依頼者相互間の利益相反|弁護士職務基本規程28条3号・弁護士法25条1号と辞任
1 依頼者相互間の利益相反|弁護士職務基本規程28条3号・弁護士法25条1号と辞任
一人の弁護士が複数の依頼者から同時に依頼を受けることは、珍しいことではありません。同じ相続の相続人、同じ訴訟の共同被告、同じ商品を買った購入者——立場が同じ方向を向いているのであれば、まとめて受任するほうが、費用も手間も少なくて済みます。
もっとも、受任の時点では同じ方向を向いていた依頼者どうしの利害が、事件が動くにつれて反対を向くことがあります。一方が取れば他方が取れない、一方のために主張を尽くすほど他方の主張が通らなくなる、という関係です。本記事ではこれを、取り分の食い合いと主張の食い合いの2つに分けて見ていきます。
弁護士が職務を行えない事件は、弁護士法25条と、これを受けた弁護士職務基本規程27条・28条が定めています。このうち、依頼者どうしの利害が反対になる場面を正面から定めているのは、弁護士職務基本規程28条3号です。
本記事では、依頼者どうしの利害が反対になったときに弁護士が職務を続けられるのかを、条文と、実務の解説書が述べている見解にそくして説明します。受任の時点でどこまで許されるのか、利害の反対が現実のものになった後はどうなるのか、受任のときに何を決めておくのかを順に見ていきます。
本記事が扱うのは依頼者どうしの関係です。相手方との関係で受任が制限される場面(弁護士法25条1号の「相手方」の解釈)については、別の記事で説明しています。
2 結論——受任は可能・利益相反が顕在化した後は同意によっても継続不可
本記事の結論を先にまとめます。いずれの行も、後述の各節で条文と出典を挙げて説明します。
依頼者どうしの利害が反対になったときの扱い
| 問い | 答え |
|---|---|
| 依頼者どうしが利益相反の状況にあっても受任できるか | 受任は可能とされている。ただし、将来その利益相反が顕在化する可能性がある点に注意を要する |
| 利益相反が顕在化したらどうなるか | 弁護士法25条1号及び弁護士職務基本規程27条1号に抵触するとする見解が有力で、この見解によれば、依頼者の同意があっても職務を続けられない |
| 弁護士職務基本規程28条3号のただし書の同意で解けないか | 28条3号の問題であり同意があれば許されるとする見解もあるが、顕在化した場面では、利益の相反する側の依頼者から同意を得ることはできないと考えられている |
| 受任のときに何をしておくか | 顕在化したときには辞任せざるを得ない旨を事前に十分に説明し、辞任する場合の弁護士報酬の清算を定めて、依頼者の同意を書面にしておく |
| 利害はどのような形で反対になるか | 共同被告の間で金銭の支払が生じるなど、一方の取り分が他方の取り分を減らす形になったとき。実質的な対立が顕在化していなくても対応が必要になる場合がある |
3 弁護士職務基本規程28条3号=依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件
弁護士が職務を行えない事件は、弁護士法25条が9つの号で列挙し、弁護士職務基本規程がこれを27条と28条に分けて定めています。27条が相手方との関係を定め、28条がそれ以外を定めるという分け方です。
依頼者どうしの利害が反対になる場面は、28条3号に置かれています。
弁護士職務基本規程28条(職務を行い得ない事件)
弁護士は、前条に規定するもののほか、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第一号及び第四号に掲げる事件についてその依頼者が同意した場合、第二号に掲げる事件についてその依頼者及び相手方が同意した場合並びに第三号に掲げる事件についてその依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合は、この限りでない。
※弁護士職務基本規程28条
依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件
※弁護士職務基本規程28条3号
依頼者の利益と自己の経済的利益が相反する事件
※弁護士職務基本規程28条4号
28条は柱書のただし書で、号ごとに同意による例外を置いています。号によって、誰の同意が要るかが違います。3号については「その依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合」とされており、一方の依頼者の同意だけでは足りません。
4号は、依頼者の利益と弁護士自身の経済的利益が相反する事件です。依頼者どうしの相反とは別の軸で、本記事では扱いません。
なお、弁護士職務基本規程は、依頼者に対して弁護士が負う努力義務も定めています。依頼者が複数いる事件では、この定めは依頼者の数だけ働きます。
