【職場での私生活暴露に対する法的責任(不倫をいいふらされた場合の対応策)】

1 職場での私生活暴露に対する法的責任(不倫をいいふらされた場合の対応策)

「不倫関係」は、損害賠償や離婚に関する法的問題をひきおこしますが、「不倫をいいふらした」ケースでは、いいふらした者についても別の責任が生じることがあります。
本記事では、このように、職場で私生活(プライバシー)を暴露したようなケースで生じる法的な責任、問題を説明します。

2 名誉毀損と侮辱に関する法的責任(概要)

(1)刑事責任→名誉毀損罪や侮辱罪

職場で同僚の不倫関係を言いふらす行為は、場合によって名誉毀損罪や侮辱罪に該当することがあります。「Aさんは○○さんと不倫している」といった具体的事実を摘示して公然と広めた場合、名誉毀損罪(刑法230条)の対象となる可能性があります。この場合、その事実が真実であるかどうかは問われません。
一方、具体的な事実の摘示がなく、単に「不貞な人だ」などと公然と貶めた場合は、侮辱罪(刑法第231条)が成立することがあります。
いずれの場合も、不倫に関する噂を広めることで他者の社会的評価を低下させる行為は、刑事責任だけでなく民事上の損害賠償責任を生じさせる可能性があります。
詳しくはこちら|不倫を言いふらす行為の刑事責任(名誉毀損罪・侮辱罪・脅迫罪)

(2)民事上の不法行為責任

名誉毀損や侮辱は、刑事責任だけでなく民法上の「不法行為」としても損害賠償請求の対象となります。民法709条では「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定められています。民事裁判においては、名誉毀損が成立するためには「故意または過失による事実または意見論評の流布」と「これによる被害者の社会的評価の低下」が必要です。

3 プライバシー侵害の法的視点

(1)プライバシー権の法的根拠

不倫関係を言いふらされた場合、名誉毀損だけでなく「プライバシー侵害」としても法的責任を問うことができます。日本国憲法には明示的な規定はありませんが、憲法13条(個人の尊重、幸福追求権)を根拠として、判例によってプライバシー権が確立されています。

(2)不倫暴露とプライバシー権

不倫は一般的に、当事者が他人に知られたくない私的な情報です。したがって、正当な理由なく職場の上司や同僚に不倫の事実を暴露する行為は、プライバシー侵害となる可能性が高いです。名誉毀損とプライバシー侵害の大きな違いは、名誉毀損が社会的評価の低下を防ぐことを目的とするのに対し、プライバシー侵害は個人の私生活に関する情報をみだりに公開されない自由を保護する点にあります。重要な点として、プライバシー侵害の場合、その情報が真実であっても、それが私的な事柄であり、公開する正当な理由がない場合には法的責任が生じます。

4 職場における「公然性」の法的解釈

(1)職場での情報拡散と公然性の認定

名誉毀損やプライバシー侵害が成立する(違法となる)ためには「公然性」の要件を満たす必要があります。職場における公然性の解釈については、複数の同僚にメールで情報が共有された場合、チームミーティングなどの場で不倫について言及された場合、職場内で噂話として不倫の情報が広まった場合などが考えられます。
重要なのは、たとえ最初に情報が共有された人数が少なくても、その情報が職場内のネットワークを通じて広がる可能性があれば「公然性」の要件を満たすと解釈されることがある点です。これは法律上「伝播の理論」と呼ばれる考え方です。

(2)公然性が認められない事例

一方で、完全に締め切られた個室での1対1の会話や、個人的なメッセージアプリでの私的なやり取り(他者に伝わる可能性が低い場合)などは公然性が認められない可能性があります。不倫相手の配偶者が原告の職場に不倫の事実を通知した事案において、会社の取締役が情報を他の従業員に広めないように措置を講じたため、不特定多数に情報が伝播する可能性がなかったとして名誉毀損は成立しないと判断した裁判例もあります。しかし、同判決ではプライバシー侵害は認められ、慰謝料と強制退職による逸失利益の賠償が命じられています。

