【取締役の退職金・弔慰金への会社法361条の適用(株主総会決議の要否)】
1 取締役の退職金・弔慰金への会社法361条の適用(株主総会決議の要否)
取締役が退職する際、退職金(退職慰労金)や弔慰金が会社から支払われることがよくあります。仮にこれが報酬にあたるとすれば、会社法361条が適用され、支給するには株主総会の決議が必要ということになります。本記事ではこれに関する実務的な解釈を説明します。
2 会社法361条
(1)会社法361条の条文
最初に、会社法361条のルールを説明しておきます。まずは条文を確認しましょう。
会社法361条の条文
一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法
三 報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容
※会社法361条1項
(2)会社法361条の趣旨
取締役は、会社から経営を委任されている立場です(会社法330条)。会社の資金の使い道である取締役の報酬(の判断、決定)は経営の1つです。原則論からいくと、取締役が取締役自身の報酬を決める、ということになります。こうなってしまうと、報酬額を不当に高い金額としてしまうという、お手盛りの危険が生じます。そこで、会社法361条で、取締役ではなく株主が決めるというルールになっているのです。具体的ルールとしては定款または株主総会の決議で決定する、という内容です。
ここまでが会社法361条のルールの基本でした。このルールが、取締役の(毎月の)報酬ではなく、退職慰労金(退職金)に適用されるか、という本題について、以下説明します。
3 退職慰労金・退職慰労年金への会社法361条の適用
(1)退職慰労金への会社法361条の適用→あり
退職慰労金は在職中の職務執行の対価という性格があります。そこで、会社法361条の適用を受ける、という解釈が確立しています。
※最二小判昭和39年12月11日
※最三小判昭和44年10月28日
※最二小判昭和48年11月26日
(2)退職慰労年金への会社法361条の適用→あり
退職慰労金(退職金)ではなく、退職慰労年金についても、その実質としては取締役の職務執行の対価という性格があります。そこで通常、会社法361条1項の適用を受けます。
退職慰労年金への会社法361条の適用→あり
※最判平成22年3月16日
4 功労金への会社法361条の適用→肯定方向
取締役が退職の際、「退職金」や「退職慰労金」ではなく、「功労金」という名目で金銭を受け取ることもあります。退職慰労金の一部が「功労金」となっていることもあります。「功労金」という名称であっても、在職中の職務執行の対価であり、お手盛り防止の要請がある点では報酬(や退職慰労金)と同じです。そこで、功労金についても会社法361条が適用される傾向が強いです。
功労金への会社法361条の適用→肯定方向
また、お手盛り防止という会社法361条[旧商269条に対応]の立法趣旨から考えれば、基準が不明確となりやすい功労金部分の方が、お手盛りの危険性が高いともいえるのであるから、退職慰労金は全体として会社法361条[旧商269条に対応]の適用を受けると解すべきである。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p110
5 弔慰金への会社法361条の適用
(1)退職慰労金相当額の弔慰金→適用あり
取締役が亡くなったことにより退任した、というケースでは、会社が遺族などに「弔慰金」を支払うことがよくあります。実態としては、本来退職した取締役(本人)に支払うはずだった退職慰労金を、(本人がいないので)遺族に支払う、ということが多いです。このような場合、つまり、弔慰金が退職慰労金相当額であるケースではやはり、在任中の職務執行の対価という性格があります。そこで弔慰金についても会社法361条の適用があります。
※最二小判昭和48年11月26日
(2)低額の弔慰金→適用なし
前述のように、弔慰金に会社法361条の適用があるのは退職慰労金相当額であることが前提です。
弔慰金の金額が退職慰労金相当額より明らかに低額であった場合には、職務執行の対価という性格ではないので、会社法361条の適用を受けません。
低額の弔慰金→適用なし
これは、会社の冠婚葬祭に関する交際費であって、在任中の職務執行の対価とはいえないから、会社法361条[旧商269条に対応]の適用を受けない。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p111
6 退職慰労金の性格を有する弔慰金の法的性質
(1)弔慰金の相続財産性→原則否定
