【自筆証書遺言の「自書」要件(裁判例と平成30年改正による変化)】
1 自筆証書遺言の「自書」要件(裁判例と平成30年改正による変化)
自筆証書遺言は、民法に定められた遺言方式の一つであり、比較的手軽に作成できることから広く利用されています。しかし、その効力を確保するためには、民法が定める厳格な要件(方式)を遵守しなければなりません。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の方式(形式要件)の総合ガイド
要件(方式)の中でも「自書」という要件はとても重要です。本記事では「自書」の意味について、関連する裁判例や法改正を踏まえながら説明します。
なお、理論面についての詳しい内容は別の記事で整理しています。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の「自書」の要件(民法968条)(解釈整理ノート)
2 「自書」(自筆)の法的定義
(1)民法第968条の規定
民法第968条第1項は、「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」と明確に規定しています。この条文は、自筆証書遺言の成立における核心的な要件を示しており、これらの要素が全て満たされなければ(1つでも欠けると)、原則として遺言は無効となります。
(2)「自書」要件の根拠
「自書」という要件が法律で求められる理由は、遺言書の真正性を確保し、その内容が遺言者本人の真意に基づいたものであることを担保するためです。遺言者が自ら手書きすることで、その筆跡を通じて遺言書が本人によって作成されたものであるという客観的な証拠となります。また、偽造や変造をすることが難しくなります。つまり、遺言制度の根幹である遺言者の最終意思の尊重という目的のためのルールなのです。
3 「自書」要件の具体的解釈(実例から)
(1)「自書」が厳格に解釈される事例
ワープロやパソコンで作成された遺言書は、裁判所により原則として「自書」の要件を満たさないと判断されています。これは、手書きによって遺言者の同一性および真意を確保するという「自書」要件の趣旨に反するためです。過去の判例においても、ワープロやコピーによる遺言は無効とされており、自筆証書遺言は遺言者本人が手書きする必要があるという原則が明確に示されています。
他人による代筆についても、遺言書の本文の一部であっても、遺言者本人以外が代筆した場合、原則としてその遺言書全体が無効と判断されます。これは、遺言が遺言者自身の意思に基づいて作成されるべきであるという根本原則に由来します。
(2)「自書」要件の限界と例外
遺言者が病気や身体的な理由により単独で筆記することが困難な場合に、他者の補助(添え手)を受けて作成された遺言書の有効性については、裁判所の判断基準が示されています。最判昭和62年10月8日において、添え手による自筆証書遺言が有効と認められるための厳格な要件が示されました。
その要件とは、(a)遺言書作成時に遺言者に自書能力があったこと、(b)添え手が単に始筆や改行の補助、文字の配置や行間を整えるための誘導にとどまるか、遺言者の手の動きが遺言者の意思に委ねられており、添え手をした他人は単に筆記を容易にするための支えを与えたに過ぎないこと、(c)添え手をした他人の意思が筆跡に介入した形跡がないことが筆跡上明らかであること、の全てを満たす場合です。
もし、添え手をした者の意思が筆記に影響を与えたと判断される場合、その遺言は無効となります。
カーボン紙を用いた複写による遺言については、遺言者が自ら筆記行為を行っているといえますし、また、筆跡が残ります。そこで、最判平成5年10月19日において、「自書」と認められています。しかしながら、遺言書の真正性を巡る疑義が生じる可能性も否定できないため、推奨される方法とは言えません。
4 平成30年の民法改正による「自書」要件の緩和
(1)法改正前の「自書」要件の範囲
平成30年改正前の民法では、自筆証書遺言を作成する場合、「自書」の範囲は「遺言全体」でした。つまり、遺言書の全文、日付、氏名に加えて、財産目録(遺産の一覧)についても遺言者本人が自筆で作成する必要がありました。この点、多くの財産を有する方は、不動産や預金口座のリストだけで多くの枚数の記述が必要になってしまいます。そこで、自筆証書遺言の作成における大きな負担となっていました。
(2)法改正の内容と背景
このような状況を鑑み、平成30年(2018年)の民法改正により、自筆証書遺言の方式が一部緩和されました。この改正により、自筆証書に相続財産の全部または一部の目録を添付する場合に限り、その目録については自書しなくてもよいこととなりました。つまり、パソコンで作成(印刷)してもよいことになったのです。