弁護士職務基本規程21条(正当な利益の実現)
弁護士は、良心に従い、依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める。
※弁護士職務基本規程21条
もっとも、28条3号が定めているのは「依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件」という言葉だけで、何をもって相反とするかは条文に書かれていません。そこで、まず相反がどのような形で現れるかを見ていきます。
4 資金の食い合い|共同被告の間で金銭が動く形→一方の代理人を辞任
相反の1つめの形は、取り分の食い合いです。同じ相手から支払を受ける立場の依頼者が複数いて、その相手が出せる金額に限りがあるとき、一方の依頼者が多く取れば他方の依頼者の取り分は減ります。
共同被告の双方から受任して和解をする場面について、実務の解説書が次のように述べています。
共同被告の双方の代理人として和解を成立させることの当否
コンフリクトに注意し、依頼者双方の丁寧な意向確認とコンフリクト顕在時の速やかな対処が必要です(多くの場合では双方の辞任)。
他方で、コンフリクトは顕在化していないものの、形式上の理由から対応が必要になるケースも考えられます。
※京野哲也・林信行/編著 中川佳男・山田圭太・花房裕志・佐々木久実/著『Q&A 若手弁護士からの相談374問』日本加除出版2019年 4月p60
ここで挙げられている「形式上の理由から対応が必要になるケース」として、同じ解説書が次の事例を置いています。
共同被告間で金銭の支払が発生する和解案の当否
土地の転貸事案で、土地所有者(原賃貸人)Xが原賃借人Yと転賃借人Zに対して明渡訴訟を提起しました。
Y及びZの代理人は、ZがXから土地を50万円で買い取り、XからYに解決金10万円を支払うという和解案を提示したところ、一旦まとまりかけたものの、結局、ZがXに40万円を支払い、Yに10万円を支払う、XからYへの解決金はなしとする、との内容で合意しました。
YとZからは、当該和解案について、書面で同意は得ていますが、次回期日で、YとZの代理人として和解を成立させてよいでしょうか。
なお、Zは出廷できる予定です。
このケースでは、共同被告間(Z→Y)で金銭の支払が発生します。
そうしますと、やはりいずれか一方の代理人を辞任して、辞任した方は本人に出廷してもらうのが一般的でしょう。
この事例でしたら、Zの代理人は辞任して、Z本人に期日に出廷してもらい、和解を成立させるのがよいでしょう。
※京野哲也・林信行/編著 中川佳男・山田圭太・花房裕志・佐々木久実/著『Q&A 若手弁護士からの相談374問』日本加除出版2019年 4月p60
この事例では、YとZの双方から書面で和解案への同意を得ています。それでも一方の代理人を辞任するのが一般的である、というのがここでの答えです。実質的な対立が表に出ていなくても、共同被告の間で金銭が動く形になること自体が、対応を要する事由として扱われています。
同じ解説書は、遺産分割の場面についても同じ問題を扱っています(後述)。和解や協議の局面で相反が形になるという点で、場面は違っても扱いは共通しています。
5 主張の食い合い|一方の主張を通すほど他方の主張が通らなくなる(筆者見解)
相反の2つめの形は、主張の食い合いです。以下は、裁判例や解説書に根拠を求めたものではなく、筆者の見立てです。
同じ金融商品を、時期を違えて買った複数の購入者から、販売業者に対する説明義務違反を理由とする損害賠償請求を受任する場面を考えます。いつの時点で業者に説明義務が生じていたかは、商品の危険が明らかになっていった経過によって変わります。
このとき、主位的な構成だけで主張すれば、依頼者どうしの間に食い違いは生じません。しかし、主位的な構成が認められなければそれで終わりになるため、依頼者の権利が実現する可能性はその分だけ低くなります。
そこで予備的な構成を組み合わせることになりますが、ここで歪みが生じると筆者は見ています。ある時期以降に買った購入者について説明義務違反を適切に主張立証すればするほど、それ以前に買った購入者については説明義務違反が認められにくくなる、という関係になるためです。一方の依頼者のために力を尽くすことが、そのまま他方の依頼者の不利益になります。
筆者は、購入時期が広い範囲にわたる複数の依頼者から同時に受任することは、この意味で利益相反にあたる可能性があると見ています。
取り分の食い合いと違うのは、見え方です。取り分の食い合いは、支払われる金額が限られていることが分かった時点で目に見えます。主張の食い合いは、予備的な構成まで踏まえて法律構成を組み立ててみるまで見えません。受任の可否を検討する段階で、そこまで踏み込んで見ておく必要があると筆者は考えています。
