【退職→研修費返還|返還合意の有効性・判例|一般的研修・技能研修・海外留学】

1 研修費の返還ルール|『退職のペナルティ』として無効となることもある
2 研修費の返還ルール|有効性判断の概要|判例
3 研修費返還ルールの有効性|一般的研修|判例
4 研修費返還ルールの有効性|技能研修|判例
5 研修費返還ルールの有効性|海外留学|判例
6 『金銭の返還』以外のペナルティ類似ルール|有効性

1 研修費の返還ルール|『退職のペナルティ』として無効となることもある

会社が従業員の『研修』の費用を負担することがあります。
その研修で得たスキルが,その後の仕事で『会社の利益になる』ということを見越した『負担』です。
ここまでは良いのですが,『研修実施後にスグに退職してしまう』と不合理です。
このような退職に際しては,研修費を返還するルールが設定されていることが多いですし,合理的です。

<研修費返還の合意|標準的な規定(概要)>

研修費は会社が負担する(または『貸金』とする)
ただし,研修実施後n年以内に従業員の都合で退職した場合は研修費を会社に返還する

この点『実施済の研修についての費用』(の返還)は,『違約金』に該当する可能性があります。
要するに『退職のペナルティ』という性格になるからです。
そうすると,次の規定に抵触し,『無効』となる可能性があります。

<『退職することについての違約金』を無効とするルール>

あ 労働基準法16条の内容

『労働契約の不履行についての違約金』『損害賠償額の予定』は無効とする

い 趣旨

従業員の自由な退職を『制限』してはいけない

一方で,『単に支出済の経費の返還』であり『ペナルティ』とは違う性格もあります。
実際のケースでは,個別的な事情によって『性格』が判断されます。
多くの判例がありますが,合理的な一定の範囲で『返還請求』を有効と認めています。
画一的・統一的な見解・基準というほどには達していません。
以下,多くの判例を可能な限りまとめます。

2 研修費の返還ルール|有効性判断の概要|判例

(1)研修費の返還ルール|判例の大きな分類

『研修費返還』の合意の有効性については多くの判例があります。
最初に,大きく分類・整理したものを示します。

<『研修費の返還』有効性|研修の種類別のまとめ>

あ 前提

就業規則・労働契約や個別的な『契約』として『返還』について規定や合意がある

い 有効性判断の概要
研修の種類 個人特有のスキル=個人の利益という性格 出費の規模 返還合意の有効性
一般的研修 無効(傾向)
技能研修 中間的
海外留学 有効(傾向)

以上はあくまでの大まかな『有効性判断の傾向』です。
実際には,より多くの事情を踏まえて具体的に判断されます。
有効性を判断する事情をまとめます。

(2)研修費の返還ルール|有効性判断要素(事情)

<『研修費の返還合意』|有効性判断の要素(事情)>

あ 研修参加の自発性・自由な意思

『申込書』や『契約書(確認書・合意書)』が調印・作成されている,など

い 返還の合意の自発性

返還の合意が『自発的』である=『強制的』なものではない
返還の合意が『明確』になっている;書面の調印など

う 返還範囲・返還方法の合理性

ア 返還の範囲 実質的に『本来本人が負担すべき』範囲に限定される
《判例の事例》
研修期間中の『賃金に相当する生活費』の返還→無効
渡航・学費の実費の返還→有効
※東京地裁平成9年5月26日;長谷工コーポレーション事件
イ 返還方法 返還金額が高額である場合は,現実的可能性のある返済方法→有効
例;退職時の給料の4分の1程度の分割払い
《判例の事例》
一時金で約1000万円の返還が有効とされた
↑特殊性が影響しているので一般化できない
※東京地裁平成14年4月16日l野村證券事件

え 研修内容の性格|汎用性or業種特有

ア 汎用的な新入社員教育(社会人マナーなど)→無効の方向性 ※浦和地裁昭和61年5月30日;サロン・ド・リリー事件
イ 『個人特有のスキル(獲得)』という性格が強い→有効の方向性 『スキル獲得』は会社・個人の両方にメリットがあるのは当然の前提
その上で『個人特有のスキル』として『その会社以外』での活用の程度・可能性が大きいという意味

お 『実費』という性格の強弱

外部の教育機関へ『実際に費用を支出した』→『有効』の方向性

か 『業務』という性格の強弱|業務性

会社の業務と研修が重複(兼ねて)いる→『無効』の方向性
『賃金』という性格となり,『支給(返還しない)』ことが当然となる

き 勤続の『拘束期間』(免除条件)

