【遺言無効確認訴訟の審理の総合ガイド(流れ・実務的な主張立証・和解の手法)】

1 遺言無効確認訴訟の審理の総合ガイド(流れ・実務的な主張立証・和解の手法)

実際の相続、遺産分割では、遺言があっても、その有効性が問題となることが多いです。つまり、結果的に遺言が無効となるケースもよくあるのです。相続人の間で有効、無効の見解が熾烈に対立するケースでは最終的に遺言無効確認訴訟で裁判所が有効か無効かを判断します。
本記事では、遺言無効確認訴訟の審理の流れや主張立証、和解など、全体像を説明します。

2 遺言無効確認訴訟の確認、検討事項の要点

(1)相続人・訴訟の当事者の確定

相続人関係の確定は、当事者適格の判断において最も基本的な事項です。遺言によって不利益を受ける相続人が原告となり、利益を受ける相続人や遺言執行者が被告となるのが原則です。相続人の範囲や順位は民法に定められており、戸籍謄本等の調査により確定させます。
相続人のうち、対立していない者は除外できます。

(2)訴訟告知の検討

訴訟告知は、訴訟当事者ではない第三者に訴訟の提起と内容を知らせる手続きです。遺言によって遺産を受け取るはずだが、訴訟によってその地位が脅かされる可能性がある相続人に対して行うことが考えられます。
訴訟告知を受けた者は、訴訟に参加して自己の権利を主張できます。

(3)裁判官の心証形成

審理においては、裁判官に遺言が無効であるとの心証を形成させることが重要です。裁判官の関心や疑問点を的確に捉え、それに応える形で客観的な証拠に基づいた説得力ある主張を展開する必要があります。

3 遺言無効の主張事由別の攻撃防御方法

(1)遺言能力の欠如(遺言能力なし)

遺言能力の欠如を主張する場合、被相続人が遺言書作成当時、遺言の内容を理解し判断する能力を欠いていたことを立証します。
医療記録(カルテ、診療録、看護記録など)は重要な証拠となります。医療記録からは、認知機能検査の結果、精神疾患の診断、意識レベルの記載、服薬状況、日常生活動作の評価、医師・看護師の観察記録などが有力な証拠となり得ます。
医療記録だけでは遺言能力の有無を十分に判断できない場合や、より専門的な意見が必要な場合には、精神鑑定の申立てを検討します。鑑定申立ての準備においては、鑑定人に提供すべき資料(医療記録一式、介護記録、関係者の陳述書、遺言書の写しなど)を十分に準備し、鑑定事項を明確かつ具体的に示すことが重要です。
詳しくはこちら|遺言能力の判断基準と認定方法(書証や証人の種類・証明力・収集方法)(整理ノート)

(2)遺言の偽造(作成者)の主張

被相続人が遺言を作成していない場合は、もちろん遺言は無効になります。実際には、この立証(誰が作成したのか)には一定のハードルがあります。もちろん、証拠を積み重ねれば無効という結論を獲得できる実例も少なくありません。
詳しくはこちら|遺言の偽造(自書性・作成者)の判断(判断要素・証拠と評価)(整理ノート)

(3)方式違反の主張と対応

遺言は民法に定められた厳格な方式に従って作成されなければ、原則として無効となります。自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言にはそれぞれ異なる方式が定められており、その不備のポイントを正確に理解する必要があります。
遺言の方式に瑕疵がある場合でも、瑕疵が軽微で遺言者の真意が明確に認められるような場合には、遺言が有効と判断されることもあります。しかし、方式の瑕疵が遺言の成立の重要な要素に関わる場合には、原則として無効となります。裁判所は個々の事案の具体的事情を総合的に考慮して判断します。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の方式違反による有効性判断の審査(実例整理ノート)

(4)真意に基づかない遺言(錯誤・詐欺・強迫)

