【非上場株式の株価算定・評価:固定合意における株価評価ガイドライン】
1 非上場株式の株価算定・評価:固定合意における株価評価ガイドライン
経営承継円滑化法の固定合意は、事業承継時の遺留分トラブルを防ぐ有用な制度です。固定合意では、生前贈与された株式等の評価額を合意時点で固定します。この固定する金額は、適正な株価評価が前提となっています。
詳しくはこちら|事業承継の遺留分トラブルを防ぐ「除外合意」と「固定合意」
本記事では、固定合意における株価評価について説明します。
2 固定合意の株価評価の基本→ガイドライン
固定合意の金額については、経営承継円滑化法において「合意の時における価額(弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士又は税理士法人がその時における相当な価額として証明したものに限る)」と規定されています。これらの専門家は、各々の専門性を活かして適切な評価方法を選択し、客観的で合理的な価額証明を行う責任を負います。
専門家による証明(評価)は、中小企業庁が平成21年2月に公表した「経営承継法における非上場株式等評価ガイドライン」に基づいて行われます。このガイドラインは、固定合意を活用する際に必要となる非上場株式等の評価方法についての考え方を示したものです。
ところで、株価算定の公的基準としては、財産評価基本通達(国税庁方式)があります。
詳しくはこちら|非上場株式の株価算定・評価:国税庁方式(相続税・贈与税)
しかし、評価ガイドラインは、相続税や贈与税の課税目的で用いられる財産評価基本通達とは異なる評価基準を採用しています。財産評価基本通達が税務上の画一的な評価を目的としているのに対し、経営承継法の評価ガイドラインは、評価対象会社の業種、規模、資産、収益状況、株主構成等を総合的に考慮した適切な評価方法の選択を求めています。
ガイドラインでは、収益還元方式、DCF方式、配当還元方式、純資産方式、類似会社比準方式、類似業種比準方式、取引事例方式、国税庁方式等の一般的な非上場株式評価法が紹介されており、これらの中から評価対象会社の特性に最も適した方法を選択することが求められています。
3 主要な評価方法の詳細解説
(1)DCF法(ディスカウンテッドキャッシュフロー法)
DCF法は、企業が将来獲得すると予測されるフリーキャッシュフローを適切な割引率で現在価値に割り引いて企業価値を算定する手法です。理論上、最も合理的な企業価値評価法とされ、ファイナンス理論に裏付けられています。
適用場面としては、継続企業性が高く、将来の収益予測が比較的安定している会社に適用されます。特に成長企業や将来性の高い事業を営む企業の評価において威力を発揮します。
DCF法のメリットは、企業の将来性や成長性を価値に反映できることです。会計基準の変更による恣意性の影響を排除でき、評価対象企業固有の要素を織り込むことができます。また、継続企業の株式価値評価において最も理論的であるとされています。
一方、デメリットとしては、将来キャッシュフローの予測精度に評価結果が大きく左右される点があります。事業計画の実現可能性や割引率の設定によって企業価値が大幅に変動する可能性があり、算定する専門家によって計算結果に大きなぶれが生じる危険性もあります。また、予測を重ねる手法のため、非常に手間がかかり専門性が要求されます。
詳しくはこちら|非上場株式の株価算定・評価:収益方式(DCF法と配当還元法)
(2)純資産価額方式
純資産価額方式は、会社の総資産や負債を原則として相続税評価に洗い替えて、評価した総資産の価額から負債や評価差額に対する法人税額等相当額を差し引いた残りの金額により評価する方法です。清算価値に基づく評価手法として位置づけられます。
適用場面は、資産保有型企業や個人事業者に近い小規模企業において、清算価値で算定する方法がその会社の実態をより正確に表す場合です。特に不動産等の資産を多く保有する企業や、収益性が低い企業の評価に適用されることが多いです。
純資産価額方式のメリットは、客観性と安定性にあります。貸借対照表に基づく計算のため、比較的客観的な評価が可能であり、手続きも容易です。また、資産の含み益を適切に評価に反映させることができます。
デメリットとしては、企業の収益性や将来性が評価に反映されない点が挙げられます。継続企業として営業している会社の企業価値を適切に表現できない場合があり、特に高収益企業では過小評価となる可能性があります。
詳しくはこちら|非上場株式の株価算定・評価:純資産価額方式
(3)類似業種比準方式
類似業種比準方式は、評価会社と事業内容が類似する上場企業の株価に比準させて、1株当たり配当、利益、純資産の3つの要素から評価する方法です。国税庁が公表する類似業種の株価等を基準として計算されます。
適用場面は、評価対象会社の事業内容と類似する上場企業が存在する業種において、会社規模が比較的大きい企業に適用されます。大会社では原則として類似業種比準方式が採用され、中会社では純資産価額方式との併用方式が適用されます。
類似業種比準方式のメリットは、市場性の反映と客観性です。上場企業の株価を基準とするため、市場の評価が反映され、国税庁が公表するデータを使用するため客観性が確保されます。また、計算手順が明確で比較的簡便です。
