【労働審判と訴訟の違い(労働紛争解決手段の最適な選択)】
1 労働審判と訴訟の違い(労働紛争解決手段の最適な選択)
近年、日本では個別労働紛争が増加傾向にあり、その解決手段として労働審判と裁判(訴訟)が主要な法的手続きとして存在しています。本記事では、労働紛争の解決を検討する上で不可欠な情報として、労働審判と裁判の手続き、期間と費用、それぞれに適した事案、そして選択の判断基準について詳細に比較し、検討します。
2 2つの手続きの違い
(1)労働審判の手続き
労働審判は、地方裁判所に対して労働審判手続申立書を提出することによって開始されます。申立ては労働者側、会社側のどちらからでも可能ですが、多くは労働者側から行われます。申立てから原則として40日以内に第1回期日が指定され、裁判所から相手方に対して期日呼出状と申立書の写しが送付されます。これを受け取った相手方は、指定された期日までに答弁書や証拠書類を裁判所と申立人に提出する必要があります。期日に正当な理由なく欠席した場合、罰金が科される可能性もあります。
期日での審理は、労働審判官である裁判官1名と、労働関係に関する専門的な知識と経験を有する労働審判員2名で組織された労働審判委員会によって行われます。手続きは原則として非公開で行われ、委員会は当事者双方から直接話を聞き、事実関係を確認し、争点を整理します。多くの場合、第1回期日から和解に向けた話し合い、すなわち調停が試みられます。
労働審判の手続きは、原則として3回以内の期日で終結することを目指しており、実際には2回で終了するケースも少なくありません。手続きの結果として、当事者間の合意が得られれば調停が成立し、調停調書が作成されます。この調停調書は、裁判上の和解と同一の効力を持ちます。調停が成立しない場合、労働審判委員会は審理の結果を踏まえ、労働審判という判断を示します。この労働審判に対し、告知を受けた日から2週間以内に異議申立てがなければ、労働審判は確定し、裁判上の和解と同一の効力を持ちます。しかし、いずれかの当事者から異議申立てがあった場合、労働審判はその効力を失い、訴訟手続きに移行することになります。
(2)裁判(訴訟)の手続き
労働紛争における裁判の手続きは、請求額に応じて地方裁判所または簡易裁判所に訴状を提出することから始まります。
訴訟では、原告と被告がそれぞれの主張を書面(準備書面)で提出し、証拠を提出しながら、裁判官に対して自己の主張の正当性を訴えていきます。必要に応じて、当事者本人や証人に対する尋問が行われることもあります。裁判は原則として公開の法廷で行われ、審理は複数回にわたって行われることが多く、期日の回数に制限はありません。
裁判の結果は、和解による解決か、裁判官による判決となります。
和解は、裁判のどの段階でも試みられる可能性があります。
判決は、原告の請求を認めるか、棄却するかといった形で示されます。
第一審の判決に不服がある場合、当事者は控訴、さらに上告と、最大三審まで争うことが可能です。
(3)手続きの主な違い
労働審判と裁判の主な違いとして、まず挙げられるのは手続きのスピードです。
労働審判は原則3回以内の期日で終結を目指すのに対し、裁判は半年から1年以上かかることも珍しくありません。
また、手続きの形式も大きく異なり、労働審判は非公開で、より柔軟な話し合いを中心とした手続きであるのに対し、裁判は公開された法廷で厳格な証拠調べや法廷弁論が行われます。
さらに、労働審判には労働問題に精通した労働審判員が関与しますが、通常の裁判では裁判官のみが審理を行います。労働審判では口頭での主張や質問が重視される傾向があるのに対し、裁判では書面による主張や証拠提出が中心となります。
3 期間と費用の比較
(1)期間の比較
労働審判は、申立てから解決まで一般的に3~4か月程度で終了することが多く、平均審理期間は約80~90日とされています。多くの場合、申立てから3か月以内に解決に至る事件が約7割を占めています。
これに対し、裁判は第一審だけでも6か月から1年以上かかることが多く、平均審理期間は約16~17か月に及ぶこともあります。控訴や上告が行われた場合、さらに期間が長期化する可能性があります。
