東京高判昭和38年2月25日|届出事務所で執務せず封筒・名刺に別の事務所→弁護士法20条違反で退会命令
1 東京高判昭和38年2月25日|届出事務所で執務せず封筒・名刺に別の事務所→弁護士法20条違反で退会命令
弁護士会に法律事務所を届け出てはいるが、実際にはそこで仕事をせず、地域外の自宅で主に執務している。封筒には届出事務所と別の場所を並べて押し、名刺には他の弁護士の事務所を刷っている。この状態は弁護士法に違反するのでしょうか。
本記事では、東京高裁がこれを弁護士法20条違反として退会処分を維持した判断を、判決文にそくして説明します。届出事務所は職務上の本拠として設けられるものだ、という理解が20条の読み方の中心に置かれています。
法律事務所とは何か、という解釈そのものは、別の記事で説明しています。
二つ以上の法律事務所を設けることの禁止は、別の記事で説明しています。
弁護士法20条3項|複数事務所の禁止と法律事務所の単一性の判断基準
2 結論——届出事務所は職務上の本拠として地域内に設け、かつ単一明確にしておく
この判決から取り出せる規範をまとめます。いずれも後述の各節で判決文を挙げて説明します。
判決が明示した規範
(ア)弁護士法20条の趣旨は、弁護士の法律事務所を、その職務上の本拠として所属弁護士会の地域内に設け、かつ単一明確にしておかなければならないとすることにあり、そのことが弁護士会の秩序を保持し弁護士の品位を維持するに欠くことのできないものである(イ)届出事務所を職務上の本拠とせず、かえって所属弁護士会の地域外にある自宅での執務が主とされていることは、20条の法意に副うものとはいわれない。補助的な意味において自宅で執務するのは格別である(ウ)届出事務所と別の場所とを並べて刻んだゴム印を押捺して使用すること自体が、20条に反する(エ)届出事務所ではなく他の弁護士の法律事務所を印刷した名刺を使用することも、20条に反する(オ)弁護士は、依頼者の委任の趣旨に従って処理し、委任外のことを依頼者の意思に反して処理することは許されず、常に連絡にこと欠かないようにして経過その他必要な事柄を報告了知させるなど、依頼者に不信の念を抱かせないよう言動に慎重でなければならない(カ)これらに反する行為は弁護士の品位を失うべき非行であり、退会を命ずる懲戒処分とこれを維持した異議棄却決定は違法でも不当でもない
3 事案——届出事務所には時折赴くだけで地域外の自宅執務が主、封筒と名刺は別の事務所
この人は埼玉弁護士会に入会する際、浦和市内の知人宅の二階の一室を法律事務所として届け出ました。しかし埼玉県下では訴訟事件の委任を一件も受けておらず、届出事務所には月に一回か二月に一回ほど行って泊まる程度で、事務員も置かず、郵便物は知人が受け取っていました。主たる執務は、所属弁護士会の地域外である東京都練馬区の自宅で行っていました。
さらに、職務上使用する封筒には届出事務所と東京都中央区のビルの一室を並べて刻んだゴム印を押して依頼者に交付し、名刺には他の弁護士の事務所を印刷したものを使用していました。埼玉弁護士会はこれらを理由に退会を命じ、日本弁護士連合会は異議申立てを棄却しました。
4 判示|弁護士法20条の趣旨=職務上の本拠を地域内に設け単一明確にしておく
東京高裁は弁護士法20条の趣旨をこう述べました。弁護士の法律事務所は、その職務上の本拠としてこれを所属弁護士会の地域内に設け、かつ単一明確にしておかなければならない。そのことが弁護士会の秩序を保持し弁護士の品位を維持するに欠くことのできないものである、と。
この理解を本件に当てはめ、届出事務所を職務上の本拠としていなかったこと、封筒のゴム印、名刺の表示を挙げて、20条に違反し弁護士の品位を失うべき非行があったとしました。そのあと判決は、本人の三つの反論を順に退けています。以下で見ていきます。
判示=20条の趣旨と本件へのあてはめ
思うに、弁護士法第二十条は、弁護士は所属弁護士会の地域内に法律事務所を設けなければならないものとし、いかなる名義をもつてしても二個以上の法律事務所を設けることができない旨を定めているが、その趣旨は、弁護士の法律事務所は、その職務上の本拠としてこれを所属弁護士会の地域内に設け且単一明確にしておかなければならないのであり、そのことが弁護士会の秩序を保持し弁護士の品位を維持するに欠くことのできないものであることを明かにしたものということができる。しかるに右認定事実によると、原告は、実際には届出事務所を職務上の本拠としていたものではなく、却て所属弁護士会の地域外にある自宅で主として執務していたものであることが明かであるばかりでなく、原告は依頼者に対し事務所として届出事務所と前記東京都中央区兜町の東京ビル三階とを並べて刻んだゴム印顆を押捺した封筒を使用し、又名刺に事務所として前記手代木弁護士の事務所を印刷したものを使用したものであるから、原告の行為は前記弁護士法第二十条に違反し弁護士の品位を失うべき非行があつたものといわなければならない。
