【遺言執行者の調査報告義務(理論と実務)】
1 遺言執行者の調査報告義務(理論と実務)
遺言執行者は、文字どおり遺言を実現(執行)するという重要な任務を負っています。
詳しくはこちら|遺言執行者の任務(権利・義務)の総合ガイド
遺言執行者の任務の1つとして、調査、報告義務があります。本記事では、遺言執行者の調査、報告義務に関する理論と実務を説明します。
2 遺言執行者の調査報告義務の意義と重要性
遺言執行者は、被相続人(故人)の遺言の内容を実現するために、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為を行う権利義務を有する重要な役割を担います。特に遺言執行者の調査報告義務は、相続人に対して遺言の執行状況を適切に伝え、遺産に関する無用な紛争を予防するために極めて重要です。
いろいろな場面で、「相続人が遺言執行者に報告を求めたが回答なし」というトラブルが発生しています。このような事態を避けるため、遺言執行者には適切な調査と報告が求められているのです。平成30年の民法改正では、遺言執行者の義務がより明確化され、報告義務についても重要な変更が加えられました。
3 遺言執行者の調査報告義務
(1)法的根拠
遺言執行者の報告義務の根拠は以下の民法条文に基づいています。
民法1012条3項は、「第六百四十四条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は、遺言執行者について準用する」と定めています。この準用規定により、遺言執行者は民法における委任契約の受任者と同様の義務を負うことになります。特に重要なのが民法645条の規定であり、受任者は委任者の請求があるときはいつでも委任事務の処理状況を報告し、委任が終了した後は遅滞なくその経過及び結果を報告する義務があります。
また、民法1007条2項(平成30年改正で新設)では、「遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない」と規定されています。
さらに民法1011条1項は、「遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない」と定めています。
(2)判例の状況
判例は明確・統一的な基準を示していません。諸事情の総合衡量により個別具体的に判断されているのが現状です。東京地判平成19年12月3日では、遺留分を有しない相続人に対しても報告義務があるとの判断が示されています。
(3)報告の対象者
報告義務の対象者は相続人全員です。遺留分の権利を有しない相続人も含まれます。また、遺産の全部または一部を割合的に包括して遺贈される包括受遺者(ほうかつじゅいしゃ)は、民法990条により相続人と同一の権利義務を有すると規定されているため、遺言執行者からの通知や報告を受ける必要があります。
4 調査報告義務の内容(何を報告すべきか)
(1)基本的な報告内容
遺言執行者の一般的な報告義務の内容には、以下のものが含まれます。
まず、相続財産の目録の作成・交付です。これは民法1011条1項に基づく義務で、相続財産の全体像を相続人に示すことで、遺言執行の透明性を確保し、後の紛争を予防する上で不可欠です。
次に、遺言執行の状況についての説明・報告です。これは遺言の内容が適切に実現されているかを相続人が確認するために重要です。
(2)財産の種類別の報告内容
財産の種類に応じた具体的な報告内容としては、以下のものが考えられます。
不動産に関しては、所在地・地番、登記状況、評価額、売却予定などの情報が必要です。預貯金については、金融機関名、口座番号、残高などを報告します。有価証券に関しては、種類、数量、評価額などの情報が求められます。また、負債についても、借入先、金額、返済状況などを報告する必要があります。
(3)特殊なケースでの報告内容
特殊なケースでは、さらに詳細な報告が求められることがあります。例えば、財産の売却を行う場合には、売却理由、売却価格、売却時期などを報告します。遺贈の履行を行う場合には、遺贈の内容、履行方法、履行時期などの情報が必要です。また、遺言認知の場合には、認知届の提出状況なども報告すべき内容となります。
5 調査報告義務の時期(いつ報告すべきか)
(1)基本的報告時期
遺言執行者の調査・報告の時期については、諸般の事情を総合的に勘案して、個別具体的に判断されます。個々の遺言執行行為に先立って説明する必要があるとは限りません。
(2)報告時期の判断基準
報告時期を判断する際の基準としては、適正・迅速な遺言執行を実現するために必要であるか否か、相続人に何らかの不利益が生じる可能性があるか否かなどが考慮されます。
例えば、東京地判平成19年12月3日では、遺言執行者がその任務を開始してから、適時に遺言内容を通知し、相続財産目録を作成・交付する義務があるとの判断が示されています。
(3)具体的な報告タイミング
遺言執行者就任時には、民法1007条2項に基づく遺言の内容の通知が必要です。これは平成30年の民法改正で新設された規定です。
重要な財産処分前には、相続人に対して事前に説明することが望ましいとされています。
相続人からの請求があった時には、民法1012条3項(準用する645条)に基づき、遺言執行の処理状況を報告する必要があります。
