【労働審判における企業側の和解戦略(和解金相場と交渉戦術)】

1 労働審判における企業側の和解戦略(和解金相場と交渉戦術)

労働審判制度は、個々の労働者と事業主間の労働関係に関する紛争を迅速に解決するための専門的な手続きです。労働審判を起こされた企業(会社)としては、和解で終わらせるメリットは大きいです。たとえば、早期解決による法的コストの削減、時間的・精神的負担の軽減、ネガティブな報道や風評被害の防止、そして従業員との関係性を比較的良好に維持できる、などの点です。労働審判制度は審理期間が原則として3回以内と限られているため、会社側は初期段階から十分な準備を行い、早期に和解に向けた協議を検討することが戦略として重要です。
本記事では、会社側の和解戦略を説明します。

2 和解金額の相場と判断基準

労働審判における和解金額は、画一的な算定方法が存在するわけではなく、様々な要因によって変動します。仮に訴訟に移行した場合に従業員が勝訴する可能性の高さと労働審判委員会が形成する心証も、和解金額に大きな影響を与えます。
紛争内容別の一般的な和解金額の目安としては、以下のようなものがあります。

(1)不当解雇

解雇の有効性を争う場合、和解金額は通常、月給の3か月分から1年分程度となることが多いです。解雇理由の正当性の強弱によって金額は大きく変動します。

(2)未払い賃金(残業代など)

証拠から認められると予想される未払い賃金の金額がベースとなります。

(3)ハラスメント(パワハラ、セクハラ)

ハラスメントの程度や期間、被害者の精神的苦痛の度合いによって決まりますが、一般的に訴訟における慰謝料の相場よりも和解金額は低くなる傾向があります。

(4)統計データ(参考)

厚生労働省の調査によると、労働審判で解決した場合の解決金の中央値は150万円というデータがありますが、解決金額の分布は幅広く、事案によって大きく異なることに留意が必要です。

3 非金銭的条件の交渉術

労働審判における和解交渉では、金銭的な解決だけでなく、非金銭的な条件についても交渉の対象となります。これらの条件を有利に進めることは、将来的なリスクを軽減し、円滑な事業運営を維持する上で非常に重要です。

(1)主な非金銭的条件

(ア)口外禁止条項 和解の内容や紛争の経緯について、従業員が第三者に開示することを禁じる条項です。

(イ)非難中傷禁止条項 会社と従業員双方が、相手方に対して否定的な言動を行わないことを約束する条項です。

(ウ)合意退職 解雇ではなく、従業員が自己都合で退職する形式をとることで、会社側の解雇責任を回避します。

(エ)労働審判の取下げ 従業員が申し立てた労働審判を取り下げることを条件とするものです。和解の際には必ずいれることになります。

(オ)再雇用禁止条項 当該従業員を将来的に会社が再雇用しないことを定める条項です。

(カ)合意された推薦状 会社が事前に合意した内容の推薦状を作成することを約束するものです。

(キ)会社財産の返還 従業員が所持している(会社が貸与している)PC、携帯電話、制服、書類などの返還を義務付けます。

(2)有効な交渉戦術

非金銭的条件を会社側にとって有利に進めるためには、金銭的な和解金額に合意する前に、非金銭的条件について交渉を行うことが重要です。また、事前に会社として譲れない非金銭的条件を明確にしておき、従業員が何を重視しているのかを把握した上で、会社にとってコストが低く、従業員にとって価値の高い条件を提示することも有効な戦略です。
口外禁止条項や非難中傷禁止条項は、会社の評判を守り、紛争の再発を防ぐ上で特に重要です。ただし、口外禁止条項には、法令で保護された情報開示(例えば、公益通報)を妨げるものではないという例外規定があることに留意する必要があります。

4 税務・会計上の留意点

労働審判で和解が成立し、会社が従業員に金銭を支払う場合、その支払いには税務上および会計上の留意点が存在します。

(1)税務上の考慮事項

和解金の性質によって課税対象となるかどうかが異なります。

(ア)賃金(未払い賃金、解雇期間中の賃金など) 給与所得として扱われ、所得税および住民税の源泉徴収の対象となります。

(イ)退職金 一定の要件を満たす場合、退職所得として扱われ、他の所得とは異なる税率で課税されます。

(ウ)慰謝料 不当解雇やハラスメントによる精神的苦痛に対する慰謝料は、非課税所得となる場合があります。

(エ)解決金 名目として「解決金」とされていても、その実質的な内容によって所得区分が判断されます。 和解書には、支払われる金銭の内訳を明確に記載することが重要です。これにより、税務署に対する説明責任を果たすとともに、適切な源泉徴収処理を行うことができます。

(2)会計上の留意点

和解金の支払いは通常、費用として処理されます。費用の計上時期は、和解が成立し、支払い義務が確定した時点となります。訴訟が長期化し、敗訴の可能性が高まっている場合には、合理的に損害賠償額を見積もることができる段階で、引当金(訴訟損失引当金)を計上する必要がある場合があります。

5 有利な和解を実現するための戦略的アプローチ

労働審判において会社側が有利な和解を実現するためには、事前の準備から交渉の進め方、そして和解後の対応まで、一貫した戦略が不可欠です。

(1)事前準備

従業員の主張を詳細に分析し、会社側の立場を裏付ける証拠を徹底的に収集・整理することが重要です。会社として和解によって何を達成したいのか、譲歩できる範囲はどこまでかを明確にしておく必要があります。

(2)交渉戦略

金銭的な条件だけでなく、非金銭的な条件についても検討し、会社にとって重要な条件を優先的に交渉します。会社側の立場や主張を明確かつ専門的に伝え、相手方の主張や意図を理解するよう努めることが大切です。和解成立のためには、ある程度の譲歩も視野に入れる必要がありますが、会社の譲れない一線は明確にしておくべきです。

(3)専門家の支援

早期段階から労働問題に精通した弁護士に相談し、戦略策定と交渉のサポートを受けることが、有利な和解を実現するための最も効果的な方法と言えるでしょう。

6 会社にとって和解のメリット・デメリット

労働審判における和解と、訴訟(裁判)を選択した場合のメリットとデメリットを比較検討することは、会社にとって最適な紛争解決策を判断する上で重要です。

(1)和解のメリット

(ア)早期解決 訴訟と比較して迅速に紛争を解決できます。
(イ)低い法的コスト 訴訟にかかる弁護士費用やその他の費用を抑えることができます。
(ウ)結果のコントロール 裁判所の判決に委ねるよりも、会社自身が和解条件を交渉し、結果をコントロールできます。
(エ)秘密保持 和解内容は原則として公開されないため、会社の評判や信用を守ることができます。
(オ)柔軟な解決策 法的な権利義務に厳密に基づかない、柔軟な解決策を合意できます。

(2)和解のデメリット

(ア)金額アップリスク 裁判所の判決よりも高い和解金を支払う可能性もあります。

(イ)責任を認めたニュアンス 和解に応じることで、会社側が非を認めたと解釈される可能性もあります。もちろん、事案によっては自主的に責任を認めたことがプラスのイメージを与えることもあります。

(ウ)審理の機会の喪失 従業員の主張に対する公的な検証の機会を失います。もちろん、事実の審理よりも秘密裏に解決するメリットの方が大きいこともあります。

(3)まとめ

以上のメリット、デメリットを比較して、和解へのスタンスを決めることになります。

本記事では、労働審判における企業側の和解戦略について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に労働審判など、企業(雇用主)と従業員(労働者)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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