退職の場合の返還義務と同時に『一定期間勤続時の免除』が通常設定される
1〜5年間の就労を条件とする返還義務の免除→『有効』の方向性
それ以上の期間の設定→『退職の制限(業務拘束)が目的』→『無効』の方向性

なお,『返還義務』ではなく『退職自体を禁止する』という合意は,通常無効となります。
以下,研修内容のカテゴリ別に,具体的な判例の事例を紹介します。

3 研修費返還ルールの有効性|一般的研修|判例

研修費の返還合意の有効性を判断した判例が多数あります。
判例のうち『一般的研修』に関するものを紹介します。

<浦和地裁昭和61年5月30日;サロン・ド・リリー事件>

あ 事案

ア 対象者 美容室に準社員として就職した従業員
イ 返還合意 『会社の美容指導を受けたにもかかわらず会社の意向に反して退職した時は,入社時にさかのぼって1か月につき4万円の講習手数料を支払う』

い 裁判所の判断|理由

研修・指導の実態が,一般の新入社員教育とさしたる差がない
→使用者として当然なすべき性質である

う 裁判所の判断|結論

返還合意は労働基準法16条に違反する
→無効である

<東京地裁平成15年3月28日;アール企画事件>

あ 事案

ア 対象者=美容師イ 『就業報酬契約』(労働契約とは別)の規定 約3年2か月間の継続就業義務
一定の売上げを前提に200万円の就業報酬が支払われる
契約条項違反については相互に違約金500万円を支払う

い 裁判所の判断|結論
会社が美容師に支払う200万円の就業報酬 有効
会社が美容師に支払う違約金500万円 有効
美容師が会社に支払う違約金500万円 無効
う 裁判所の判断|理由

従業員が負担する『退職の違約金』→無効;労働基準法16条
会社が負担する違約金・義務→有効

<横浜地裁川崎支部平成4年7月31日;第2国道病院事件>

あ 事案

看護婦見習いAが,准看護婦学校に通学・卒業した
勤務先病院Bは,奨学金手当・入学金・授業料を支払った
Aは,学校卒業と同時に退職した
BはAに対して,支出済の費用について『立替金』として返還請求をした

い 裁判所の判断|理由

Aは学校に通学中もBの業務の遂行もしていた
Bが支給した金銭には『賃金』の性格=返還請求NG,の部分も多かった

う 裁判所の判断|結論

ごく一部の金額のみについて,返還請求を認めた

<大阪地裁平成14年11月1日;和幸会事件>

あ 事案

看護婦Aと病院Bは『看護婦等修学資金貸与契約』などを締結した
内容=Aが看護学校へ支払う入学金・授業料・施設設備費などを貸付ける
Aは看護学校を退学し,Bを退職した
BはAに対し,『貸付金』の返還を請求した

い 裁判所の判断|理由

『看護婦等修学資金貸与契約』は無効である
理由=労働者の就労を強制する足止め策である
→労働基準法14条・16条に違反する

う 裁判所の判断|結論

『貸金返還請求』を棄却した

<高松高裁平成15年3月14日;徳島健康生活協同組合事件>

あ 事案

ア 研修内容 勤務医が,他の病院で医師としての勤務を経ながら研修していく形態
イ 研修費返還の契約 『研修終了後健康生協に勤務しない場合,研修期間中健康生協より補給された一切の金品を,3ヶ月以内に本人の責任で一括返済しなければならない』

い 裁判所の判断|理由

『返還の合意』は,労働基準法16条『損害賠償額の予定』に該当する
研修内容は『通常の業務の延長』と言える

う 裁判所の判断|結論

『研修受講者が研修終了後生協において勤務する義務』→有効
勤務しない場合の『一切の金品の返還』→無効(返還請求棄却)

<札幌地裁平成17年7月14日;アジアンリフレクソロジー学院事件>

あ 事案

会社が実施する業務研修に関する『返還の契約』

い 裁判所の判断

業務研修について,授業料の名目で金員を支払わせることは,『賃金』を不当に減額するものである
→公序良俗に反する
→『返還の契約』は無効
→返還請求を棄却した

<東京地裁平成10年3月17日;富士重工事件>

あ 事案

会社が技能者養成の一環として,業務命令で『海外分社』に出向させ,業務研修を実施した
従業員の退職後,会社が『研修費の返還』を請求した

い 裁判所の判断

従業員は『研修』中,出向先の業務に就いていた
→従業員の受けた金銭は『賃金』の性格がある
→返還請求を棄却した

<東京地裁平成10年9月25日;新日本証券事件>

あ 事案

会社が従業員に『ビジネススクールでの研修受講』を命じた
従業員が退職後,会社が『研修費の返還』を請求した

い 裁判所の判断

返還合意は『一定期間の業務拘束』を目的としている
→実質的に『違約金』に該当する
→労働基準法16条に違反する
→返還合意は無効(返還請求を棄却した)