※東京高等裁判所 1963-02-25 行集 14巻2号366頁
(1)届出事務所が本拠でなく地域外の自宅執務が主→法意に副わない
一つ目の反論は、届出事務所と自宅が別個である場合に自宅で執務することは非難されるべきでないというものでした。判決は、届出事務所は職務上の本拠として設けられるものなのだから、その補助的な意味において自宅で執務するのは格別だとしつつ、本件のように届出事務所が実際には職務上の本拠でなく、かえって地域外の自宅執務が主とされているようなことは、20条の法意に副うものとはいわれないとしました。
判示=補助的な自宅執務との区別
原告は、届出事務所と自宅と別個である場合において、自宅で執務することは非難さるべきことでない旨主張するが、届出事務所は職務上の本拠として設けられるものなのであるからその補助的な意味において自宅で執務するのは格別、右認定のように届出事務所は実際には職務上の本拠でなく、却て所属弁護士会の地域外にある自宅執務が主とされているようなことは、前記法条の法意に副うものとはいわれない。
※東京高等裁判所 1963-02-25 行集 14巻2号366頁
(2)二つの事務所を並べて刻んだゴム印を押して使用すること自体が20条違反
二つ目の反論は、封筒のゴム印に並べて刻んだ東京都中央区の場所は他の弁護士が事務所開設を予定していたにすぎず、自分がそこに事務所を開設したわけではないというものでした。判決は、そのようなゴム印を押捺して使用すること自体が20条に反することは言うまでもないとしました。実際に事務所を開いたかどうかを問わない形です。
判示=ゴム印の押捺使用それ自体
又原告は、前記ゴム印顆に届出事務所と並べて刻んだ東京都中央区兜町の東京ビル三階は、その主張のような事情で一時手代木弁護士が事務所開設を予定したものに過ぎず、原告は同所に事務所を開設したものでない旨主張するが、右のようなゴム印顆を押捺使用すること自体が右法条に反するものであることはいうまでもない。
※東京高等裁判所 1963-02-25 行集 14巻2号366頁
(3)他の弁護士の事務所を印刷した名刺の使用も20条違反(使用時期の主張は採らない)
三つ目の反論は、名刺の使用は昭和26年か27年当時のことで、もはや懲戒の事由にできないというものでした。判決は、届出事務所ではなく他の弁護士の法律事務所を印刷した名刺を使用したことが20条に反することは明らかだとしたうえで、使用時期についての主張は認定のとおりだとして採用しませんでした。認定では、名刺の交付は昭和30年9月か10月頃です。
判示=名刺の使用と時期の主張
なお原告が法律事務所として届出事務所でなく前記手代木弁護士の法律事務所を印刷した名刺を使用したことが、右法条に反するものであることは明かであるが、原告はこのような名刺の使用は昭和二十六、七年当時のことであり、もはやこれを懲戒の事由とすることができないものである旨主張するけれども、この点は前認定のとおりであつて原告の右主張は採用することができない。
※東京高等裁判所 1963-02-25 行集 14巻2号366頁
5 判示|預り金を返還せず連絡も欠いた行為→弁護士法22条・会則違反の非行
この事件には第二の事実もありました。仮差押の保証金として預かった10万円について、委任の解除と返還を求められたのに返還せず、その間長期にわたり依頼者と連絡をとらなかった、という点です。
東京高裁は、弁護士は依頼者の委任の趣旨に従って処理し、委任外のことを依頼者の意思に反して処理することは許されず、常に連絡にこと欠かないようにして経過を報告了知させるなど、依頼者に不信の念を抱かせないよう言動に慎重でなければならないと述べ、本件の行為は弁護士法22条と埼玉弁護士会会則15条に違反し弁護士の品位を失うべき非行だとしました。
判示=預り金の不返還と連絡の欠如