遺言が第三者による詐欺または強迫によって作成された場合、(取消により)無効となります。詐欺や強迫による遺言無効を主張する場合、具体的な欺罔行為や強迫行為の存在とそれによって遺言者の自由な意思決定が妨げられたことを立証します。直接的な証拠を得ることは難しいため、第三者の証言や状況証拠を効果的に活用します。
不当影響の立証も、直接的な証拠を見つけることが困難なため、遺言者と影響力者の関係性、遺言者の脆弱な状態、遺言内容の不自然さなどを総合的に考慮して主張します。
詳しくはこちら|公序良俗違反・錯誤・詐欺・強迫による遺言の無効・取消(解釈整理ノート)

(5)不当な内容の遺言(公序良俗違反)

また、遺言者の本心であったとしても、社会的に不当である場合、公序良俗違反として認められない(無効となる)こともあります。
詳しくはこちら|公序良俗違反・錯誤・詐欺・強迫による遺言の無効・取消(解釈整理ノート)

4 証拠収集と立証の実務

(1)文書送付嘱託・調査嘱託の戦略的活用

医療機関に対しては、被相続人の診療録、カルテ、看護記録などを請求し、病歴、認知機能の状態、意識レベルの変動、投薬状況などを確認します。金融機関に対しては、預金残高証明書、取引履歴、遺言信託に関する契約書などを請求し、遺産の範囲や遺言作成の動機、経緯などを把握します。
文書送付嘱託や調査嘱託の申立てを行う際には、裁判所に対して文書や情報の開示が必要な理由を具体的に説明します。開示を求める文書の範囲を必要最小限に限定し、相手方との協力的な関係を築くことも重要です。

(2)証人尋問の準備と実施

証人尋問は事実関係を明らかにし、自らの主張を裏付けるための重要な手段です。証人選定にあたっては、遺言書作成時の状況、被相続人の精神状態、遺言に至る経緯などを知る人物を検討します。具体的には、遺言書の作成に関与した証人、公証人、担当医師、介護者、親族、友人などが考えられます。
尋問事項を組み立てる際には、尋問の目的を明確にし、戦略的に質問を構成します。反対尋問では、証人の証言の矛盾点や曖昧な点を指摘し、信用性を追及します。誘導尋問を活用して自らに有利な事実を引き出すことも重要です。

(3)鑑定の申出と対応

主張の内容によって、精神鑑定筆跡鑑定を活用することもあります。鑑定の申立では、候補者を推薦することができます。鑑定人の選定は鑑定結果の信頼性を左右するため、専門知識と経験を持つ者(医師や専門業者)を選定することが重要です。鑑定人の公平性や中立性も重要な要素です。
鑑定を申し立てる際には、鑑定事項を具体的に提案します。鑑定結果が出た後には、その内容を詳細に分析し、自らの主張との整合性を検討します。不利な結果であれば、鑑定の方法や過程に問題がないか検討し、必要に応じて反論や追加質問を行います。

5 遺言無効確認訴訟特有の争点と対応策

(1)遺言能力の判断基準と立証戦略

認知症と遺言能力の関係性(遺言無能力)を主張する際には、医学的診断と法的判断は異なる点を明確にします。認知症の診断名だけでなく、具体的な症状の進行度合いや遺言書作成当時の認知機能の状態を示す客観的証拠を提示します。
認知症を患っていた被相続人でも、一時的に意識や判断能力が回復する「ルシッドインターバル(明晰期間)」が存在する場合があります。相手方からこのような主張がされた場合、明晰期間の存在を示す証拠の信憑性を検証し、それが一時的なものであり遺言の内容を十分に理解できる状態ではなかったと反論します。

(2)複数遺言の存在と一部無効の主張

被相続人が複数の遺言書を作成していた場合、後の遺言が前の遺言と矛盾するときは、後の遺言によって前の遺言は撤回されたものとみなされます。複数の遺言が存在する場合、作成時期、内容、方式などを詳細に比較検討し、どの遺言がどのように効力を有するかを整理します。
遺言書の一部に無効原因が存在する場合でも、無効部分が遺言全体の趣旨に影響を与えないと認められるときは、その部分のみが無効となることがあります。一部無効を主張する際には、無効原因が存在する部分を特定し、その部分が遺言者の本来の意思に影響しないことを主張します。

