【競売における明渡猶予制度(民法395条)】

1 競売における明渡猶予制度(民法395条)

競売で売却されると買受人が新たな所有者となります。この時に、当該不動産の賃借人(入居者)はどうなるのでしょうか。
状況によって違いますが、一般的には退去しなくてはならないけれど、6か月の猶予を与えられることになります。
本記事ではこの明渡猶予制度について説明します。

2 競売対象物件の賃借人の立場→退去する義務あり+明渡猶予あり

多くの収益不動産(賃貸用建物)は建築資金の借り入れのために抵当権が設定しているので、賃借人が入居する時点ではすでに(先に)抵当権設定登記がなされていることになります。このような状況を前提として、以下説明します。

(1)対抗要件で買受人が優先→明渡請求が認められる

所有権は物権としての性質として賃貸借よりも優先されます。
例外として、賃貸借対抗力があると、逆転して賃貸借が優先となります。
ここで、賃貸借が買受人が負担する権利に該当しない、ということは、賃貸借が対抗力なし→原則どおりに所有権が優先ということです。
詳しくはこちら|所有権と賃借権の対抗関係|対抗要件取得時期が早い方が優先|典型事例の整理
所有権の方が対抗要件で優先される場合は、所有権に基づく明渡請求ができる、というのが原則です。

(2)明渡猶予期間が適用される

しかし、一定の期間は明渡猶予期間として保護が与えられています(民法395条)。
結局、代金納付日(=所有権移転時期)から6か月間、は、明渡の請求が認められないことになります。
要は、引渡命令の発令がされない、ということです。

明渡猶予期間の制度概要

あ 対象となる賃借人

・抵当権の目的である建物の賃借人
・賃借権が抵当権に対抗できない

い 明渡猶予期間

代金納付時から6か月間は明渡が猶予される
※民法395条

3 法人と個人が同一の場合は、賃借人ではない→明渡猶予の対象外となる

設例

競売によって、建物を買い受けた
占有者がいるが、ある会社が賃借している
しかし、その会社は、旧所有者が代表取締役となっている会社で同族という感じである
賃貸借として、明渡猶予などの保護が適用されるのか

(1)法人格否認の法理が適用されると賃借人とは扱われない

占有者が賃借人の場合は、原則として、明渡猶予の適用対象となります。
ただし、実質的に法人と個人が同一という場合は、法人と個人をイコールと考える、という理論があります。
これを法人格否認と言います。
これに該当すると、同一人が賃貸借契約をした→無意味→賃貸借契約は否定される、ということになります。
結局、占有権原のない占有者となります。
明渡請求が認められるということになります。

(2)個別的事情により法人格否認の法理の該当性が判断される

法人格否認が認められるのは、多くの事情から、法人と個人が同一と言えるような状況である場合です。
法人格否認により引渡命令が認められた裁判例では、会社の規模、取締役会の構成とその非活動的状況、代表者個人の財産の流用の経緯等から、法人格が形骸にすぎないと認定しています。
※東京高裁昭和61年7月2日

4 所有者(法人)の代表者個人の賃借は否定→明渡猶予の対象外となりやすい

設例

競売によって、建物を買い受けた
旧所有者はある会社である
建物には、その会社の代表取締役が居住している
その代表取締役は『私は会社と賃貸借契約を締結した。賃借人だ』と主張している
『賃貸借』として、明渡猶予などの保護が適用されるのか

元々法人というのは、物理的なカラダはありません。
代表者が法人のカラダの代わり、という考え方がとられています(法人実在説など)。
そこで、本事例のように、法人から代表者個人が賃借というケースでは、代表者の占有は、あくまでも法人の機関としての占有と解釈される可能性が高いでしょう。
この解釈を前提にすると、占有している者は賃借人ではなく、旧所有者自身ということになります。
そうすると、明渡猶予の適用はされない、という結論になります。

5 明渡猶予期間中建物の使用対価請求が認められる

発想

競売で入手した建物に賃借人が居住している
明渡猶予期間中は、入居者(旧賃借人)はタダで住めるのか

常識的に考えて、他人の建物に、タダで住む、というのは不合理です。
その一方で、買受人(=新所有者)と占有者の間には賃貸借契約はありません。
賃料(家賃)を請求するというのも成り立ちません。
そこで、建物の使用対価不当利得として請求することになります(民法703条)。

6 明渡猶予期間中建物使用対価の相場は従前の賃料額となる

一般的な建物使用対価賃料相当額の考え方は多くの理論があります。
突き詰めると、不動産鑑定評価基準を用いて、不動産鑑定士が評価する公平な金額、ということになります。
この評価基準には、新規賃料継続賃料の算定方法の基準があります。
ただ、明渡猶予期間中使用対価の場合、直前まで賃貸借が続いていたという特殊性があります。
一般的には、使用対価の額は従前の賃料額とイコールと考えることが多いです。

7 明渡猶予期間中使用対価不払い→催告→”明渡請求可能になる

設例

競売で入手した建物に賃借人が居住している
明渡猶予期間中に、対価の支払が滞っている
明渡猶予はそれでも続くのか。

(1)明渡猶予期間中の使用対価滞納の際は、まず催告をする

明渡猶予期間中、居住者は買受人(新所有者)に使用対価を払わなくてはなりません。
この使用対価1か月分以上支払わない場合、買受人催告すると良いでしょう。
具体的には、次のような通知のことです。

明渡猶予期間中の使用対価催告(通知)の具体例

『使用対価を滞納しています。n日以内に支払って下さい』

日数は、3~5日程度を設定すれば良いでしょう。
ある意味最後通告です。

(2)催告に応じない場合、明渡猶予が適用されなくなる

催告後にも使用対価を支払わない場合は、明渡猶予期間という保護が外れます。
要するに、明渡請求が可能、となります。
なお、この明渡猶予期間は賃貸借などの契約ではないです。
契約ならば解除という終わり方が通常です。
明渡猶予期間は、元々契約がないので、終わる時点で、何かネーミングの付いたアクションは存在しないのです。
単に『明渡請求できるようになる』というだけです。
条文上は引渡命令の申立ができる、という規定です(民法395条2項)。

8 平成15年改正前の短期賃貸借保護制度(概要)

平成16年の民法改正(施行)よりも前は短期賃貸借保護制度というものがありました抵当権の登記より後の賃貸借契約でも優先とする制度です。この制度は大きな支障を生じるものだったので廃止され、現在の明渡猶予制度に切り替えられたのです。
詳しくはこちら|平成15年改正前の短期賃貸借保護制度(民法395条)

平成15年改正前の短期賃貸借保護制度(概要)

あ 『短期賃貸借』の定義(対象)

賃貸借契約の期間が次の範囲内であるもの
目的物 上限期間 山林 10年 山林以外の土地 5年 建物 3年 動産 6か月
※民法602条

い 廃止時期

平成16年4月1日以降に締結した賃貸借契約には適用されない

う 更新に関する注意

平成16年4月1日以前に締結された賃貸借契約が『更新』された場合
→短期賃貸借に該当する
更新が繰り返されている場合も同様
※改正附則5条

え 短期賃貸借の保護(概要)

抵当権設定登記よりも後の入居(対抗要件)だとしても、賃貸借は消滅しない
→法定更新も適用される

本記事では、競売における明渡猶予制度について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に賃貸不動産の競売に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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