およそ弁護士は、その使命及び職責にかんがみ、依頼者の委任の趣旨に従つてことを処理し、その委任外のことについては依頼者の意思に反してこれを処理することの許されないのは勿論、常に依頼者との連絡にこと欠かないようにし随時事件処理の経過その他必要な事柄を報告了知させるなど、苟くも依頼者をして弁護士に対する不信の念を抱かせないように努め、これがために特にその言動に慎重でなければならないことはいうまでもないところであつて、原告所属の埼玉弁護士会がその会則第十五条(乙第七号証)に、会員は、弁護士としての使命と職責にかんがみて、綱紀を保持し、弁護士道徳を確立し、その実践に努めなければならないと定めているのも、この趣旨を除外したものではなく、それらのことが弁護士の品位を維持するに欠くことのできないものであることを示したものであることは明かなところである。しかるに右認定事実によると、原告は、前記のように、委任会社の阿久津支配人に対し突然委任外の破産申立についてその手続をすること及びさきに仮差押保証金として預つていた金十万円をその予納金に流用することの諒解を得ていたかのような書面を送り、その間長期にわたり右阿久津に対し連絡をしなかつたので、右阿久津は原告に対し甚しく不信の念を抱き委任の解除及び保証金の返還等を求めたのであり、このような場合に依頼者において原告に対し不信の念を抱くべきことは十分に首肯されるところであつて、原告としてはできるだけ速かに右阿久津と連絡をとりその不信を解くことに努めなければならない筋合であるのに、原告はこれに対しても十分な連絡をとらず右保証金を返還することなく経過したため、ついに右阿久津から所属埼玉弁護士会に懲戒申立書を提出されるに至つたものであるから、原告の右行為は前記弁護士として要請されるところに違反するものであり、弁護士法第二十二条埼玉弁護士会会則第十五条に違反し弁護士の品位を失うべき非行があつたものといわなければならない。
※東京高等裁判所 1963-02-25 行集 14巻2号366頁
6 判示|退会命令を維持した異議棄却決定は違法でも不当でもない
結論として東京高裁は、埼玉弁護士会が退会を命ずる懲戒処分をすべきものとし、日本弁護士連合会がこれを維持して異議申立てを理由なしとしたのは、いずれも結局その理由があり相当だとしました。保証金が後に返還され懲戒の申立てが取り下げられたことを挙げて処分は甚しく不当だとする主張も、採用されていません。
判示=退会処分と異議棄却決定の当否
以上によつて考えるに、埼玉弁護士会が原告に対し弁護士法の定める懲戒規定により退会を命ずる懲戒処分をすべきものとし、被告がこれを維持し原告の異議申立を理由なしとしたのは、いずれも結局その理由があり相当に帰するものというべきであつて、これを違法又は不当といわれない。この点に関し原告は、右第一及び第二の認定事実及び保証金が返還され懲戒申立が取下げられたこと等によつてみるときは、右退会処分は仮に違法でないとしても甚しく不当なものというべきである旨主張するが、右主張はこれを採用することができない。
※東京高等裁判所 1963-02-25 行集 14巻2号366頁
7 主文——請求棄却
東京高裁は請求を棄却しました。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
※東京高等裁判所 1963-02-25 行集 14巻2号366頁
8 決めていないこと——20条違反だけで退会命令が相当になるかの線
この判決は、弁護士法20条違反だけで退会命令が相当になるかを決めていません。本件は20条違反と預り金についての非行が併せて認定された事案で、そのうえでの判断です。また、届出事務所での執務がどの程度あれば職務上の本拠と認められるかという量の線も示していません。示されているのは、本拠が別の場所に移っていれば法意に副わない、という向きだけです。
9 おわりに
本記事では、届出事務所で執務せず地域外の自宅執務が主であり、封筒と名刺に別の事務所を表示していた弁護士への退会処分を維持した判決を説明しました。届出事務所は職務上の本拠として設けられるものだ、という理解が20条の読み方の中心に置かれています。
法律事務所とは何か、という解釈そのものは、別の記事で説明しています。
二つ以上の法律事務所を設けることの禁止は、別の記事で説明しています。
弁護士法20条3項|複数事務所の禁止と法律事務所の単一性の判断基準
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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