6 依頼者どうしが利益相反の状況にあっても、受任そのものは可能とされている
ここからは、受任の時点と、利害の反対が現実のものになった後とに分けて見ていきます。まず受任の時点です。
分かりやすいのは遺産分割の場面です。相続人が2つのグループに分かれて争っているときに、1つのグループに属する2名から遺産分割手続の依頼を受けられるか、という問いの立て方になります。実務の解説書は、次のように述べています。
相続人2名から遺産分割手続の依頼を受けることの可否
例えば、相続人が2つのグループに分かれて争っている場合に、1つのグループに属する2名から遺産分割手続の依頼を受けることはできるかという点については、2名の依頼者が利益相反の状況にあるといえますが(民826II参照)、受任は可能で、ただし、依頼者の利益相反が顕在化したときは、弁護25条1号及び職務基本規程27条1号に抵触するとする見解が有力です(総合文献①「解説弁護士職務基本規程」91頁)。
※京野哲也・林信行/編著 中川佳男・山田圭太・花房裕志・佐々木久実/著『Q&A 若手弁護士からの相談374問』日本加除出版2019年 4月p243
2名の依頼者が利益相反の状況にあることは認めたうえで、受任そのものは可能である、という答えです。線が引かれているのは、その利益相反が「顕在化」したかどうかです。以下では、この解説書の言葉にならって、依頼者どうしの利害の反対が現実のものになることを「顕在化」と呼びます。
なお、ここで参照として挙げられているのは、親権者と子の間の利益相反を定めた民法の規定です。
民法826条2項(利益相反行為)
親権を行う者が数人の子に対して親権を行う場合において、その一人と他の子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その一方のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
※民法826条2項
親権を行う者が数人の子について親権を行う場面では、法は特別代理人の選任という手当てを置いています。弁護士が複数の依頼者から受任する場面について弁護士職務基本規程28条3号が置いているのは、ただし書の同意による例外だけです。
7 顕在化した後は、依頼者の同意によっても職務を続けられない(有力説)
受任が可能だとしても、そのまま最後まで進められるとは限りません。同じ解説書は、顕在化した場合について次のように続けています。
利益相反が顕在化した場合に同意で解けるか(見解の対立)
この見解を前提とすれば、利益相反状態が顕在化した場合は、依頼者の同意があっても許されません(このような場面は、職務基本規程28条3号の問題であり同意があれば許されるとする見解もありますが、弁護士は、依頼者との信頼関係が無ければ真に依頼者の利益になる職務はなし得ないと思われ、利益相反が顕在化した際には、辞任すべきでしょう)。
※京野哲也・林信行/編著 中川佳男・山田圭太・花房裕志・佐々木久実/著『Q&A 若手弁護士からの相談374問』日本加除出版2019年 4月p243
ここには2つの見解が並んでいます。有力説は、顕在化すると弁護士法25条1号及び弁護士職務基本規程27条1号に抵触するとします。いずれも、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件を対象とする条文です。
顕在化した場合に有力説が挙げる条文(弁護士法25条1号・弁護士職務基本規程27条1号)
弁護士は、次に掲げる事件については、その職務を行つてはならない。ただし、第三号及び第九号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
※弁護士法25条
相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
※弁護士法25条1号
相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
※弁護士職務基本規程27条1号
弁護士法25条のただし書が同意による例外を認めているのは3号と9号だけで、1号は入っていません。弁護士職務基本規程27条のただし書も同じで、同意による例外は3号だけです。有力説によれば、顕在化した場面は同意で解ける号ではないところへ落ちることになります。
これに対して、この場面は弁護士職務基本規程28条3号の問題であり、同意があれば許されるとする見解もあります。前述の引用は、この見解を挙げたうえで、弁護士は依頼者との信頼関係が無ければ真に依頼者の利益になる職務はなし得ないとして、顕在化した際には辞任すべきであるとしています。
8 弁護士職務基本規程28条ただし書によっても、相反する側の依頼者の同意は得られない
