【遺言執行者の権限に関する平成30年改正の変更点(権限強化)】

1 遺言執行者の権限に関する平成30年改正の変更点(権限強化)

相続法において遺言執行者は被相続人の最終的な意思を実現するための重要な役割を担っています。
詳しくはこちら|遺言執行者の任務(権利・義務)の総合ガイド
平成30年の民法改正(令和元年7月1日施行)により、遺言執行者の権限と責任が大きく変化しました。本記事では、民法改正により変化した内容を説明します。

2 遺言執行者の法的地位と基本的権限

(1)改正前の規定→相続人の代理人

改正前の民法では、遺言執行者は「相続人の代理人とみなす」と規定されていました(旧民法1015条)。また、旧民法1012条1項では「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」と定められていました。
この「相続人の代理人」という法的地位は、遺言執行者が相続人のために遺言を執行するという解釈を生みました。しかし、遺言の内容が相続人全員の利益と必ずしも一致しない場合には、遺言執行者と相続人との間で利害対立が生じる可能性がありました。例えば、被相続人が全財産を愛人に遺贈するような場合、遺言執行者の立場は相続人の利益と相反することになります。

(2)改正後の規定→独立した地位

改正民法では、遺言執行者の法的地位が明確化されました。改正民法1012条1項は「遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」と規定しています。「遺言の内容を実現するため」という文言が追加され、遺言執行者の職務目的が明確になりました。
また、改正民法1015条では「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる」と規定されました。これにより、遺言執行者は相続人の代理人ではなく、遺言者の意思を実現する独立した法的地位を得たといえます。

3 相続人への通知義務

(1)改正前の規定→規定なし

改正前の民法では、遺言執行者が就職を承諾したときの相続人への通知義務に関する明確な規定がありませんでした。そのため、相続人が遺言執行者の存在や遺言の内容を知らないまま時間が経過するケースもありました。これは相続手続きの透明性を欠き、後々のトラブルの原因となることがありました。

(2)改正後の規定→明確化(新設)

改正民法1007条2項(新設)では、遺言執行者は任務を開始したときは遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知する義務が新たに規定されました。この義務により、相続人は遺言の存在や内容を早期に把握でき、必要に応じて適切な対応をとることが可能になります。また、相続手続きの透明性が高まり、予期せぬ紛争を防止する効果も期待されます。

4 遺贈に関する権限

(1)改正前の規定→規定なし

改正前の民法には遺贈の履行に関する遺言執行者の権限について明文規定はありませんでしたが、判例により遺言執行者に遺贈の履行権限が認められていました。しかし、この権限が独占的なものかどうかは必ずしも明確ではなく、相続人が独自に遺贈を履行するケースも見られました。

(2)改正後の規定→権限独占

改正民法1012条2項(新設)では「遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる」と規定されました。この規定により、遺贈の履行に関する遺言執行者の独占的権限が明文化されました。
相続人は独自に遺贈を履行することができなくなり、遺言執行者を通じてのみ遺贈の履行が行われることになります。これにより、遺言者の意思がより確実に実現されることが期待されます。

5 特定財産承継遺言に関する権限

(1)改正前の規定→原則権限なし

改正前は「相続させる」旨の遺言(特定財産承継遺言)の場合、判例では遺言執行者は登記手続をする権利も義務もないとされていました(最判平成7年1月24日、最判平成10年2月27日)。不動産登記の実務上も、「相続させる」旨の遺言がある場合、遺言執行者は登記申請をできず、相続人が単独で申請する必要がありました。
このため、相続人の協力が得られない場合、手続きが煩雑になったり滞ったりする可能性がありました。また、不実の登記名義が経由されている場合は、遺言執行者が抹消登記手続請求等をできるとされていましたが(最判平成11年12月16日)、その範囲は限定的でした。