そして、任務終了時には、必ず業務の顛末を報告する義務があります。これは民法1012条3項(準用する645条)に基づく義務です。
6 調査報告義務の方法・方式(どのように報告すべきか)
(1)報告方法の基本
遺言執行者の調査・報告の方法・方式については、特に制限はありません。口頭・文書のいずれでも良いとされています。ただし、後日の紛争を避けるためには、文書による報告が望ましいでしょう。
(2)文書報告の具体例
文書報告の具体例としては、相続財産目録があります。これは財産の種類、所在、評価額などを記載した文書です。
また、金銭出納がある場合には、収支決算書を作成して報告することが求められます。これは遺言執行に関する金銭の収支を明確にするための文書です。
さらに、遺言執行状況報告書も重要な文書です。これは遺言執行の進捗状況や実施した手続きなどを記載した文書です。
(3)デジタル時代の報告方法
現代のデジタル化に対応した報告方法としては、メールやオンライン共有による報告も考えられます。ただし、重要な通知については、送達の記録が残る方法(例えば配達証明付き郵便など)を用いることが推奨されます。
複数の相続人がいる場合には、全員に対して同時に報告することで、情報の公平性を確保することも重要です。
7 調査報告義務違反の法的効果(裁判例から見る実務上の留意点)
(1)調査報告義務違反の法的効果
遺言執行者が報告義務を怠った場合、様々な法的効果が生じる可能性があります。まず、遺言執行者の解任事由となる可能性があります。相続人などの利害関係人は、家庭裁判所に対して遺言執行者の解任を請求することができます。
また、損害賠償責任が発生する可能性もあります。例えば、東京地判平成19年12月3日では、遺言執行者が遺留分のない相続人に対して遺言内容を通知せず、相続財産目録を交付しなかったことが、遺言執行者の善管注意義務違反にあたるとされ、損害賠償が命じられました。
(2)相続人側の対応策
相続人側の対応策としては、まず遺言執行者に対して文書で報告を求めることが考えられます。それでも報告がない場合には、家庭裁判所への遺言執行者解任申立や、損害賠償請求を検討する必要があるでしょう。
(3)遺言執行者側の実務上の留意点
遺言執行者側の実務上の留意点としては、相続人全員への公平な情報提供が重要です。特定の相続人だけに情報を提供することは避けるべきでしょう。
また、報告内容・方法の記録保存も欠かせません。後日の紛争に備えて、どのような報告をいつ、誰に対して行ったかを記録しておくことが重要です。
さらに、専門家への相談も検討すべきです。特に遺言執行の経験がない場合や、遺産の内容が複雑な場合には、弁護士や司法書士などの専門家に相談し、適切なアドバイスを受けることが不可欠です。
8 調査報告義務に関する平成30年改正(通知義務の新設)
(1)平成30年民法改正の概要
平成30年(令和元年)に施行された民法改正では、遺言執行者の義務について重要な変更が加えられました。特に注目すべきは、民法1007条2項の新設です。これにより、遺言執行者はその任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知する義務が明文化されました。
詳しくはこちら|遺言執行者の権限に関する平成30年改正の変更点(権限強化)
(2)具体的な通知義務の内容
通知義務の具体的な内容としては、遺言執行者が就任したこと、遺言の内容(遺言書の写しを添付することが望ましい)などが含まれます。この通知は「遅滞なく」行うことが求められています。
また、改正民法1012条2項では、「遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる」と規定され、遺言執行者の役割が明確化されました。
(3)改正後の実務への影響
民法改正により、遺言執行者の通知義務が明文化されたことで、相続手続きの透明性が高まり、相続人間の不要なトラブルを防止する効果が期待されています。
実務においては、遺言執行者は就任後速やかに全相続人に対して通知を行うことが必須となりました。この通知を怠った場合、善管注意義務違反として損害賠償責任を負う可能性があります。
また、今後の判例の動向も注目されるところです。民法改正により明文化された義務に関する裁判例の蓄積が進めば、より具体的な基準が示される可能性があります。
9 まとめ
遺言執行者の調査報告義務は、相続手続きの透明性を高め、相続人間の信頼関係を維持し、将来的な紛争を予防するために不可欠です。平成30年の民法改正により、この義務はより明確化されました。
遺言執行者は、民法に定められた報告義務を十分に理解し、誠実に履行することで、円滑な遺産承継を実現し、法的責任を回避することができます。特に、相続人全員への公平な情報提供、詳細な記録の保管、専門家への相談などが重要です。
相続人にとっては、遺言執行者からの適切な報告を受けることで、遺言の内容や遺産分割の状況を正確に把握し、必要に応じて適切な対応をとることができます。
遺言執行者と相続人の双方が、調査報告義務の重要性を理解し、適切に対応することが、円満な相続の実現につながるでしょう。
本記事では、遺言執行者の調査報告義務について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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