(3)「疑わしきは遺言の有効性を支持する」原則への対応

遺言無効確認訴訟では「疑わしきは遺言の有効性を支持する」という原則(適法有効方向に解釈する)があります。
詳しくはこちら|遺言書の内容の解釈(適法有効の方向性・判断基準・具体例)(解釈整理ノート)
遺言の無効を主張する側には高い立証責任が課せられるため、客観的な証拠に基づいた説得力ある主張が必要です。感情的な主張ではなく、医療記録、介護記録、関係者の証言など入手可能な証拠を精査し、遺言無効を裏付ける論理的な主張を展開します。

6 弁論の組立てと進行

(1)争点整理と立証計画の実務

訴訟の初期段階で争点整理表を作成し、遺言無効の主張事由ごとに立証すべき事実と提出する証拠を具体的に記載します。これにより訴訟の全体像を把握しやすくなり、審理の進行に応じて適切な対応が可能になります。
提出する証拠は重要度や説得力に応じて優先順位をつけ、適切なタイミングで提出します。自らの主張を根幹的に支える重要な証拠は早期に提出し、相手方の弱点を突くための証拠は戦略的なタイミングで提出します。

(2)心証形成に効果的な弁論展開

裁判官のタイプに合わせて弁論のアプローチを変えることで、より効果的に主張を伝えることができます。論理的思考を重視する裁判官には法律の条文や判例を正確に引用し、事実認定に慎重な裁判官には客観的証拠を丁寧に提示します。裁判官の個性や訴訟の進行状況を把握し、弁論のスタイルを柔軟に調整することが心証形成につながります。

7 和解交渉の実務

(1)和解のタイミングと判断

遺言無効確認訴訟は和解で終わることも結構多いです。和解の内容は、遺言が有効か無効か、というだけではなく、遺産分割の内容を決めるのが通常です。遺留分侵害額の支払いも含めることもあります。
和解交渉は証拠調べがある程度進み、訴訟の見通しが明らかになってきた段階で検討することが多いです。和解を提案する際には、収集した証拠を客観的に評価し、自らの主張の強みと弱みを分析します。訴訟継続の見込みやリスク、時間や費用などを考慮し、合理的な和解案を提示します。
相手方の弱点を突く和解条件の設定も有効ですが、強硬な交渉は相手方の反発を招く可能性があるため、双方が納得できる落としどころを探ることが重要です。

(2)和解条項作成上の注意点

和解条項の作成においては、将来の紛争を防ぐために権利義務関係を明確に定め、曖昧な表現を排除します。特に金銭の支払いに関する条項では、支払期日、方法、金額などを具体的に記載します。和解によって解決される紛争の範囲を明確にする清算条項も重要です。
和解内容の履行を確保するため、履行期限の明確化、遅延した場合の損害賠償、担保の設定、強制執行認諾条項などの工夫が考えられます。これにより和解内容の確実な履行を促し、将来の紛争を予防します。

8 結論

遺言無効確認訴訟は高度な専門知識と訴訟戦略が求められる分野です。様々な争点に対して適切な攻撃防御方法を講じ、証拠収集と立証を戦略的に行うことが重要です。「疑わしきは遺言の有効性を支持する」という原則を踏まえ、客観的証拠に基づいた説得力ある主張を展開することが求められます。また、状況に応じて和解交渉を行い、紛争の早期解決を目指すことも重要な選択肢となります。

9 遺言無効確認訴訟の審理の実情の理論(参考)

遺言無効確認訴訟の審理に関する理論的なことは、別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|遺言無効確認訴訟の審理の実情(審理期間・主張・立証の傾向と特徴)(整理ノート)

本記事では、遺言無効確認訴訟の審理の全体像について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言の有効性を含めて、相続や遺産分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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