デメリットは、類似性の限界と規模格差です。評価対象会社と類似業種の上場企業との間には、事業規模、知名度、信用度等において大きな格差が存在する場合があります。また、非上場企業特有のリスク要因が十分に反映されない可能性があります。
類似業種比準方式は、国税庁方式の中の1つとなっています。
詳しくはこちら|非上場株式の株価算定・評価:国税庁方式(相続税・贈与税)
4 専門家による価額証明の実務
固定合意における価額証明は、弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士、税理士法人に限定されています。これらの専門家は、各々の専門性と職業的責任に基づいて適切な価額証明を行います。
弁護士は、法律事務全般を取り扱うことができるため、税理士登録を行えば税務業務も可能です。事業承継における法的スキームの設計と税務面の検討を一体的に行える利点があります。
公認会計士は、企業の財務分析や会計監査の専門家として、特にDCF法等の高度な評価手法に精通しています。M&Aや企業価値評価の豊富な経験を活かした評価が期待できます。監査法人での評価業務では、より高度で詳細な分析が可能です。
税理士は、相続税や贈与税の実務に精通しており、財産評価基本通達による評価から経営承継法による評価まで幅広く対応可能です。中小企業の実情に精通した実務的な評価が期待できます。
証明書には、評価対象株式の概要、採用した評価方法とその根拠、評価額の算定過程、評価基準日等の記載が必要です。専門家の署名・押印により証明の信頼性が担保されます。
証明費用については、依頼する専門家や評価の複雑さによって大きく異なります。税理士への依頼では10万円から30万円程度が相場とされています。公認会計士への依頼では20万円から100万円以上と幅があり、DCF法等の高度な手法を用いる場合や大規模企業の評価では費用が高額になる傾向があります。評価対象企業の規模、業種の複雑さ、採用する評価手法等により費用は変動するため、事前に見積もりを取得することが重要です。
5 適切な評価方法の選択指針
評価方法の選択は、評価対象会社の業種、規模、収益状況、資産構成等を総合的に勘案して決定する必要があります。
業種による選択基準では、製造業やサービス業等の事業会社には収益性を重視したDCF法や類似業種比準方式が適用される傾向があります。一方、不動産業や投資会社等の資産保有型企業には純資産価額方式が適用されることが多いです。
規模による使い分けでは、大規模企業では類似業種比準方式やDCF法が、中規模企業では併用方式が、小規模企業では純資産価額方式が選択される傾向があります。これは、規模が大きくなるほど上場企業との類似性が高まり、小規模企業では個人事業に近い性格を持つためです。
会社の特性に応じた選択基準として、高収益・成長企業にはDCF法、安定配当企業には配当還元方式、資産株的性格の強い企業には純資産価額方式が適しています。また、赤字企業や設立間もない企業では純資産価額方式が選択されることが一般的です。
複数手法の併用も重要な検討事項です。異なる評価手法による結果を比較検討することで、より合理的な評価額の決定が可能となります。ただし、採用する手法の根拠を明確にし、恣意的な選択とならないよう注意が必要です。
6 他の場面での非上場株式の株価算定(参考)
非上場株式の株価算定(評価)が問題となる状況には、固定合意を行う場面以外にもいろいろな状況があり、状況によって使う評価方式は異なります。固定合意の場合の株価算定と共通する部分も多いので参考になります。
詳しくはこちら|非上場株式(未上場・取引相場のない株式)の株価算定・評価の総合ガイド
7 合意額と贈与税評価額のずれによる課税リスク(参考)
株価評価が不適切である場合、つまり、固定合意の合意額と贈与税評価額がずれている場合、想定外の課税がなされるリスクがあるので注意を要します。
詳しくはこちら|固定合意の合意額と贈与税評価額がずれていると課税リスクがある
8 実務上の注意点
固定合意における株価評価では、評価時点の統一が重要です。合意書作成時点での評価を基準とし、将来の価値変動は固定合意の効果により遮断されることを明確にする必要があります。
評価根拠資料の準備も重要です。財務諸表、事業計画書、不動産鑑定書等の客観的資料を整備し、評価の合理性を裏付ける必要があります。特にDCF法を採用する場合は、事業計画の実現可能性が重要な要素となります。
専門家選定においては、経営承継法による評価の経験と実績を重視することが重要です。単に税務上の株価評価の経験だけでなく、M&Aや企業価値評価の実務経験を有する専門家を選定することで、より適切な評価が期待できます。
費用対効果の検討も必要です。高度な評価手法ほど費用が高額になる傾向があるため、評価の目的と予算のバランスを考慮した選択が求められます。ただし、将来の紛争リスクを考慮すると、適切な費用をかけて信頼性の高い評価を行うことが結果的に有益となる場合が多いです。
本記事では、遺留分対策の固定合意における株価評価について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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