上の対立は、顕在化した場面ではもう一段のところで決着します。同じ解説書は、顕在化した場面そのものを取り上げた設問を、続けて置いています。
共同受任した兄弟の一方から解任されたとき、他方の代理人を続けられるか
兄弟であるA、Bの委任を受けて他の相続人Cとの交渉をしていたところ、Aとの関係が悪化してAから代理人を解任されました。
Bは、代理人としてCとの交渉を続けてほしいと言っており、代理人を続けたいと思うのですが続けても大丈夫でしょうか。
A
続けることはできませんので、Bの代理人も辞任することとなります。
※京野哲也・林信行/編著 中川佳男・山田圭太・花房裕志・佐々木久実/著『Q&A 若手弁護士からの相談374問』日本加除出版2019年 4月p243〜244
この設問に対する解説は、次のとおりです。
顕在化した場合の弁護士職務基本規程28条ただし書の同意
本設問はまさに依頼者の利益相反が顕在化したときに当たります(§250参照)。
したがって、弁護25条1号及び職務基本規程27条1号に抵触するとする見解が有力です。
この見解を前提とすれば、利益相反状態が顕在化した以上は、依頼者の同意があっても受任の継続は許されないこととなります。
なお、職務基本規程28条ただし書によっても、利益の相反するAの同意を得ることはできないと考えられますので、この点でも職務を行い得ないこととなります。
※京野哲也・林信行/編著 中川佳男・山田圭太・花房裕志・佐々木久実/著『Q&A 若手弁護士からの相談374問』日本加除出版2019年 4月p244
弁護士職務基本規程28条3号のただし書は、その依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合に例外を認めるものです。したがって、28条3号の問題だとする見解に立っても、相反する側の依頼者から同意を得られなければ例外は働きません。関係が悪化して解任された依頼者から同意を得ることは、通常は期待できません。
見解の対立がどちらであっても職務を行い得ない、という結論になるのはこのためです。同意で解ける道を選んでも、その同意が現実には取れないという形で閉じます。
9 顕在化時の辞任の事前説明と、辞任時の弁護士報酬の清算を書面にしておく
受任はできるが、顕在化すれば辞任することになる——この2つを前提にすると、受任の時点で決めておくことが出てきます。同じ解説書は、受任が許されるとして何に留意すべきかを、続けて述べています。
受任するときに書面にしておくこと
この点については、のちの依頼者との対立を避けるためにも、利益相反が顕在化したときには辞任せざるを得ない旨、事前に十分に説明しておくことは必須となります。
また、辞任する場合には、弁護士報酬の清算等が問題となる可能性が高いため、その点についても、明確に定めておくべきでしょう。
そしてこれらの点については、事前に書面を作成して、依頼者の同意を書面にしておくことが望ましいでしょう。
※京野哲也・林信行/編著 中川佳男・山田圭太・花房裕志・佐々木久実/著『Q&A 若手弁護士からの相談374問』日本加除出版2019年 4月p243
挙げられているのは3つです。顕在化したときには辞任せざるを得ない旨を事前に十分に説明しておくこと、辞任する場合の弁護士報酬の清算を明確に定めておくこと、そしてこれらについて事前に書面を作成し、依頼者の同意を書面にしておくことです。
2つめの弁護士報酬の清算が入っているのは、辞任が事件の途中で起きるためです。着手金を受け取ったまま事件を離れることになるので、そのときにどう清算するのかを決めていないと、依頼者との間に新たな争いが生まれます。
10 同意を得ないまま手続を進めても、損害賠償が認められるとは限らない
では、他の依頼者の同意を得ないまま手続を進めてしまうと、どうなるのでしょうか。弁護士の責任が問われた古い裁判例と、その評釈を見ます。
(1)事案——東京地判昭和54年11月13日・一方の依頼者の依頼で控訴を取下げ
第1審で敗訴した複数の当事者から控訴審の訴訟追行を受任した弁護士が、依頼者の一人から控訴の取下げを依頼され、他の依頼者の意思を確認しないまま控訴を取り下げた、という事案です。
事案の概要と判決要旨(東京地判昭和54年11月13日)
Y1は、Aから金銭を借り受け、X所有の不動産にY1を債務者、Aを債権者とする根抵当権を設定したところ、Aが競売の申立てをしたことから、X、Y1はAに対して債務不存在確認、抵当権設定登記の抹消登記手続を請求する訴訟を提起する等したが、B地方裁判所C支部はXらの請求を棄却する判決をし、控訴をし、弁護士Y2に控訴審における訴訟の追行を委任したところ、Y2は、Y1から控訴の取下げの依頼を受け、Xの意思を確認することなく、控訴を取り下げたため、XがY1、Y2に対して不法行為に基づき損害賠償を請求した。
