【離婚・財産分与に向けた財産調査:総合ガイド(制度・手続の一覧と選択)】
1 離婚・財産分与に向けた財産調査:総合ガイド(制度・手続の一覧と選択)
離婚が成立した時に、夫婦の財産を清算します。
詳しくはこちら|離婚時の財産分与の総合ガイド(法的理論・手続・実務上の問題の全体像)
財産分与において、適正な分与を実現するためには、夫婦共有財産の正確な把握が不可欠です。しかし、実務では、、お互いに相手方名義の財産を把握できていない状況が生じることがとても多いです。このような相手方の非協力的態度に対して、法的な調査手段を駆使して財産の開示を求めることが重要です。
本記事では、財産分与における配偶者名義財産の調査方法について、弁護士会照会、裁判所を通じた調査手続き、令和元年改正による新制度等の全体像を整理し、それぞれの制度の概要と適用場面を解説いたします。
2 財産調査制度の全体像
(1)弁護士会照会
弁護士会照会は、弁護士法23条の2に基づく制度であり、23条照会とも呼ばれています。弁護士が受任している事件について、弁護士会が官公庁や企業などの団体に対して必要な事項を調査・照会する制度です。夫婦の財産に関する調査においては、相手方に知られずに調査を実施できるという大きな利点があります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:弁護士会照会の実務と活用
(2)裁判所が関与する手続(調査嘱託・文書送付嘱託)
裁判所を通じた財産調査手続きには、主に調査嘱託と文書送付嘱託があります。弁護士会照会では開示されない情報でも、裁判所を通じた手続では開示される、ということもよくあります。このように回答率が高い反面、(原則的に)既に訴訟が開始されていることが前提となっています。この点、提訴前に調査嘱託などをできる新制度も作られましたが、これを利用するには一定の条件があります。
裁判所が関与する手続の費用は、弁護士会照会と比較して高額になる傾向があります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:裁判所を通じた証拠収集手続
(3)第三者情報取得手続き(令和元年創設)
令和元年の民事執行法改正により導入された第三者情報取得手続きは、債務者の財産のうち、不動産に係る情報、給与債権に係る情報、預貯金債権等に係る情報について、第三者から提供を受けることができる制度です。
この制度は確定判決等の債務名義を有する債権者が利用できる制度であり、従来の調査手段では困難であった財産情報の取得が可能となりました。財産分与の場面では、(たとえば婚姻費用分担金について)調停調書や審判書等の債務名義を取得しているが、支払いがなされていないというケースでは威力を発揮します。
詳しくはこちら|裁判所による債務者の財産調査に関する令和元年民事執行法改正
3 状況別の調査手法選択
(1)調査タイミング別
財産調査において最も重要なのは調査を実施するタイミングです。
別居もしていない段階であれば、相手方に気づかれることなく弁護士会照会等を活用して包括的な財産調査を実施することが可能です。この段階では相手方による財産隠匿行為が本格化する前であることが多く、より正確な財産状況の把握が期待できます。
一方、別居後や離婚調停・訴訟の段階では、相手方も警戒を強めており、財産の移転や隠匿が行われる可能性が高まります。この段階では迅速な調査の実施と、必要に応じて保全手続きの検討も重要となります。また、調査手段についても、弁護士会照会に加えて裁判所系の手続きを併用することで、より確実な情報収集を図ることが求められます。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:最適なタイミングと離婚前の準備
(2)財産種類別
財産の種類によって、適切な調査手法は異なります。
退職金については勤務先への照会が必要であり、企業の規模や性質に応じて弁護士会照会と裁判所系手続きを使い分ける必要があります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:退職金の調査方法
生命保険については、保険会社が多数存在することから、効率的な調査のための戦略的アプローチが重要です。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:生命保険の契約内容と価値の調査
株式や有価証券については、証券会社への照会に加えて、上場株式と非上場株式で評価方法が異なることから、適切な評価額の算定も含めた総合的な調査が必要となります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:株式・有価証券の調査
不動産については登記情報の確認は比較的容易ですが、時価評価や担保設定の状況等の詳細な調査には専門的な知識が要求されます。
(3)相手方の対応別(財産隠しへの対応)
相手方が任意の財産開示を拒否する場合には、財産隠しを行っていることが疑われます。この点、財産隠しの手法は多様化しており、特に預貯金の隠匿は最も頻繁に見られます。たとえば、ネット銀行の利用、地方銀行への分散、家族名義口座の活用などの巧妙な手法もあります。そこで、戦略的な対応が求められます。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:隠された財産を見つけ出すテクニック
