1 自筆証書遺言における『押印』と印章の種類
2 指印・拇印→『押印』に該当する
3 封筒の封印への押印→『押印』に該当する
4 花押による代用→『押印』に該当しない
5 『花押』の意味
6 押印を欠く遺言の有効判断(露文化リスペクト事件)
7 遺言作成の際の『押印』の注意点(概要)

1 自筆証書遺言における『押印』と印章の種類

自筆証書遺言では厳格な方式が決められています。
詳しくはこちら|自筆証書遺言の方式・要式性(全体・趣旨・有効性判断の方針)
方式のうち1つが『押印』です。実際に,押印として認められるかどうかで見解が対立するケースは多いです。
まずは『押印』に関する規定と印章の種類についての解釈をまとめます。

<自筆証書遺言における『押印』と印章の種類>

あ 規定

自筆証書遺言の記載について
→『押印』が要件となっている
※民法968条1項

い 印章の種類

印影・印章の種類については規定・規制がない
次のいずれの押捺も『押印』として認められる
ア 実印
登録印のことである
イ 実印以外の印章
いわゆる『認印』のことである
詳しくはこちら|印鑑の種類・呼称・使い方・使い分け推奨|実印・認印・銀行印・訂正印

2 指印・拇印→『押印』に該当する

通常の印鑑(印章)の代わりに指印・拇印を使うという発想もあります。これについて,判例では『押印』と同じものとして認めています。

<指印・拇印→『押印』に該当する>

あ 押印の趣旨

遺言者の意思を検証・確認するものである
→指印でも同様である
例;拇印

い 裁判所の判断

押印の代わりに指印を行った場合
→『押印』に該当する
→遺言は有効である
※最高裁平成元年2月16日

3 封筒の封印への押印→『押印』に該当する

遺言に関する押印の場所が問題となったケースもあります。判例は封筒への押印でも『押印』の要件をクリアすると判断しました。前提として封筒と遺言書の一体性を条件としています。

<封筒の封印への押印→『押印』に該当する>

あ 事案

遺言書本体の署名部分には押印がなかった
遺言書を入れた封筒の封印の箇所に押印があった

い 裁判所の判断

遺言書本体と封筒の一体性が認められる
→封筒への捺印を『押印』と認める
→遺言は有効である
※最高裁平成6年6月24日

う 一体性の認定に関する注意点

遺言の発見者が封筒を開封してしまった場合
→封筒と遺言書本体の一体性が立証しにくくなる
=一体ではなかったという疑いを持たれる
→遺言の封筒を開封せずに家裁の検認手続を行う
詳しくはこちら|遺言の検認|検認義務・手続の流れ・遺言作成時の注意

4 花押による代用→『押印』に該当しない

トラディショナルな作法として『花押』(後記※1)があります。現在でもごく限られた範囲で使われ続けています。印章・印鑑の押捺の代わり,という用途・趣旨があります。
これが自筆証書遺言の『押印』として使われたケースがあります。判例は結論として『押印』としては認めていません。

<花押による代用→『押印』に該当しない>

あ 自書・押印を要する趣旨(概要)

重要文書への署名・押印の慣行・法意識により
→署名・押印から文書の完成が担保される
※最高裁平成元年2月16日
詳しくはこちら|自筆証書遺言の方式・要式性(全体・趣旨・有効性判断の方針)

い 花押記載による代用と有効性

日本において次のような慣行・法意識は存在しない
『印章の押印に代えて花押を記載することによって文書を完成させる』
→花押記載は印章の押印と同視できない
→『押印』の要件を欠く
→遺言は無効である
※最高裁平成28年6月3日;花押遺言事件

5 『花押』の意味

『花押』は判例で遺言の『押印』としては使えないことになりました。この問題となった『花押』の意味について,辞書における説明を引用します。

<『花押』の意味(※1)>

か‐おう〔クワアフ〕【花押/華押】
文書の末尾などに書く署名の一種。
初め、自署のかわりとして発生したものが、平安末期より実名の下に書かれるようになり、のちには印章のように彫って押すものも現れた。
その形態により、草名(実名の草書体をさらに図案化したもの)、二合体(実名の偏や旁(つくり)などを組み合わせたもの)、一字体(実名の一字、または特定の文字を図案化したもの)、別用体(文字と関係のない動物などの形を図案化したもの)、明朝体(中国の明代に流行した様式で、天地2本の線を引いたもの)などに分かれる。
また、まったく単純な略記号からなるものを略押(りゃくおう)という。花字(かじ)。押字(おうじ)。
※松村明『デジタル大辞泉』小学館

6 押印を欠く遺言の有効判断(露文化リスペクト事件)

自筆証書遺言の押印に関して,個別的事情が反映された判断を紹介します。
印鑑を使わないロシア文化を尊重し,サインだけでも『押印』要件をクリアしていると判断したのです。

<押印を欠く遺言の有効判断(露文化リスペクト事件)>

あ 『押印』の不備

英文の自筆証書遺言について
押印が欠けていた
署名はある

い 特殊事情

遺言者は白系ロシア人であった
通算約40年間日本に在住していた
遺言作成の約1年9か月前に日本に帰化した
主にロシア語・英語を使用していた
日本語は片言を話すに過ぎなかった
交際相手は少数の日本人を除いてヨーロッパ人であった
日常の生活はヨーロッパの様式に従っていた
印章を使用する機会は非常に限られていた
使用機会=特に先方から要求されるもの
例;官庁に提出する書類など

う 裁判所の判断

遺言は有効である
※最高裁昭和49年12月24日;ロシア文化リスペクト事件

これは非常に特殊な事情が前提となっています。サインが押印の代わりとして認められる可能性は一般的には非常に低いです。

7 遺言作成の際の『押印』の注意点(概要)

以上は,遺言の『押印』についての純粋な解釈の説明でした。実際に遺言を作成する際には,解釈の問題が生じないように工夫することが望ましいです。

<遺言作成の際の『押印』の注意点(概要)>

あ 不完全による紛争発生

遺言の『押印』が確実なものでない場合
→以上のような『押印』の解釈の紛争につながる
例;『押印』を欠くため無効であるという主張で裁判となる

い 遺言作成の際の注意(概要)

遺言作成の際は確実・万全に方式に適合させることが好ましい
詳しくはこちら|遺言作成や書き換えの際の注意・将来の紛争予防の工夫