この判決は、Xが控訴審において勝訴するとは認められないとし、控訴の取下げとXの主張に係る損害との間の因果関係を否定し、請求を棄却した。
※升田純著『なぜ弁護士は訴えられるのか』民事法研究会2016年 11月p133〜134
控訴を取り下げれば第1審判決が確定します。取下げを望んだ依頼者にとってはそれでよくても、勝つ見込みに賭けていた他の依頼者にとっては、争う機会そのものが失われます。一方の依頼者の望む手続が、そのまま他方の依頼者の不利益になる関係です。
(2)特徴——他の依頼者の意向を確認せず、同意を得なかったこと
この事案について、解説書は次のように整理しています。
事案の特徴と判決の特徴(東京地判昭和54年11月13日)
この事案は、弁護士が第1審で敗訴判決を受けた者らから控訴審における訴訟の追行を受任し、依頼者の一人から控訴の取下げを依頼され、控訴を取り下げたため、他の依頼者が弁護士に対して不法行為に基づき損害賠償を請求した事件である。
この事案は、弁護士の依頼者に対する弁護過誤の類型の事件である。
この事案の特徴は、
①弁護士が敗訴の当事者らから控訴審の訴訟事件を受任したこと、依頼者の一人から控訴の取下げを依頼されたこと
②他の依頼者の意向を確認せず、同意を得なかったこと
③弁護士が控訴を取り下げたこと(第1審判決が確定することになる)
④他の依頼者が弁護士、取下げを依頼者に対して不法行為責任を追及したこと
⑤控訴の取下げと依頼者の主張に係る損害との間の因果関係の存否が重要な争点になったこと
があげられる。
※升田純著『なぜ弁護士は訴えられるのか』民事法研究会2016年 11月p134
事案の特徴として挙げられた②が、弁護士職務基本規程28条3号のただし書が求めるものにそのまま対応します。3号の例外は、その依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合に働くのですから、他の依頼者の意向を確認していなければ、そもそも例外の入口に立っていません。
なお、引用中の④は、読点の位置が原文のままです。書籍の誤植と見られますが、直さずに引いています。意味は、前述の事案の概要(他の依頼者が、依頼者と弁護士の双方に対して損害賠償を請求した)から取れます。
(3)評釈——依頼者の信頼・期待によっては不法行為責任が認められる余地
もっとも、この事案の結論は請求棄却でした。控訴を取り下げなければ依頼者が控訴審で勝訴できたと認めるに足りる証拠がないとして、控訴取下げと損害との間の因果関係が否定されたためです。
弁護士の過誤と勝訴判決の因果関係(評釈)
この事案と同様に、訴訟事件を受任した弁護士に過誤があった場合、その過誤と勝訴判決の関係が因果関係の存否、損害の発生の有無の問題として取り上げられ、重要な争点になることがあるが、弁護士の過誤と勝訴判決の獲得との間の可能性、蓋然性、高度の蓋然性、確実性等の様々な程度の関係が裁判例ごとに取り上げられ、一様ではない。
また、この関係の取り上げ方によっては、弁護士の過誤があっても、容易に弁護士の損害賠償責任が免責されることになり得るが、法律事務の高度の専門家である弁護士が依頼者に対して負う善管義務等の注意義務のあり方、弁護士に対する依頼者の期待侵害としても問題になり得るところである。
この判決については、依頼者の信頼・期待、事務処理の経緯等によっては、弁護士の不法行為責任が認められる可能性は相当にあるということができ、疑問がある。
※升田純著『なぜ弁護士は訴えられるのか』民事法研究会2016年 11月p135
評釈は、この関係の取り上げ方によっては弁護士の過誤があっても容易に免責されることになり得ると述べ、この判決について疑問があるとしています。この裁判例で賠償が否定されたのは因果関係の段階であって、他の依頼者の同意を得なかったこと自体が問題とされなかったわけではありません。
11 おわりに
依頼者どうしの利害が反対になる場面は、受任の時点では見えていないことのほうが多いといえます。見えた時点で辞任することになるのですから、受任のときに、そのときどうするのかを決めて書面にしておくことが、依頼者にとっても弁護士にとっても実際的な備えになります。
取り分の食い合いは、支払う側の資力に限りがあることが分かった時点で形になります。主張の食い合いは、法律構成を組み立ててみるまで見えません。複数の依頼者からまとめて依頼を受けるときは、この2つの見え方の違いを踏まえて、受任の可否を検討していくことになります。
訴訟に参加した者と原告や被告との間で受任が制限されるかについては、別の記事で説明しています。
訴訟参加人と原告や被告との利害相反(弁護士の受任の利益相反)
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。
本記事の表示では、読点を「、」に統一しています(引用の原文が「,」の場合を含みます)。