(2)改正後の規定→権限あり

改正民法1014条2項(新設)では「特定財産承継遺言があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる」と規定されました。この規定により、遺言執行者が単独で登記申請できることが明確になり、円滑な遺産承継が可能になりました。
この改正は、遺言によって特定の不動産を承継した相続人が登記を取得する際の手続きを簡素化し、所有者不明土地問題や空き家問題の解消にも寄与することが期待されています。

6 預貯金債権に関する権限

(1)改正前の規定→規定なし・実務にばらつき

改正前の民法では、預貯金の払い戻しや解約に関する遺言執行者の権限の法的根拠が必ずしも明確ではありませんでした。そのため、金融機関によっては遺言執行者の権限を認めないケースもあり、相続手続きに支障をきたすことがありました。

(2)改正後の規定→権限あり・実務統一

改正民法1014条3項(新設)では、遺言の対象が預貯金債権である場合、遺言執行者は対抗要件具備行為に加えて、預貯金の払い戻し請求や預貯金契約の解約の申し入れをすることができると規定されました。ただし、解約の申し入れは、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限定されています。
この規定により、金融機関との間での解釈の相違が解消され、遺言執行者はより明確な法的根拠に基づいて手続きを行うことができるようになりました。これにより、相続手続きがよりスムーズに進むことが期待されます。

7 遺言執行を妨げる行為の効果

(1)改正前の規定→判例により無効

改正前の民法1013条では「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない」と規定されていました。判例では相続人による処分行為は絶対的無効とされていましたが(最判昭和62年4月23日民集41巻3号474頁)、その効果が明確に規定されていませんでした。

(2)改正後の規定→無効を明文化

改正民法1013条1項の内容は改正前と同じですが、2項(新設)では「前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない」と規定されました。さらに3項(新設)では「前2項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない」と規定されました。
これらの規定により、相続人による処分行為は無効とされながらも、善意の第三者保護規定が追加され、取引の安全と相続人の利益のバランスが図られました。また、相続債権者や相続人の債権者の権利行使は妨げられないことが明確化され、債権者保護の観点からも適切な規律が整備されました。

8 遺言執行者の復任権

(1)改正前の規定→制限あり

改正前の民法1016条では、遺言執行者は「やむを得ない事由があるとき」に限り、第三者に委任(復任)することができるとされていました。このため、復任権が限定的で、専門的な知識や経験を必要とする手続きでも、原則として遺言執行者自身が行わなければならず、柔軟な対応が困難でした。

(2)改正後の規定→制限撤廃

改正民法1016条1項では「遺言執行者は、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思表示をしたときは、その意思に従う」と規定されました。「やむを得ない事由」の制限がなくなり、復任権が拡大されました。
この規定により、遺言執行者が専門家などに遺言執行の一部を委任することが可能となり、より効率的な遺言執行が期待できます。ただし、復任させた場合も遺言執行者は原則として第三者の行為について責任を負います。

9 まとめ

今回の民法改正により、遺言執行者の権限が全体的に明確化・強化されました。特に、法的地位の明確化、相続人への通知義務の新設、遺贈履行に関する独占的権限の明文化、特定財産承継遺言に関する対抗要件具備権限の明文化、預貯金債権に関する権限の明確化、相続人による処分行為の効力と第三者保護のバランス確保、復任権の拡大などが整備されました。
これらの改正は、遺言の利用促進と円滑な遺言執行、相続をめぐる紛争防止を目的としており、民法の改正前は判例によって規律されていた部分が明文化されたことで、法的安定性が高まりました。また、現代社会における家族構成や財産状況の複雑化に対応し、より効率的で確実な遺産承継を実現するための重要な進歩と評価できるでしょう。
遺言執行者は今後もより重要な役割を担っていくことが予想され、これらの改正によって遺言者の意思がより確実に実現されることが期待されます。

10 参考情報

参考情報

藤原勇喜著『民法債権法・相続法改正と不動産登記』テイハン2019年p141〜153

本記事では、遺言執行者の権限に関する平成30年改正の変更点について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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