(3)法改正の適用範囲
この法改正は、施行日である平成31年(2019年)1月13日以降に作成された自筆証書遺言に適用されます。施行日前に作成された遺言については、従前の規定が適用されるため、財産目録も含めて全て自書である必要があります。
(4)自書に代わる署名押印要件の詳細
自書によらない財産目録(パソコンで作成(印刷)したもの、通帳のコピー、不動産の登記事項証明書など)を添付する場合には、民法968条2項に基づき、遺言者はその目録の毎葉(各ページ)に署名し、押印しなければなりません。特に両面記載の場合は両面に署名と押印が必要です。
これは、自書に代わる真正性担保の措置として極めて重要です。また、自書によらない財産目録は、遺言書の本文が記載された用紙とは別の用紙で作成する必要があります。
財産目録中の記載を訂正する場合も、自書による部分の訂正と同様に、遺言者がその場所を指示し、変更した旨を付記して署名し、かつ、その変更場所に押印することが求められます。
5 「自書」要件の充足例と不充足例
(1)「自書」と認められる場合の具体例
遺言書の全文が黒色のボールペンなど、筆記用具で手書きされている場合は「自書」要件を満たします。
また、カーボン紙を用いて遺言書が複写されている場合も、遺言者自身が筆記行為を行っていると評価できるため「自書」と認められています(前述)。
平成31年1月13日以降に作成された遺言書において、パソコンで作成された財産目録が添付され、各ページの毎葉(両面記載の場合は両面)に遺言者の署名と押印がある場合も、法改正後の要件を満たすものとして有効です(前述)。
(2)「自書」と認められない場合の具体例
遺言書の全文がワープロやパソコンで作成されている場合や、遺言書の本文が他人に口述筆記された場合は「自書」要件を満たさず、無効となります。
また、パソコンで作成された財産目録が添付されているものの、遺言者の署名と押印がないページがある場合や、両面記載にもかかわらず片面にしか署名・押印がない場合も、法改正後の要件を満たさないため無効となります。
他者が遺言者の手を添えて遺言書を作成した場合で、添え手をした者の意思が筆跡に表れていると判断される場合も、「自書」要件を満たさないと評価されます。
6 まとめ(実務における「自書」要件の注意点)
(1)「自書」要件を確実に満たすための実務的ポイント
自筆証書遺言を作成する際には、遺言書の本文、日付、氏名を必ず自筆で記載することが重要です。筆記具は、消えにくいボールペンなどを使用し、鉛筆や消せるボールペンは避けるべきです。文字は読みやすく丁寧に書き、推敲の跡や修正が多い場合は、別の用紙に清書することが望ましいでしょう。
(2)法改正後の実務上の留意点
平成31年1月13日以降に財産目録を別紙で作成する場合は、民法968条2項に従い、財産目録の毎葉(両面記載の場合は両面)に遺言者の署名と押印を忘れないように注意が必要です。一枚でも署名・押印が漏れると、その財産目録全体が無効となるリスクがあります。
また、自書によらない財産目録と遺言本文は別の用紙に記載し、それらが一体であることが明確になるよう、ホチキスで留めるなどの工夫も考慮すべきでしょう。
(3)相続後の方式違反による遺言無効の問題
遺言者が亡くなった後に、相続人の一部から、「自筆証書遺言は方式違反だから無効だ」という主張が出てくることがよくあります。最終的には、遺言無効確認訴訟で裁判所が判断する、ということになります。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の方式違反による有効性判断の審査(実例整理ノート)
(4)専門家の関与の重要性
遺言の内容に不明確な点や複雑な点がある場合は、専門家(弁護士や司法書士など)に相談することを強く推奨します。また、法的効力を確実に確保したい場合には、自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言や法務局における自筆証書遺言の保管制度の利用も検討するとよいでしょう。
このような手法により、遺言の無効リスク(偽造、変造リスク、紛失リスクを含む)を大幅に低減することができます。
本記事では、自筆証書遺言の「自書」要件について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言書の作成や、(相続後の)遺言の有効性に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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