弔慰金が退職慰労金相当額である場合、会社法361条が適用され、支給のためには株主総会決議が必要となります(前述)。では、株主総会で決議をした上で支給した場合、この弔慰金は相続財産(遺産分割の対象)となるのでしょうか。
この点、弔慰金(退職慰労金)の請求権が発生するメカニズムは、株主総会決議によって発生する、というものです。つまり、取締役が亡くなった時点(相続開始時)には請求権として存在していなかったのです。そこで、相続財産ではない、ということになります。ただし、定款に弔慰金を支給することが規定されていた場合には、取締役が亡くなった時点で弔慰金請求権が発生するので、弔慰金(請求権)は相続財産に含まれることになります。
弔慰金の相続財産性→原則否定
このため、定款の定めがない場合には、弔慰金請求権が、被相続人の死亡時に被相続人の財産に属しているとはいえず、相続財産には含まれないと解されている。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p111
(2)弔慰金の受給権者→株主総会等の裁量
会社が弔慰金を支給するケースでは、誰に支給するのでしょうか。特にルールはないので、会社が自由に決定できます。原理的には、支給の決定権限をもつ株主総会が決めますが、株主総会がその決定を取締役会に委ねることも多いです。
弔慰金の受給権者→会社側に裁量あり
一般的には、相続人を受給権者とすることが多いであろう。
※渡部勇次稿/東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅰ 第3版』判例タイムズ社2011年p111、112
7 使用人兼取締役の退職金
(1)使用人の退職金への会社法361条の適用→なし(前提)
一般論として、「取締役」(役員)となっている者であっても、同時に使用人(従業員)の性質もあわせもっている、ということも多いです。この点、使用人(従業員)の退職金は、取締役の退職金とは、法的扱いが大きく異なります。使用人の退職金の支給については、会社法361条の適用はありません。つまり株主総会決議がなくても支給できます。というより、就業規則や労働契約で退職金を支給する規定があった場合、労働法により強く保護されます。つまり、支給しなくてはならないのです。
詳しくはこちら|従業員の退職金の基本(請求できるか・消滅時効・取締役兼務ケース)
(2)使用人の退職金の部分への会社法361条の適用→なし
取締役が実際に行っていた職務が使用人(従業員)の職務の性質ももっていたケースでは、使用人の職務の部分については、使用人の退職金の扱いとなります。つまり、会社法361条は適用されません。
使用人の退職金の部分への会社法361条の適用→なし
株主総会決議や定款の規定がなくとも、退職者は退職金を請求することができる
※大阪高判昭和53年8月31日
※東京地判昭和59年6月3日
※大阪地判昭和59年9月19日
※千葉地判平成元年6月30日
(3)区別が困難な場合→全額に適用あり
前述のように、退職した「取締役」について、退職金の計算のため、取締役(役員)の職務と使用人(従業員)の職務を割合的に判別する必要があります。この点、取締役と使用人の職務(に対する退職金)を合理的に区別できない場合、退職金(退職慰労金全額)に会社法361条が適用されます。つまり、株主総会決議がなければ一切支給できない、ということになるのです。
※京都地判昭和44年1月16日
8 関連テーマ
(1)取締役の退職金決定の取締役会・代表取締役への委任
実際には、個々の取締役の退職金の具体的な金額を株主総会で決定する、ということはほとんどありません。取締役会では基準だけを決めて、具体的な金額は取締役会や代表取締役が決める、という方法をとることが多いです。この方法に関する解釈の問題は、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|取締役の退職金決定の取締役会・代表取締役への委任
(2)取締役の退職金の具体的請求権発生時期
前述のように、定款または株主総会で決めない限り取締役の退職金は支給できません。退任取締役の立場からすると退職金請求権が発生するのは株主総会決議の時点ということになります。ただしこれも前述のとおり、株主総会で具体的金額を決議することはほとんどありません。その場合は一任された取締役会で決めた時、となりますが、具体的状況によって違うこともあります。
詳しくはこちら|取締役の退職金の具体的請求権発生時期
本記事では、取締役の退職金や弔慰金に会社法361条が適用されるかどうかという問題について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に取締役の退職金に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。