【遺言執行者の基本的な法的義務(平成30年改正対応)】

1 遺言執行者の基本的な法的義務(平成30年改正対応)

遺言執行者とは、文字どおり、遺言を実現(執行)する者のことです。
詳しくはこちら|遺言執行者の任務(権利・義務)の総合ガイド
本記事では、遺言執行者が負う8つの主要な法的義務について説明します。
なお、平成30年の民法改正で遺言執行者の権限が強化されました。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺言執行者の権限に関する平成30年改正の変更点(権限強化)

2 善管注意義務の内容と程度

善管注意義務とは、遺言執行者が職務を遂行する際の注意レベルのことです(民法644条、民法1012条3項により準用)。これは、自己の財産に対する注意義務よりも重い注意義務であり、遺言執行者は、その職業や社会的地位、知識や能力に応じて、より高い水準の注意を払うことが求められます。
例えば、弁護士や司法書士などの専門家が遺言執行者に就任した場合、一般の人が就任した場合よりも高度な注意義務を負うことになります。これは、専門家は法律や相続手続きに関する深い知識と経験を有していると期待されるためです。遺言執行者が善管注意義務を怠り、その結果として相続財産に損害を与えた場合、相続人から損害賠償を請求される可能性があります。

3 報告義務の範囲

報告義務は、民法645条(民法1012条3項により準用)に基づいて、遺言執行者が相続人から請求があったときはいつでも、遺言執行の状況について報告する義務を負うものです。また、遺言の執行が完了した後には、遅滞なくその経過および結果を相続人に報告しなければなりません。この報告義務は、遺言執行の適正な事務処理を促進するために設けられています。
報告の内容は、遺言執行者が遺言の内容を実現するために行っている手続きの進捗状況、相続財産の調査、管理、換価、分配など、遺言執行に必要な一切の行為を含みます。報告を怠ったり不正確な情報を提供したりすると、相続人からの不信感を招き、紛争の原因となる可能性がありますので注意が必要です。

4 受取物等の引渡し義務

民法646条(民法1012条3項により準用)に基づき、遺言執行者は、遺言執行の事務を処理するにあたって受け取った金銭その他の物を相続人に引き渡さなければなりません。これには、遺産から生じた収益(例えば、不動産の賃料や預貯金の利息など)も含まれます。また、遺言執行者が相続人のために自己の名義で取得した権利も、相続人に移転する義務があります。
遺言執行者は、受け取った金銭やその他の物を自己の財産と混同することなく、適切に管理し、速やかに相続人に引き渡す必要があります。引き渡しの際には、誰に、何を、どのように引き渡したのかを明確にするため、記録を作成し保管しておくことが重要です。
民法646条の解釈については別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|受任者による受取物の引渡(民法646条)(解釈整理ノート)

5 補償義務

補償義務は、民法647条(民法1012条3項により準用)に基づき、遺言執行者が相続人に引き渡すべき金額、または相続人の利益のために用いるべき金額を自己のために消費した場合、その消費した日以後の利息を支払わなければならないという義務です。さらに、それによって相続人に損害が生じたときは、その損害を賠償する責任も負います。
これは、遺言執行者が相続財産を自己の利益のために使用することを禁じるものであり、遺言執行者の誠実な職務遂行を確保するための規定です。遺言執行者は、いかなる理由があっても、相続財産を自己の利益のために使用してはなりません。相続財産の管理と自己の財産管理は明確に区別し、常に相続人の利益を優先して行動することが求められます。

6 相続人への通知義務

平成30年の民法改正により、遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知する義務が新たに課されました(民法1007条2項)。この義務は、相続人が遺言の存在と内容を早期に把握し、自身の相続権(特に遺留分)を適切に行使できるようにするために設けられました。
通知は、相続人全員に対して行う必要があり、遺言書に記載された者に限らず、遺留分を有する相続人だけでなく、遺留分を有しない相続人に対しても通知が必要です。通知は、遺言執行者が任務を開始した後、「遅滞なく」行う必要があります。正当な理由なく通知を遅らせた場合、相続人に損害が生じ、損害賠償請求や遺言執行者の解任事由となる可能性があります。

7 財産目録作成・交付義務

民法1011条に基づき、遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければなりません。この財産目録は、被相続人の死亡時の財産状況を明らかにするもので、不動産、預貯金、有価証券、自動車などのプラスの財産だけでなく、借金や未払金などのマイナスの財産も含む必要があります。
相続人の請求があるときは、相続人の立会いのもとで財産目録を作成するか、または公証人にこれを作成させなければなりません。この義務は、遺言執行の対象となる財産の範囲を明確にし、遺言執行者の管理処分権の対象を特定するとともに、遺言執行者の相続財産引渡義務、報告義務、および賠償責任の基礎を明確にするためのものです。財産目録は、正確かつ網羅的に作成する必要があります。
詳しくはこちら|遺言執行者の調査報告義務(理論と実務)

8 任務の開始義務

民法1007条1項に基づき、遺言執行者が就職(遺言執行者になることを承諾すること)を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければなりません。これは、遺言者の意思を速やかに実現するための重要な義務です。具体的には、相続人の調査、相続財産の調査、遺言の内容の確認など、遺言執行に必要な準備行為を遅滞なく開始する必要があります。
正当な理由なく任務の開始を遅らせた場合、相続人に損害が生じる可能性があります。例えば、遺産の管理が遅れ、価値が下落したり、必要な手続きが遅延したりするなどが考えられます。遺言執行者は、遺言者の意思を尊重し、迅速かつ適切に任務を開始することが求められます。

9 相続財産管理義務

民法1012条1項に基づき、遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します。この管理義務は非常に広範にわたり、遺産の現状を維持し、その価値を保全するために必要なあらゆる行為を含みます。具体的には、不動産の維持管理、預貯金の管理、有価証券の管理などが挙げられます。
平成30年の民法改正により、遺言執行者は相続人の利益のためではなく、遺言の内容を実現するためにその職務を行えばよいことが明確化されました。遺言執行者の管理権限は広範ですが、遺言の執行に必要な範囲を超える行為は認められません。相続財産の管理にあたっては、常に善良な管理者の注意義務を払い、遺産の価値を毀損しないように努める必要があります。
民法1012条については、とても多くのルール(解釈)があります。これについては別の記事に整理してあります。
詳しくはこちら|遺言執行者の権利義務(任務)(民法1012条)(解釈整理ノート)

10 まとめ

遺言執行者は、これらの義務を十分に理解し、誠実に履行することで、相続手続きにおける紛争を予防し、遺言者の意向を実現することが求められます。

本記事では、遺言執行者の基本的な法的義務について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺言の実現(執行)や遺言の有効性など、相続に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【和解契約の効力(確定効の範囲・錯誤主張の可否)(民法696条)(解釈整理ノート)】

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