5 名誉毀損・プライバシー侵害の違法性判断基準

(1)名誉毀損の免責事由

刑法230条の2には、名誉毀損に該当する行為であっても違法性が阻却される特例が定められています。民事責任(損害賠償)でもこの基準が流用されます。
以下の条件をすべて満たす場合に違法性が阻却(否定)されます。
第一に公共の利害に関する事実に係ること、第二にその目的が専ら公益を図ることにあること、第三に摘示された事実が真実であることの証明があったとき、または行為者が真実であると信じる相当の理由があったときです。
一般的に、個人の不倫という私的な事実は公共の利害に関するとは言えないため、この免責規定が適用される可能性は低いと考えられます。つまり、たとえ不倫の事実が真実であったとしても、それを暴露する行為が単なる私怨や嫌がらせを目的とする場合には、違法になる方向性です。

(2)プライバシー侵害の判断基準

プライバシー侵害が成立するための一般的な判断基準は、第一に私的な事実であること、第二に一般人が知られたくないと感じるであろう情報であること、第三に公開の必要性・正当性がないことです。不倫関係はこれらの条件を満たすことが多く、プライバシー侵害として法的責任を問われる可能性が高いと言えます。

6 法的対応のための証拠収集方法

(1)具体的な証拠収集の手法

不倫を言いふらされた場合、法的措置を検討するためには証拠の収集が不可欠です。まず文書による証拠として、メール、SNSの投稿、メッセージアプリのやり取りなどをスクリーンショットなどで保存しましょう。また音声・映像による証拠として、発言内容をICレコーダーで録音することも考えられますが、記録の目的や方法によっては法的問題が生じる可能性があるため注意が必要です。
さらに信頼できる同僚に証言を依頼したり、言いふらされた日時、場所、内容、証人などを詳細に記録したメモを作成したりすることも有効です。証拠の信頼性を高めるためには、日時の記録(タイムスタンプ)、連続性の確保(情報が改ざんされていないことの証明)、第三者の証言(客観的な証拠として有効)に注意すると良いでしょう。

7 職場内での実践的な対応策

(1)社内での段階的アプローチ

まずは社内での解決を試みることが一般的です。場合によっては、直接本人に対して行為の停止を求めることから始めるのも一つの方法です。それが難しい場合は、信頼できる上司や人事部門に状況を説明し、事実確認と対応を依頼しましょう。多くの企業ではハラスメント相談窓口が設置されているので、そちらを利用することも検討できます。また多くの企業では、他の従業員の名誉を傷つける行為は就業規則違反となるため、就業規則に基づく対応を要請することも可能です。

(2)会社の対応責任

職場において不倫を言いふらされた場合、会社には安全配慮義務の観点から適切な対応が求められます。
具体的には事実関係の調査、加害者への注意・警告、被害者と加害者の職場環境の調整(配置転換など)、再発防止のための措置などが考えられます。
詳しくはこちら|社内の不倫により懲戒処分(解雇など)されることもある(基準・裁判例)
この点、会社自体の賠償責任(使用者責任、民法715条)については、従業員の私的な行為に対して原則として生じません。会社の賠償責任が生じるのは、従業員がその事業の執行について第三者に加えた損害の場合に限られます。

8 法的手続きによる解決手段

(1)刑事告訴の具体的手順

社内での対応が効果的でない場合や、より厳格な対応を求める場合は、法的手続きを検討しましょう。名誉毀損罪や侮辱罪は親告罪であるため、被害者からの告訴がなければ警察は原則として捜査を開始しません。告訴の手順としては、まず弁護士に依頼して告訴状を作成し、管轄の警察署に提出します。その後、詳細な状況説明と証拠提出を行い、十分な証拠があれば検察に送致され、検察官が起訴するかどうかを判断します。
名誉毀損罪の公訴時効は3年、告訴期間は加害者を知った日から6か月以内とされています。期間を過ぎると刑事責任を問えなくなるため注意しましょう。

