【相続前の使途不明金:預貯金引出権限(授権・承諾)の事実認定(実務整理ノート)】

1 相続前の使途不明金:預貯金引出権限(授権・承諾)の事実認定(実務整理ノート)

相続において、被相続人名義の預金が相続開始前後に払い戻されていることがあり、これは「使途不明金問題」と呼ばれています。その解決手段は、相続人間の合意に至らない場合、最終的には、遺産分割とは別の訴訟で判断されることになります。
詳しくはこちら|相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)
本記事では、相続開始「前」の預貯金の引出について、無断だったのか、引出権限があったのか、という判定(事実認定)について、実務の傾向や理論を整理しました。

2 預貯金引出権限の位置づけ→授権・承諾により不法行為・不当利得否定

預貯金引出権限の位置づけ→授権・承諾により不法行為・不当利得否定

被相続人の有効な承諾、同意、委託等の授権行為がある限り、引出行為者(被告)がその範囲内において被相続人の預貯金を引き出すことは不法行為とならず、また、利得があっても法律上の原因があることとなり、不当利得とならない

3 被相続人の意思無能力→授権・承諾は無効

被相続人の意思無能力→授権・承諾は無効

あ 基本

被相続人が意思無能力に陥っていた場合、その承諾は無効であり、他に正当化事由がない限り、不法行為または不当利得が成立する
※我妻栄「民法講義Ⅰ・新訂民法総則」(岩波書店、昭40)60頁

い 実情→裁判例が多い

高齢者の意思能力(遺言能力)の判断に関しては多くの裁判例がある
※東京高判平成21年8月6日(判タ1320号228頁)
※東京高判平成22年7月15日(判タ1336号241頁)
※東京高判平成25年3月6日(判タ1395号256頁)ほか多数

4 包括的な授権・承諾の事実認定

(1)通帳等の管理状況

通帳等の管理状況

あ 基本

通帳やカードの占有と継続は、一定範囲での授権を推認させる事実となりうるが、直ちに預貯金引出の包括的授権が認められるわけではない

い 判断要素

(ア)引出目的の合理的説明と根拠(イ)被相続人による引出行為の認識と容認(ウ)被相続人の心身状態(エ)預貯金管理状況の報告の程度

う 同居・別居の影響

同居の場合は、管理下に置いていたとの判断につながりやすい反面、ほしいままに引出行為が可能であったという間接事実にもなり得る
別居の場合は、被告が引き出すことになった経緯の主張立証が重要となる

(2)引出行為当時の被相続人の心身状態

引出行為当時の被相続人の心身状態

あ 基本

被相続人が高齢で心身に故障があり自ら金融機関に出向くことが難しい場合、身の回りの世話をする近親者に財産管理も委ねることがある
ただし、多様化する家族像を前提に判断することには慎重であるべきである
被告は具体的な財産管理の在り方を明らかにし、授権を受けていたことを基礎付ける事情を詳らかにすべきである

い 授権(承諾)の範囲

推認される授権の範囲は、従前と同レベルの生活維持費用や医療費、介護費、公租公課など、ルーティンとして支出する費用に限られると考えられる

う 実例(裁判例)

脳梗塞で入院・施設入所していた被相続人について、配偶者である被告が預貯金を継続的に引き出していた事案で、生活費や医療費等の相当範囲では同意があるとされたが、それを超える範囲については包括的同意が認められなかった
被相続人が病院から施設へ移る際、被告が被相続人の財産から医療費等を支払うと告げ、被相続人がうなずいたことから、包括的な財産管理と必要支出の支払いを引き受けたと認められた

(3)金銭の流れとそれに対する被告の説明

金銭の流れとそれに対する被告の説明

あ 基本

預貯金の引出額や払戻金の流れ、被告の説明(変遷がある場合はその事情)も、授権の存否判断に影響を与える

い 典型例

少額の継続的引出で、生活費や医療費等に充てる払戻しであれば、その範囲での授権が認められやすい
突発的な高額引出の場合は、その目的の合理的説明が求められる 全体の授権の立証に失敗した場合でも、被相続人の生活様式や従前の収入額から一定範囲では免責が必要と考えられる

う 実例(裁判例)

被告が被相続人の預貯金を会社経営資金に充てた事案で、被相続人が被告を頼りにしていたとしても、財産管理・処分の委託を示す客観的証拠がなく、委託内容の説明があいまいで変遷していたことから、包括的承諾が認められなかった

5 個別的な授権・承諾

個別的な授権・承諾

個別的な授権の主張は、引出行為による払戻金の使途と関連付けて事実認定されることが多い

6 意思表示を介さない引出権限→婚費負担義務

意思表示を介さない引出権限→婚費負担義務

あ 基本

承諾の意思表示がなくても、被告が権限を有することがある
特に被告が被相続人の配偶者の場合、婚姻費用負担義務(民法760条)等により正当化されることがある

い 実例(裁判例)

被相続人名義の預貯金が実質的に夫婦共有財産と認定され、夫婦間の扶助協力義務(民法752条)、婚姻費用負担義務(民法760条)に照らし、婚姻費用として相当範囲の支出は同意がなくても権利侵害にあたらないとされた

7 贈与→不法行為・不当利得否定だが特別受益となる

贈与→不法行為・不当利得否定だが特別受益となる

あ 基本

被相続人が預貯金を被告に贈与した場合、引出は被相続人との関係で損害・損失を発生させない
被告が贈与を主張する場合、贈与を認めるに足る具体的な間接事実の主張立証が必要である
しかし、相続事案では贈与の主張は必ずしも多くない

い 贈与の場合の扱い

(ア)特別受益(民法903条)として考慮される(イ)遺留分減殺の対象となる可能性(民法1044条、903条)(ウ)特別受益なしとの前提で遺産分割が終了していることがある(矛盾主張として制限される方向性)

遺産分割と使途不明金訴訟の関係については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|相続における使途不明金問題の解決手続(遺産分割か訴訟の選択・平成30年改正対応)

8 参考情報

参考情報

齋藤清文ほか稿『被相続人の生前に引き出された預貯金等をめぐる訴訟について』/『判例タイムズ1414号』2015年9月p85〜87
森公任ほか著『弁護士のための遺産相続実務のポイント』日本加除出版2019年p320〜325

本記事では、相続前の使途不明金:預貯金引出権限の事実認定について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に相続における使途不明金に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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