最判昭和39年10月13日|内縁の寡婦への相続人の明渡請求|事情に照らして権利の濫用
1 最判昭和39年10月13日|内縁の寡婦への相続人の明渡請求|事情に照らして権利の濫用
内縁の夫が亡くなり、その所有していた家に内縁の妻が住み続けている。そこへ亡夫の相続人が所有権にもとづいて明渡しを求めてきたとき、その請求は通るのでしょうか。
本記事では、最高裁がこの請求を権利の濫用として許されないとした判断を、どの事情に照らしてそう言えるのかを含めて、判決文にそくして説明します。
当事者が主張しない一般条項について裁判所が判断できるかという論点の側は、別の記事で説明しています。
信義則・権利濫用・公序良俗と弁論主義|主張なしでも判断可→釈明は必要
2 結論——内縁の寡婦への相続人の明渡請求→事情に照らして権利の濫用
この判決から取り出せる規範をまとめます。いずれも後述の各節で判決文を挙げて説明します。
判決が明示した規範
(ア)内縁の寡婦が居住する亡夫所有の建物について、相続人がした明渡請求は、双方の身分関係、建物をめぐる紛争のいきさつ、双方の使用状況とこれに対する各必要度等の事情に照らして、権利の濫用として許されないと判断することができる(イ)権利濫用の主張がされたと解した原審の判断は、記録から明らかな主張の経過に照らして首肯し得る(ウ)明渡請求が権利の濫用として許されないとしても、内縁の寡婦に建物へ居住しうる権利を容認したことにはならない(エ)双方が同居すべき旨の原審の判示は傍論であり、法律上の同居義務を負担させるものでも、内縁の寡婦と内縁の夫の子との間に同居義務を創設するものでもない(オ)原審が居住権の存在を否定しているときは、居住権濫用の主張について判断しなくても判断遺脱にならない
3 事案——内縁の夫の死亡後、その所有家屋に住む寡婦へ相続人(養子)が明渡請求
相続人は亡夫の養子です。亡夫は養母の死亡後に内縁の妻と暮らし始め、家業の養鶏と養蜂をともに営んでいましたが、婚姻届を出さないまま急逝しました。内縁の妻は子ども 4 人とその家に住み続け、相続人が所有権にもとづいて明渡しを求めました。
次の枠は、原審が争いのない事実として確定したところです。
原審が認定した争いのない事実
控訴人が昭和一五年一月三日父松田数雄母同シゲコ間の二女として出生し、昭和二一年三月五日養父亡森下光繁養母亡同ハツヨと養子縁組をなしたこと、昭和三〇年九月二二日養母ハツヨが死亡、次で昭和三三年一一月一八日養父光繁も死亡し、控訴人が光繁の遺産相続をなしたこと、被控訴人が養母ハツヨの妹であつて、その夫亡松本正が昭和一九年一〇月一〇日戦死して寡婦となつたこと、被控訴人とその亡夫との間には二男二女があること、原判決別紙目録記載の建物が光繁の所有であつたこと及び該家屋(但し、(イ)の建物の内階下東南部一〇畳一室を除く)を現在被控訴人が占有していることは当事者問に争がない。
※最高裁判所 1964-10-13 民集 18巻8号1578頁/裁判集民 37号885頁/判タ 169号114頁/判時 393号29頁
4 原審の判断——内縁関係の認定→明渡請求を権利の濫用として排斥
原審は、内縁の妻が亡夫と事実上の婚姻関係にあったことを認定し、単なる一時的な私通関係ではないとしました。そのうえで、明渡請求は権利の濫用として許されないと判断しています。ただし、内縁の寡婦の居住権そのものは認めていません。
原審の認定=内縁の夫婦関係の成立
そうだとすれば被控訴人と光繁との間には昭和三〇年一一月以来光繁死亡に至るまでいわゆる内縁の夫婦関係即ち事実上の婚姻関係が成立し、被控訴人は光繁死亡後はいわゆる内縁の寡婦として本件建物に居住しているものと云うべきであつて、単なる一時的私通関係とは認められないところである。
※最高裁判所 1964-10-13 民集 18巻8号1578頁/裁判集民 37号885頁/判タ 169号114頁/判時 393号29頁
5 判示|権利濫用の主張がされたと解した原審の判断を首肯(民訴186条)
上告理由の第一は、権利の濫用を当事者が主張していないのに判断したのは民訴186条に違反する、というものでした。最高裁は、記録から明らかな主張の経過に照らせば、権利濫用の主張もするものと解した原審の判断は首肯し得ないではない、としました。
判示一=権利濫用の主張の有無(民訴186条)
論旨は、原判決が本訴請求を権利の濫用として許されないと判断したのは民訴一八六条に違反するものであるという。しかし、記録により明らかである被告人の主張の経過に照らせば、被上告人が所論権利濫用の主張をもなすものと解される旨の原審の判断は、首肯し得ないではない。
※最高裁判所 1964-10-13 民集 18巻8号1578頁/裁判集民 37号885頁/判タ 169号114頁/判時 393号29頁
6 判示|身分関係・紛争のいきさつ・使用状況と必要度の事情に照らして権利の濫用
続いて権利の濫用そのものです。最高裁は、双方の身分関係、建物をめぐる紛争のいきさつ、双方の使用状況とこれに対する各必要度といった事情について原審が確定した事実関係に照らせば、明渡請求は権利の濫用として許されないという原審の判断は正当だ、としました。
