指摘されています。

代理人の事情→心証を知りたいが直ちには和解案を受け入れ難い

訴訟代理人としては、微妙な事件では、裁判官の心証を知りたいと思う反面、心証を開示されても依頼者との関係で直ちには和解案を受け入れることが困難な場合があろう。

※和久田斉稿『労働審判の経験を踏まえた自庁調停』/『判例タイムズ1357号』2011年12月p30

8 おわりに

和解で示された心証は、説得のために歪められたものではないか、という疑いの対象になってきました。実情として語られているのは、その疑いの否定と、否定の限界、そして伝わり方という別の課題です。
示された心証を読むときは、それが裁判体の合議を経たものであることと、言回しが断定を避けた形になっていることの両方を踏まえることになります。

裁判所が誤ることがあるという前提そのものについては、別の記事で説明しています。

裁判官の判断の可謬性→当人が認める誤りの不可避・制度の前提は判断力への信頼

共有物分割の事件で心証が段階的に示される実情は、別の記事で説明しています。

共有物分割訴訟×現物分割回避|実務的かけひき・戦略

共有物分割訴訟における当事者の希望の位置づけ(希望なしの分割方法の選択の可否)

本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。

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