いったん決まった取締役報酬は会社が一方的に減額できない
1 いったん決まった取締役報酬は会社が一方的に減額できない
理由は、報酬を「対価」としてではなく「契約」として見るところにあります。この記事では、その理屈と、会社の側に残された例外を説明します。
この言い分は、一見もっともに見えます。報酬は職務の対価なのだから、職務が減れば報酬も減るはずだ、という理屈です。しかし裁判所の考え方はそうなっていません。いったん具体的に決まった報酬は、取締役が同意しない限り、会社が一方的に減らすことも、ゼロにすることもできません。
役員の報酬をめぐる紛争で、会社の側がよく口にする言い分があります。常勤から非常勤になった、担当していた部門を外れた、実際には出社していない——だから報酬を下げる、あるいは払わない、というものです。
2 同意なく減額も無報酬化もできない|特約と黙示の同意は例外
いったん決まった報酬を会社が変えられるか
あ 原則(同意なく減額・無報酬にできるか)
できません。定款または株主総会の決議(総額決議を受けた取締役会の配分決定を含む)で報酬額が具体的に定まると、その額は会社と取締役の契約内容になり、双方を拘束します。
い 職務内容が変わった場合
結論は変わりません。職務内容に著しい変更があり、それを前提に無報酬の決議がされた場合でも、同意がなければ報酬請求権は失われません。
う 変更が合理的であることは根拠になるか
なりません。合理的であるというだけでは足りず、契約を一方的に変えられる別の根拠が要ります。
え 事情変更の原則で処理できるか
できません。職務の変更は、事情変更の原則が想定する場面ではないとされています。
お 減額にも及ぶか
及びます。最高裁が判断したのは無報酬化ですが、理由が契約の拘束力である以上、減額も射程に含まれると理解されています。
か 会社の側に残る道
2つあります。報酬の変更を認める特約があるときと、取締役の同意があるときです。同意は黙示でも足ります。
き 拘束される期間
期間の定めがなければ任期中です。決議や配分決定が期間を区切っていたなら、契約内容になっているのはその期間ぶんだけです。
3 報酬額は決まった時点で契約の内容になる
そして額が定まると、その金額は会社と取締役の契約の内容になります。契約である以上、一方の当事者が相手の同意なく内容を変えることはできません。調査官解説は、この点をほとんど異論がないと述べています。
会社と取締役の関係は委任であり、委任は無報酬が原則です。報酬を受けるには特約が要りますが、実際には任用契約に明示または黙示の特約が含まれているのが通常とされています。もっとも特約があるだけでは足りず、会社法361条1項により、定款または株主総会の決議で額が定まって初めて具体的な報酬請求権が生じます。
適法に決定された報酬額は契約内容となり当事者双方を拘束する
適法に決定された取締役報酬の額は、その具体的な金額が契約内容となって当事者双方を拘束し、原則として当事者の一方が相手方の同意なしに変更することができなくなることは、ほとんど異論がない。
※水上敏稿『取締役の報酬を無報酬に変更する旨の株主総会決議と報酬請求権の帰すう』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成4年度』法曹会1995年p593
4 最高裁は無報酬への変更を否定した
注目すべきは、判決が職務内容の変更をどう扱ったかです。職務内容に著しい変更があり、それを前提に決議がされた場合であっても結論は異ならない、と明示しています。
最高裁は、株主総会が無報酬とする決議をしても、取締役が同意しない限り報酬請求権は失われないと判断しました。事案は、同族会社の取締役が常勤から非常勤に変更され、報酬の支払を停止されたうえ、株主総会で自分だけが無報酬とされたというものです。
具体的に定まった報酬額は契約内容となり、同意なく無報酬にできない
株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である。この理は、取締役の職務内容に著しい変更があり、それを前提に右株主総会決議がされた場合であっても異ならない。
※最高裁判所 1992-12-18 最高裁判所民事判例集46巻9号3006頁/最高裁判所裁判集民事166号939頁/裁判所時報1089号6頁/判例タイムズ818号94頁/金融・商事判例923号3頁/判例時報1459号153頁/金融法務事情1369号75頁/労働経済判例速報1503号11頁
5 会社が同意なく変えられない3つの理由
なぜ合理的に見える変更が許されないのか。調査官解説は3つの理由を挙げています。
(1)変更が合理的というだけでは足りない
