【相続分の放棄の裁判例の見解分類(共有持分放棄説・事実上の意思表示説・譲渡契約説など)】
1 相続分の放棄の裁判例の見解分類(共有持分放棄説・事実上の意思表示説・譲渡契約説など)
相続分の放棄は、相続放棄ができないケースで、遺産分割の手続から離脱する手段として使われています。この点、相続分の放棄の具体的扱いには複数のものがあります。
詳しくはこちら|相続分の放棄の全体像(相続放棄との違い・法的性質・効果・家裁の手続排除決定)
本記事では、相続分の放棄に関する重要な裁判例を分析し、どのような見解を採用したのか、ということに基づいて分類して解説します。
2 裁判例の3つの分類
裁判例を分析すると、相続分の放棄について裁判所は主に3つの判断パターンを示しています。第1に、共有持分権の放棄として構成するもの(共有持分放棄説)、第2に、相続分の譲渡として処理するもの(黙示的譲渡契約説)、第三に、「相続分の放棄」として扱うもの(民法905条類推適用説・事実上の意思表示説)です。
3 共有持分放棄説
(1)長崎家裁佐世保支審昭和40年8月21日
本件では、被相続人の遺産相続を希望しない相続人2名が、他の共同相続人に対して遺産に対する共同持分を放棄したと認定されました。裁判所は、法定相続分を再計算し、放棄者の相続分をゼロとして、他の相続人の相続分を調整しました。ただし、相続債務については影響を及ぼさないことを明確にしました。
(2)東京家審昭和61年3月24日
相続人が遺産分割には一切かかわりたくなく、遺産の取得も希望しない旨の意向を表明した事案です。裁判所は、正式な相続放棄ではないものの、遺産に対する共有持分を放棄しているものとみることができるとし、当該相続人の法定相続分を零として遺産分割の審判をするのが相当であると判断しました。
4 黙示的譲渡契約説
(1)鳥取家審昭和35年3月31日
本件では、所在不明の相続人が行方不明前に相続分の取得を望まないと意思表明していた事案において、申立人が全遺産を取得することとしました。実質的に相続分が申立人に譲渡された効果を認めています。
(2)東京家審平成4年5月1日
本件では、相続人が「自分には相続する意思がない」と表明した事案において、相続分を放棄したものと認定しつつ、その法律上の効果は放棄者の意思内容によるとし、放棄者の相続分が申立人に帰属すると判断しました。
(3)高松高決昭和63年5月17日
本件は、相続分の譲渡・放棄の意思表明がある場合には、譲受人の意思確認が必要であることを明確にしました。相続分譲受意思の確認された相続人が放棄者の相続分を取得するという扱いにしました。具体的には、譲受意思のある相続人が1名のときは全部、複数のときはその相続分に応じて按分するという扱いです。つまり、実質的には、相続分の譲渡として解釈したということになります。
(4)東京地判平成28年12月21日(韓国民法関連事案)
本件は、判断の中で、日本の家庭裁判所における相続分の放棄について、「実質的には、相続分の放棄をする相続人からその共同相続人らへの相続分の譲渡と理解する余地もある」と判示し、日本の実務を相続分譲渡として解釈しています。
5 民法905条類推適用説・事実上の意思表示説
(1)大阪高決昭和53年1月14日
本件は、相続分を放棄した相続人について、遺産に対する自己の相続分の権利を放棄し、他の相続人においてその相続分に応じて遺産分割をなすことを裁判所に委ねているものと解しました。放棄者の相続分をゼロとし、他の相続人3名の相続分を各3分の1として処理しました。
他の相続人の意思(合意)を問題としていないので、放棄者の一方的意思表示で足りる、という扱いをしたといえます。
6 まとめ
裁判例の分析から、相続分の放棄について裁判所は共有持分権の放棄、相続分の譲渡、「相続分の放棄」(一方的意思表示)という3つの法的構成を採用していることが明らかになりました。
実際に相続人の1人が「遺産の取得を望まない」「遺産分割から抜けたい」と主張したとしても、そのセリフだけでは、どのような扱いにすべきか、ということがハッキリしなのです。放棄者と他の相続人の希望(真意)の確認が重要なのです。
本記事では、相続分の放棄の裁判例の見解分類について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺産分割など、相続に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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