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:巧妙な預貯金隠匿の手法と対策
4 複雑な財産関係の調査
(1)富裕層の財産調査
多額の資産がある夫婦(富裕層世帯)では、資産管理会社を通じた保有、海外資産の存在、複雑な法人スキーム、信託の活用など、一般的な財産調査とは大きく異なる多層的な資産構造を持ちます。このような複雑な財産関係を解明するためには、国際的な調査ネットワーク、フォレンジック会計士、現地弁護士との連携など、高度な専門性と相応の調査費用を要する特殊な手法が必要となります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:複雑な富裕層の資産調査のポイント
(2)実質的所有者の立証
財産分与において、形式的な名義と実質的所有者が異なることが問題となることがよくあります。夫婦間では税務対策や便宜上の理由から、実際に財産を管理・支配している者と名義人が一致しないケースが多く見られます。このような場合、口座開設申込書の筆跡鑑定、資金の出所と流れの分析、取引内容と生活実態との整合性確認など、多角的なアプローチによる立証戦略が求められます。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:名義と異なる真の権利者を明らかにする
5 費用と期間の目安
(1)各手続きの費用比較
まず、財産調査にかかる実費は、選択する手続きによって大きく異なります。
弁護士会照会については、1件あたり6,000円から10,000円程度の費用で実施可能であり、複数の照会先がある場合でも比較的低廉な費用で包括的な調査が可能です。
裁判所を通じた調査嘱託や文書送付嘱託については、調停や訴訟の申立費用と合わせて数万円から十数万円程度の費用が必要となります。第三者情報取得手続きについては申立手数料として数千円程度で済みますが、事前に債務名義を取得する必要があるため、トータルでの費用は高額になる傾向があります。
次に、弁護士費用については、財産分与の手続全体の一部として調査業務を行う、という構造になります。調査部分のみを切り出す(調査単体で依頼する)ことは一般的には困難です。財産分与の代理人交渉の着手金であれば30万円程度〜(事案内容や財産の規模によって異なる)というのが目安です。
(2)期間と効率性
各手続きの所要期間についても、手続きの性質によって大きく異なります。
弁護士会照会については、申請から回答まで概ね2週間から1か月程度を要しますが、照会先の協力度によって期間は変動します。
裁判所系手続きについては、調停や訴訟の進行と並行して実施されるため、全体としては数か月から1年以上を要することもあります。
効率的な財産調査のためには、複数の調査手段を並行して実施し、得られた情報を総合的に分析することが重要です。また、調査の優先順位を適切に設定し、限られた時間と費用の中で最大の効果を得られるよう戦略的にアプローチすることが求められます。費用対効果を考慮した総合的な判断には、豊富な実務経験を有する専門家のアドバイスが不可欠です。
6 まとめ
財産分与における配偶者名義財産の調査は、単一の手段では限界があり、複数の調査手段を効果的に組み合わせることで初めて実効性を持ちます。弁護士会照会は費用が低廉で相手方に気づかれにくいという利点がある一方、回答率に限界があります。裁判所系の手続きは回答率が高い反面、既に紛争が表面化していることが前提となり、費用も高額になります。
事案の性質、相手方の対応、調査対象となる財産の種類、利用可能な時間と費用等を総合的に勘案して、最適な調査戦略を選択することが重要です。また、調査により得られた情報を適切に評価し、財産分与の主張に活用するためには、高度な専門知識と豊富な実務経験が必要となります。
財産分与における財産調査は、離婚問題全体の解決戦略の一環として位置づけられるべきものであり、個別の状況に応じた専門家のアドバイスなしには適切な対応は困難です。具体的な財産調査の必要性が生じた場合には、財産分与に精通した弁護士との早期の相談をお勧めいたします。
7 参考情報
参考情報
吉井悠介稿/『弁護士ドットコムタイムズ73巻』2024年12月p36
森公任ほか編著『2分の1ルールだけでは解決できない 財産分与算定・処理事例集』新日本法規出版2018年p32
園部厚著『実務解説 民事執行・保全 第2版』民事法研究会2022年p274
松谷佳樹稿『財産分与事件の審理の実情と課題』/『法の支配191号』日本法律家協会2018年p53〜55
秋武憲一著『離婚調停 第3版』日本加除出版2018年p313
本記事では、離婚時の財産分与のための調査の全体像について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与など、離婚(夫婦)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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