しかし報酬請求権は任用契約に基づくもので、会社の機関としての権限とは無関係です。変更の可否も契約法の観点から考えるべきであり、合理性だけでは一方的に変える根拠になりません。会社法361条が報酬額の決定権を株主総会に与えたのは、取締役が自分の報酬を決めるお手盛りを防ぐためであって、いったん決めたものを変える権限まで与えた規定ではない、というのがその理由です。
報酬を職務の対価と見れば、職務が変われば報酬も変えるのが合理的だという説明は成り立ちます。調査官解説も、そのように変動させることは合理的な場合が多いと認めています。
変更が合理的であることは、一方的に変える根拠にならない
報酬額を変更することが合理的であるというだけではなく、別の根拠が必要である。
※水上敏稿『取締役の報酬を無報酬に変更する旨の株主総会決議と報酬請求権の帰すう』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成4年度』法曹会1995年p596
(2)事情変更の原則は使えない
取締役の任期はそれほど長くなく、その間に職務の変更が起きることは珍しくありません。報酬額を決めるときにその可能性を考慮すべきだったのに考慮しなかったのなら、当事者の側に落ち度があることになります。
職務が大きく変わったのだから事情変更の原則で処理できないか、という見方もあります。これも否定されています。
職務の変更は事情変更の原則が問題とする場面ではない
要件を相当緩和して考えるとしても、職務の変更のごときは、事情変更の原則が問題とするような場面ではない。
※水上敏稿『取締役の報酬を無報酬に変更する旨の株主総会決議と報酬請求権の帰すう』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成4年度』法曹会1995年p598
(3)職務が変わっても取締役の職務と責任は残る
この点は、名目的取締役についても同じです。職務を果たさなくてよいという合意があっても、その特約は会社機関の権限・組織に関する強行規定に反して無効とされています。働かなくてよいという約束によって職務が消えるわけではありません。
働いていない取締役なら無報酬でよいのではないか、という見方も成り立ちません。職務分担が変わっても、取締役会に出席して議決に加わり、代表取締役の職務執行を監視するという取締役本来の職務と責任は残るからです。
職務が変わっても取締役会への出席・監視の職務と責任は残る
取締役の職務の変更がされても、取締役会に出席してその決議に加わり、代表取締役等の職務の執行を監視し、場合によっては取締役会を自ら招集しあるいは招集を請求して取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにするという取締役の職務も、取締役としての責任も免れることはない
※水上敏稿『取締役の報酬を無報酬に変更する旨の株主総会決議と報酬請求権の帰すう』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成4年度』法曹会1995年p598
名目的取締役の職務免除の特約は強行規定に反し無効
①の職務免除の特約は、会社機関の権限・組織に関する強行規定に反し無効であると解すべきである
※西岡清一郎・大門匡編『商事関係訴訟〔改訂版〕』青林書院2013年 2月p243
6 射程は無報酬化だけでなく減額にも及ぶ
無報酬化と減額は性質が違うという見方はありえますが、判決が理由としたのは契約の拘束力です。契約だから一方的に変えられないという理屈は、ゼロにする場合にも減らす場合にも等しく働きます。
最高裁が直接判断したのは、無報酬にする場面です。では減額はどうか。
契約の拘束力を理由とする以上、射程は減額にも及ぶ
本判決は、契約の拘束力を理由とするところからすれば、無報酬化のみでなく減額の場合もその射程に含まれると考えられる。
※水上敏稿『取締役の報酬を無報酬に変更する旨の株主総会決議と報酬請求権の帰すう』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成4年度』法曹会1995年p600
7 会社の側に残る3つの道
ここまでは会社が一方的に変えられない場面の話です。逆に、会社の側に残された道が3つあります。前の2つは報酬を変えられる場面で、どちらも契約の枠内で処理するもの、つまり原則の例外というより契約の内容として織り込んでおくという発想です。3つめは報酬の額は動かさずに、別の債権で差引くという道です。
(1)変更を認める特約があれば変更できる
任用契約で、会社が一定の範囲内で報酬を変更できると定めておくことは有効です。その特約があれば、範囲内での減額に争いはないとされています。
一定範囲内で報酬を変更できるとする特約は無効ではない