4 研修費返還ルールの有効性|技能研修|判例

研修費の返還合意の有効性を判断した判例のうち『技能研修』に関するものを紹介します。
つまり,業種特有の『技能』に関する内容の研修が実施された事例です。

<大阪地裁昭和43年2月28日;藤野金属工業事件>

あ 事案

ア 研修の『援助』制度 溶接技師資格検定試験の受験を希望する従業員に対する技能訓練援助
イ 返還合意 『研修後1年以内に退職する場合は,受験のための練習費用等として3万円を支払う』
↑誓約書の調印を行った

い 裁判所の判断|理由

ア 費用の計算が合理的な実費である→使用者側の立替金と言えるイ 就労拘束期間が短期間である
『労働者に対し雇用関係の継続を不当に強要する』おそれはない
→労働基準法16条『違約金』『損害賠償額の予定』には該当しない

う 裁判所の判断|結論

返還請求を認めた

<静岡地裁昭和52年12月23日;河合楽器製作所事件>

あ 事案

ア 研修の受講 従業員が労働期間開始前に会社付属のピアノ調律技術者養成所で1年間受講した
養成所の月謝(合計12万円)を会社から借り受けた
イ 返還合意 貸与金は退所時に全額返済する。退所後会社に就職する場合には退職時まで据置貸与を受ける。
ウ 退職 従業員が研修終了後,退職した

い 裁判所の判断|理由

『貸与金契約』と『雇用契約』は別個の契約である
従業員は研修終了後,会社に就職しないこと・就職後退職すること,いずれも自由であった
月謝の額も特に不合理な金額ではない

退職の自由を不当に制限したものとは認められない→返還合意は有効

う 裁判所の判断|結論

返還請求を認めた

5 研修費返還ルールの有効性|海外留学|判例

研修費返還が争われた判例のうち『海外留学』に関するものを紹介します。

<東京地裁平成9年5月26日;長谷工コーポレーション事件>

あ 事案

ア 留学の実施 従業員の希望により『海外留学』を実施した
会社が留学費用の援助を行った
イ 返還合意 留学後,一定期間勤続すれば返還義務はない
一定期間内に退職した場合,『援助金』を返還する

い 裁判所の判断|理由

留学は社員の自由意思によるもので,業務命令に基づくものではない
費用の援助は,労働契約とは別個の消費貸借契約である
『留学により得たスキル』は退職後も従業員が保持する

返還合意は合理的なものである

う 裁判所の判断|結論

返還合意は労働契約とは別個の『免除特約付消費貸借契約』として有効
→返還請求を認めた

<東京地裁昭和47年11月17日;日本軽金属事件>

あ 事案

留学費用の返還義務を定める留学規則規定があった
従業員が留学を実施し,終了した
従業員は退職し,留学費用を返還した

い 裁判書の判断|概要

留学に関する規則や明示の合意があれば『留学終了後一定期間の勤続義務』『返還義務』は有効となる

<東京地裁平成15年12月24日;明治生命保険(留学費用返還請求)事件>

あ 事案

ア 従業員が海外留学を行ったイ 返還合意=『一定期間に従業員が退職した場合に留学費用を従業員に負担させる』ウ 留学終了後,従業員が退職した

い 裁判所の判断

ア 一般論 海外留学が『業務性』を有する場合は,返還合意は実質的に労働基準法16条『違約金』『損害賠償額の予定』となる
→無効となる
イ 当該事例 海外留学に『業務性』は認められない
→返還合意は有効

う 裁判所の判断|結論

返還請求を認めた

6 『金銭の返還』以外のペナルティ類似ルール|有効性

『従業員に金銭の返還を請求する』という直接的な条項について説明しました。
一方で『従業員への金銭支給を制限する』という形での『ペナルティ』もあり得ます。
通常は,このような『支給しない』ということは『従業員の退職の拘束』には当たらないと判断されています。

<最高裁昭和52年8月9日;三晃社事件>

あ 事案

退職金規定
『退職後の一定期間に,ライバル会社へ転職した場合は,退職金の2分の1のみを支給する』

い 裁判所の判断

転職がある程度制限される
しかし,直ちに『従業員の職業の自由』等を不当に拘束するものとはいえない
→労働基準法16条の『損害賠償額の予定』には当たらない
→有効である

<参考情報>

実務労働法講義改訂増補版上巻 岩出誠 民事法研究会p409〜
厚生労働省 労働契約法制研究会 平成17年9月15日『最終報告』

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