判決文が挙げているのはここまでです。具体的にどの事情がどれだけ効いたかは、原審の認定に委ねられています。
判示一=権利の濫用の判断
しかして、上告人および被上告人間の身分関係、本件建物をめぐる右両者間の紛争のいきさつ、右両者の本件建物の各使用状況およびこれに対する各必要度等の事情につき、原審がその挙示の証拠により確定した事実関係に照らせば、被上告人に対する上告人の本件建物明渡請求が権利の濫用として許されない旨の原審の判断は、正当として肯認するに足りる。
※最高裁判所 1964-10-13 民集 18巻8号1578頁/裁判集民 37号885頁/判タ 169号114頁/判時 393号29頁
7 判示|原審が居住権を否定→居住権濫用の主張に判断しなくても遺脱でない
上告理由は、居住権の濫用という主張について原審が判断を落としたとも述べていました。最高裁は、原審が建物についての居住権の存在を否定しているのだから、その主張について判断しなかったのは当然だ、としました。
判示一=判断遺脱の主張
次に、論旨は、上告人の提出した居住権濫用の主張につき原審が判断遺脱の違法を犯したものであるというが、原審は、本件建物につき被上告人の居住権の存在を否定しているのであるから、右主張につき判断しなかつたのは、当然である。
※最高裁判所 1964-10-13 民集 18巻8号1578頁/裁判集民 37号885頁/判タ 169号114頁/判時 393号29頁
8 判示|同居すべき旨の判示は傍論=法律上の同居義務を創設しない
原審は、相続人が建物を独占して使用することが相当と認められるまでは双方が同居すべきだとも述べていました。最高裁は、これは権利の濫用を判断するにあたっての傍論にすぎず、法律上の同居義務を負担させるものでも、内縁の寡婦と内縁の夫の子との間に同居義務を創設するものでもない、としました。
判示二=同居の判示は傍論
原判決中の、上告人が本件建物を独占して使用することが相当と認められるまで双方共に本件建物に同居すべきである旨の判示は、原審が、上告人の本件建物明渡請求が権利の濫用として許されない旨を判断するにあたり、傍論として記載したにすぎないものであつて、論旨のように、上告人に対し被上告人と同居する法律上の義務を負担させ、または内縁の寡婦と死亡した内縁の夫の子との間に法律上の同居義務を創設するわけのものではない。論旨は、原判決を正解しないで、その傍論的記載を非難するに帰するものであつて、採用し得ない。
※最高裁判所 1964-10-13 民集 18巻8号1578頁/裁判集民 37号885頁/判タ 169号114頁/判時 393号29頁
9 判示|権利の濫用で許されないことと居住権が認められないことはそごしない
最後の上告理由は、権利の濫用として請求を退けながら居住権を認めないのは矛盾だ、というものでした。最高裁は、請求が権利の濫用として許されないからといって居住しうる権利を容認したことにはならないとして、両者はそごしないとしました。
判示三=権利の濫用と居住権の関係
原審が、本訴請求を権利の濫用として許されない旨判断したからといつて、被上告人が本件建物に居住しうる権利を容認したものとはいえない。従つて、被上告人主張のような居住権が認められない旨の原審の判断は、上告人の本訴請求が権利の濫用として許されない旨の判断となんらそごするものではないから、論旨は採用し得ない。
※最高裁判所 1964-10-13 民集 18巻8号1578頁/裁判集民 37号885頁/判タ 169号114頁/判時 393号29頁
10 主文——上告棄却
最高裁は上告を棄却しました。裁判官全員の一致の意見です。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
※最高裁判所 1964-10-13 民集 18巻8号1578頁/裁判集民 37号885頁/判タ 169号114頁/判時 393号29頁
11 決めていないこと——内縁の寡婦の居住権そのものの有無
この判決は、内縁の寡婦に建物へ居住しうる権利があるかどうかを決めていません。原審が居住権を否定したことを前提に、明渡請求の側を権利の濫用で止めただけです。どの事情がどれだけ重いかという重み付けも示していません。
12 おわりに
本記事では、内縁の夫の死亡後にその所有家屋に住む寡婦に対し、相続人がした明渡請求を権利の濫用として許されないとした判決を説明しました。権利の濫用の主張があったと解した原審の判断を首肯した点も、当事者の主張と裁判所の判断の関係として読めます。
当事者が主張しない一般条項について裁判所が判断できるかという論点の側は、別の記事で説明しています。
信義則・権利濫用・公序良俗と弁論主義|主張なしでも判断可→釈明は必要
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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