取締役任用契約において、会社に一定範囲内で報酬を変更することを認める特約も無効とはいえないから、そのような特約が存在する場合には、その範囲内で報酬を減額し得ることにはおそらく異論がないと思われる。
※水上敏稿『取締役の報酬を無報酬に変更する旨の株主総会決議と報酬請求権の帰すう』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成4年度』法曹会1995年p599
(2)同意は黙示でもよい|役職ごとの内規・慣行
ただし、どういう事実があれば特約や同意を認めてよいかは、事案ごとに慎重に判断されます。内規があるらしい、黙っていた、という程度で同意を認定してよいわけではありません。
実務で効くのはここです。役職ごとの報酬額が内規や慣行で定まっている会社で、それを知ったうえで就任した取締役は、役職が変われば報酬も変わることを黙示に承諾していたとみる、という見方が多数です。多くの会社が役職別の支給基準を持っているので、この特約・同意の問題として解決できる場面は多いと言われています。
特約がなくても、取締役本人の同意があれば変更できます。重要なのは、この同意が明示のものに限られないことです。
無報酬とすることへの同意は明示のものに限られない
本判決も、当該取締役が無報酬とすることに同意しない限り、報酬請求権を失わないとしているが、その同意は明示のものに限ると解すべき理由はない。
※水上敏稿『取締役の報酬を無報酬に変更する旨の株主総会決議と報酬請求権の帰すう』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成4年度』法曹会1995年p599
(3)反対債権との差引は一方的な減額に当たらない(概要)
3つめは、報酬を減らすのではなく、会社の側が持っている別の債権で差引く方法です。取締役が会社に損害を与えた場合の損害賠償債権や、立替金・貸付金の返還債権があるときは、それを報酬債権と相殺できます。これは報酬額そのものを変えるわけではないので、同意なく減額できないという原則とは別の話になります。報酬の額は決まったまま動かさず、支払う段階で差引く、という形です。
この点を最初に明言したのは、昭和29年の名古屋高等裁判所金沢支部の判決です。同意なき一方的な減額を否定したうえで、反対債権との差引は別問題だと留保しました。この判決は上告が棄却されて確定しており、その上告審の判断とあわせて、別の記事で説明しています。
最判昭和31年10月5日|一任を受けた取締役による自己の報酬額の決定|決定後の取締役会による変更
8 拘束される期間は任期中|期間を区切った決議なら別
逆に言えば、株主総会の決議や取締役会の配分決定が期間を区切っていたなら、契約内容になっているのはその期間ぶんだけです。それ以後については、従前と違う額を定める余地があります。報酬を見直したい会社は、事後に一方的に変えるのではなく、決議の段階で期間を区切っておくことになります。
報酬額が契約内容として拘束するのは、いつまでか。決議に期間の定めがなければ、その取締役の任期中の報酬を定めたものと読むことになります。
期間の定めがなければ任期中の報酬額を定めたものと解する
期間が定められなかった場合については、当該取締役任用契約の期間、すなわち、当該取締役の任期中の報酬額を定めたものと解すべきであろう
※水上敏稿『取締役の報酬を無報酬に変更する旨の株主総会決議と報酬請求権の帰すう』/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成4年度』法曹会1995年p596
9 関連テーマ
この記事は、報酬額が既に決まっていることを前提に、それを後から変えられるかを扱いました。前提そのものが問題になる場面と、退職慰労金の場面は、別の記事で説明しています。
(1)報酬請求権がそもそも発生しているか
そもそも報酬請求権が発生しているかは、定款の定めか株主総会の決議があるかで決まります。株主が1名の会社や同族会社で決議を経ずに支払われていた場合の扱いも、そちらで扱います。
(2)退職慰労金の場合(参考)(概要)
取締役の退職金の契約はあるが株主総会決議がないケースの法的扱い
取締役の退職金・弔慰金への会社法361条の適用(株主総会決議の要否)
退職慰労金にも会社法361条が適用されますが、在職中の報酬とは決定の仕組みが違い、株主総会決議を経ていない場合の処理も別に整理されています。
本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。原文の段落の行頭にある字下げは再現していません。
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