ただし、労働審判で決着がつかず訴訟に移行した場合、その後の訴訟期間は通常の訴訟よりも短くなる傾向があります。
(2)費用の比較
労働審判は、裁判と比較して費用が抑えられる傾向にあります。主な費用は、請求額に応じて定められる申立手数料と、弁護士に依頼した場合の弁護士費用です。
一方、裁判では、申立手数料に加えて、裁判の進行に伴う様々な費用(証拠調べ費用、鑑定費用、場合によっては専門家の費用など)が発生する可能性があり、弁護士費用も審理期間が長期化するほど高額になる傾向があります。また、裁判では証拠調べ費用などの追加費用が発生する可能性がありますが、労働審判ではこうした追加費用は比較的少ないです。
4 適している事案の違い
(1)労働審判に適している事案
労働審判は、未払い賃金や残業代の請求、不当解雇の効力に関する争いなど、事実関係が比較的明確で、迅速な解決が望ましい事案に適しています。ハラスメントや差別に関する事案でも、事実関係が特定できれば、労働審判委員会の専門性を活かした解決が期待できます。金銭的な解決を主とする事案にも向いています。
(2)裁判に適している事案
一方、裁判は、法律的な解釈が複雑な事案、あるいは広範な証拠調べや当事者尋問が必要な事案に適しています。また、判例の確立が求められるような事案や、労働審判の結果に異議申立てが予想される場合にも、最初から裁判を選択することが考えられます。雇用関係の維持よりも、法的な白黒をはっきりさせたい場合にも、裁判が選択されることがあります。
5 選択の判断基準
労働審判と裁判のどちらを選択すべきかは、個々の事案の状況や当事者の優先順位によって異なります。迅速な解決を最優先とするのであれば、労働審判が有力な選択肢となります。法的な判断の明確さや、将来の判例となる可能性を重視するのであれば、裁判を検討すべきでしょう。事実関係や法律的な争点が複雑な場合には、より慎重な審理が期待できる裁判が適しているかもしれません。
また、当事者間の関係性を維持したい意向がある場合には、調停を中心とする労働審判の方が適しているといえます。
費用面も重要な考慮事項であり、一般的に費用が抑えられる労働審判は、経済的な負担を軽減したい場合に有利です。
紛争内容を公開したくない場合は、非公開の手続きである労働審判が適しています。
さらに、労働慣行や業界特有の事情を考慮した解決を求めるのであれば、労働審判委員会の専門性が役立つでしょう。
6 メリットとデメリット
(1)労働審判のメリットとデメリット
労働審判のメリットとしては、迅速かつ効率的な解決が期待できること、費用が比較的安価であること、労働問題の専門家が関与すること、非公開で手続きが進められること、調停による合意解決を目指すため柔軟な解決が可能であること、などが挙げられます。
デメリットとしては、異議申立てがあると訴訟に移行する可能性があること、裁判に比べて証拠調べの手続きが限定的であること、労働審判の判断が法的判例としての拘束力を持たない場合があること、異議申立て期間が短いことなどが挙げられます。
(2)裁判のメリットとデメリット
裁判のメリットとしては、正式な法的判断が得られること、詳細な証拠調べが可能であること、判決が法的判例となりうること、などが挙げられます。
デメリットとしては、解決までに時間がかかること、費用が高額になる傾向があること、手続きが公開されること、当事者間の対立が激化しやすいこと、裁判官が必ずしも労働問題の専門家ではないこと、などが挙げられます。
7 結論
以上のように、労働審判と裁判は、それぞれ異なる特徴を持つ労働紛争の解決手段です。どちらかが「正解」というものではありません。手続きの迅速性、費用、専門家の関与、公開性など、様々な要素を考慮し、当事者のご希望、事案の内容に最も適した手続きを選択することが重要です。
本記事では、労働審判と訴訟の違いについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に企業(会社)と従業員(労働者)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。