名古屋高判昭和52年3月28日|被告の主張なく権利濫用で排斥→釈明権の不行使・弁論主義違反

1 名古屋高判昭和52年3月28日|被告の主張なく権利濫用で排斥→釈明権の不行使・弁論主義違反

土地の共有持分を持つ人が、その土地に建っている他人の建物を収去して土地を明け渡せと求めた。ところが裁判所は、被告が何も言っていないのに「その請求は権利の濫用だ」として退けてしまう。この進め方は許されるのでしょうか。

本記事では、名古屋高裁が原判決を釈明権の不行使・審理不尽・弁論主義違反として破棄し差し戻した判断を、判決文にそくして説明します。権利濫用の事実は主張を要しないとしながら、それでも釈明は要るとした二段構えが要点です。

当事者が主張しない一般条項について裁判所が判断できるかという論点の側は、別の記事で説明しています。

信義則・権利濫用・公序良俗と弁論主義|主張なしでも判断可→釈明は必要

2 結論——権利濫用の主張は要しないが、釈明を経ないで排斥すれば違法

この判決から取り出せる規範をまとめます。いずれも後述の各節で判決文を挙げて説明します。

判決が明示した規範

(ア)権利濫用の事実(抗弁)は、その基礎となる客観的・主観的な事実関係が口頭弁論にあらわれていることで足り、被告があえて抗弁として明確に主張することを要するものではない(イ)事実審裁判所が証拠調べの結果として原告の請求が権利濫用にわたると認めた場合には、被告にその事実を抗弁として主張するか否かを釈明し、被告が主張したときは原告にもその点についての防禦方法を講じさせるなどの処置を経て判決をしなければならない(ウ)その処置を経ないで権利の濫用として請求を排斥すれば、釈明権の行使を怠り審理を尽くさなかったばかりでなく、当事者が主張しない事実を認定して判決した違法となる(エ)抗弁のないまま権利の濫用として排斥されると、権利者は防禦の機会を与えられないまま敗訴することになり、不当な不意打ちとなる

3 事案——共有持分4分の1での建物収去土地明渡請求/被告はアパートの賃料で生計

原告は土地について 4 分の 1 の共有持分権を持っていました。被告は原告の同意を得ずに他の共有者から土地を賃借し、その上にアパートを建てて他に賃貸し、その賃料収入で生計を維持していました。建物は築 13 年余でした。

原告は共有持分権にもとづいて建物の収去と土地の明渡しを求めました。

4 原審の判断——権利の濫用として請求を排斥(被告は主張していない)

原審は、被告の占有権原が原告に対抗できないことまで確定したうえで、建物を収去させれば社会経済上の損失が大きく、原告には土地を必要とする特段の理由も認められないとして、建物収去土地明渡の請求を権利の濫用として排斥しました。

原審の判断=権利の濫用として排斥

原判決によれば、原審は上告人の原判決別紙目録記載の土地(以下本件土地という)に対する共有持分権にもとづく本訴請求について、上告人が本件土地について、四分の一の共有持分権を有すること、被上告人が本件土地上に原判決別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を所有することにより、本件土地を占有していること、被上告人の本件土地に対する占有権原は上告人に対抗できないものであることを確定したうえ、被上告人は、上告人の同意を得ることなく大竹伸子から本件土地を賃借してその地上に本件建物を建築し、アパートとして他に賃貸し、その賃料収入で自己の生計を維持していること、本件建物がアパートであるという事の性質上、当然そこには多数の賃借人が居住していることが推測されるばかりか、同アパートは建築して一三年余しか経過しておらず、比較的新しいものであり、このような本件建物を収去することによつて、蒙むる社会経済上の損失は大なるものがあること、上告人において本件土地を必要とする特段の理由も認められないことを想定したうえで、上告人の本訴請求中、建物収去土地明渡を求める部分は権利の濫用として許されないものであるとして排斥したことが明らかである。

※名古屋高等裁判所 1977-03-28 下民 28巻1~4号318頁/判タ 355号295頁/判時 862号47頁/金商 536号35頁

5 判示|権利濫用の主張は要しないが、釈明と防禦の機会を経てから判決すべき

まず名古屋高裁は、記録によれば被告が権利の濫用を主張していないことを確かめます。そして権利の行使が原則として自由であること、それでも道義上許すべからざるものと認められるときは権利の濫用として禁止されることを一般論として述べました。