(2)民事訴訟による解決

民事上の対応としては、まず内容証明郵便で行為の停止と損害賠償を求めることが一般的です。それでも解決しない場合は、裁判所で調停を申し立て、話し合いによる解決を図るか、損害賠償請求訴訟を提起します。民事訴訟では、名誉毀損やプライバシー侵害による精神的苦痛に対する慰謝料のほか、それによって生じた具体的な損害(退職を余儀なくされた場合の逸失利益など)についても賠償を求めることができます。

9 判例にみる賠償額の相場

(1)不倫暴露に関する具体的判例

実際の裁判例では次のような事案があります。
まず、不倫相手の配偶者が原告の職場に不倫の事実を通知した事案において、プライバシー侵害を認め、慰謝料と強制退職による逸失利益の賠償が命じられた裁判例があります。
次に、不倫相手の配偶者が原告の父親、不倫相手の父親、および原告の知人に不倫の事実を伝えた事案において、名誉毀損とプライバシー侵害の両方が成立すると判断し、損害賠償を命じた裁判例もあります。

(2)慰謝料の一般的相場

職場での不倫の暴露による名誉毀損やプライバシー侵害の慰謝料相場は、ケースによって大きく異なりますが、一般的には名誉毀損で10万円〜100万円、プライバシー侵害で10万円〜50万円程度と言われています。
ただし、暴露によって退職を余儀なくされるなど具体的な損害が生じた場合は、それに応じた賠償額が上乗せされる可能性があります。

10 複雑なケースへの対応法

(1)相互に法的責任が生じる場合

例えば、「独身だ」と偽って交際していた人が、実は既婚者だったと発覚し、その怒りから不倫関係を周囲に言いふらしたというケースでは、双方に法的責任が生じる可能性があります。
嘘をついた側には詐欺的行為(貞操侵害)による不法行為責任が、言いふらした側には名誉毀損・プライバシー侵害による不法行為責任が発生し得ます。

(2)相殺禁止の原則と実務上の課題

民法509条では、不法行為による損害賠償については、一定の範囲で相殺を禁止しています。
詳しくはこちら|不法行為の損害賠償債権の相殺禁止(平成29年改正後民法509条)(解釈整理ノート)
これは「金銭の請求をする代わりに痛い目に遭わせる」という動機を防止するためです。ただし、両者が合意して相殺することは可能です(相殺契約)。合意がない場合、相互に請求権があると、それぞれが強制執行による回収を図ることになります。実務上は「無資力は最大の抗弁」とも言われ、資産がない相手からは賠償金を回収できない問題が生じることがあります。

(3)SNSでの拡散対応

SNSなどで不倫の情報が拡散した場合は、まずプラットフォーム事業者に削除を依頼することが考えられます。それが難しい場合は、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求を行います。緊急の場合は仮処分による投稿削除命令申立てなどの拡散防止措置も検討しましょう。

11 対応選択のための実践的ガイドライン

職場で不倫をいいふらされた場合の対応は、状況によって最適な方法が異なります。まずは証拠収集から始め、あらゆる対応の基礎となる証拠を確保しましょう。次に社内での解決を試み、信頼できる上司・人事部門に相談します。社内解決が難しい場合は、外部機関や法的手続きを検討し、影響や目的に応じて民事・刑事のどちらを選ぶか判断することが重要です。
不倫をいいふらされるという経験は、精神的にも社会的にも大きな負担となります。一人で抱え込まず、専門家に相談し、適切な対応をとることをお勧めします。当事務所では、名誉毀損・プライバシー侵害に関する相談を受け付けていますので、お気軽にご相談ください。

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本記事では、職場での私生活暴露に対する法的責任について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に不倫(不貞)や、職場での私生活暴露に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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