そのうえで本判決の核になる 1 文が来ます。この文は二段構えになっていて、主張の要否と釈明の要否を続けて述べています。以下で順に見ていきます。

判示=主張は要しないが釈明を経て判決すべき

しかして、権利濫用の事実(抗弁)は、その基礎となる客観的主観的な事実関係が口頭弁論にあらわれていることで足り、あえて、抗弁として被告が明確に主張することを要するものではないけれども、事実審裁判所が証拠調をした結果、原告の請求が権利濫用にわたると認めた場合には、被告をして右の事実を抗弁として主張するか否かを釈明し、被告が右の主張をした場合には、原告に対しても右の点についての防禦方法を構じさせるなどの処置を経て判決をしなければならないものといわなければならない。

※名古屋高等裁判所 1977-03-28 下民 28巻1~4号318頁/判タ 355号295頁/判時 862号47頁/金商 536号35頁

(1)前段——権利濫用の事実が口頭弁論にあらわれていれば足り、明確な主張は不要

前段は主張の要否です。権利濫用の事実、つまりその基礎となる客観的・主観的な事実関係が口頭弁論にあらわれていることで足り、被告があえて抗弁として明確に主張することを要するものではない、としています。ここだけを読むと弁論主義は後退しているように見えます。

(2)後段——権利濫用と認めたなら、被告へ釈明し原告にも防禦方法を講じさせてから判決

ところが後段で歯止めが掛かります。事実審裁判所が証拠調べの結果として原告の請求が権利濫用にわたると認めた場合には、被告に対してその事実を抗弁として主張するか否かを釈明し、被告が主張したときは原告にもその点についての防禦方法を講じさせるなどの処置を経て判決をしなければならない、としました。

主張は要らないが、不意打ちは許さない、という組み立てです。判決は、抗弁のないまま権利の濫用として排斥されると権利者は防禦の機会を与えられないまま敗訴することになり、不当な不意打ちとなることは明らかだとも述べています。

6 判示|釈明権の不行使・審理不尽・当事者が主張しない事実の認定→違法

結論として名古屋高裁は、原審は釈明権の行使を怠り審理を尽くさなかったばかりでなく、当事者が主張しない事実を認定して判決した違法があるとし、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかだとしました。

判示=釈明権の不行使・審理不尽・弁論主義違反

そうすると、原審は右釈明権の行使を怠り、審理を尽さなかつたばかりでなく、当事者が主張しない事実を認定して判決した違法があるものというべく、右の違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであつて、論旨は理由があるから、原判決のうち上告人の本諸請求中本件建物の収去、土地明渡の請求を棄却した部分を破棄すべく、右の点について原裁判所をして、更に審理をつくさせる必要があるものと認め、右の破棄部分を原裁判所に差し戻すのが相当である。

※名古屋高等裁判所 1977-03-28 下民 28巻1~4号318頁/判タ 355号295頁/判時 862号47頁/金商 536号35頁

7 主文——建物収去土地明渡の棄却部分を破棄・名古屋地裁へ差戻し

名古屋高裁は、建物収去土地明渡の請求を棄却した部分を破棄して名古屋地方裁判所へ差し戻し、賃料相当の損害金に関する部分についての上告は棄却しました。

主文

一 上告人の本訴請求中、原判決添付別紙目録記載の建物の収去、同目録記載の土地の明渡請求を棄却した部分を破棄し、右部分につき、名古屋地方裁判所に差し戻す。
二 上告人のその余の部分に関する上告を棄却する。
三 上告を棄却した部分に関する上告費用は、上告人の負担とする。

※名古屋高等裁判所 1977-03-28 下民 28巻1~4号318頁/判タ 355号295頁/判時 862号47頁/金商 536号35頁

8 決めていないこと——権利濫用に該当するか自体(「かなり疑問」と述べただけ)

この判決は、原審が認定した事実関係から権利の濫用になるかどうかを決めていません。そこから「ただちに」権利の濫用を禁止する事由に該当するかは「かなり疑問」だと述べたうえで、手続の側の違法を理由に差し戻しています。該当するかの判断は差戻し後の審理に委ねられました。

9 おわりに

本記事では、被告が権利の濫用を主張していないのに請求を排斥した原判決を、釈明権の不行使・審理不尽・弁論主義違反として破棄した判断を説明しました。権利濫用の事実は主張を要しないとしながら、釈明と防禦の機会は要るとした二段構えが、この判決の形です。

当事者が主張しない一般条項について裁判所が判断できるかという論点の側は、別の記事で説明しています。

信義則・権利濫用・公序良俗と弁論主義|主張なしでも判断可→釈明は必要

本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。

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