【離婚・財産分与に向けた財産調査:名義と異なる真の権利者を明らかにする】
1 離婚・財産分与に向けた財産調査:名義と異なる真の権利者を明らかにする
離婚を意識する段階では、将来の財産分与に向けた相手方(配偶者)の財産の把握が重要になります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:総合ガイド(制度・手続の一覧と選択)
この点、夫婦の財産については、実際に財産を管理・支配している者と形式的な名義人が一致しないケースが多いです。適正な財産分与を実現するには、実質的権利者を特定する必要があります。本記事では、預貯金をはじめとする各種財産について、実質的権利者を調べる具体的な方法と戦略を説明します。
2 名義と実質の乖離問題
(1)問題の背景
夫婦間の財産管理において、形式的な名義と実質的な権利の帰属が一致しない状況は珍しくありません。例えば、夫の収入で生活しながら妻名義の預金口座を開設したり、税務上の配慮から親族名義で財産を保有したりするケースです。また、生命保険契約や不動産購入においても、実際の保険料負担者や購入資金の出所と名義人が異なることがあります。このような名義利用は、相続税対策や贈与税回避を目的とした家族間での財産管理の実態を反映したものといえます。
(2)実質的権利者特定の必要性
財産分与においては、夫婦の共有財産を正確に特定することが不可欠です。名義と実質が乖離している場合、形式的な名義のみに依拠すると、真の共有財産の範囲を見誤ることになります。実質的権利者を正しく特定することで、一方配偶者による不当な財産取得を防止し、適正な分与額を算定することが可能となります。また、意図的な財産隠匿と単なる名義利用を区別するためにも、実質的支配の実態を明らかにする必要があります。
(3)法的判断基準
法的には、権利者の判断では、形式よりも実質を重視します。つまり、財産の実質的支配関係を総合的に判断します。単に名義人が誰であるかではなく、実際に財産を管理し、処分権限を有している者が誰かという観点から判断されます。この判断は画一的な基準によるものではなく、個別の事情を考慮した総合的な判断が必要となります。
3 預貯金の実質的権利者の特定
(1)口座開設経緯の調査
預貯金の実質的権利者を立証する上で最も重要な証拠の一つが口座開設申込書です。申込書には開設時の住所、連絡先、職業などの基本情報が記載されており、これらの情報から実際の開設者を推定することができます。特に届出住所が名義人以外の住所となっている場合は、実質的な開設者が名義人とは異なることを示す重要な手がかりとなります。また、口座開設の目的や経緯について、関係者から詳細な事情聴取を行うことも有効です。開設時の状況を具体的に把握することで、名義人と実質的開設者の関係を明らかにすることができます。
(2)筆跡鑑定の活用
口座開設申込書の署名や住所・氏名の記載の筆跡の鑑定は、実質的権利者を特定(立証)する重要な手法です。参照する筆跡としては、新たに記載したものを用いることもありますが、訴訟委任状や出頭者カードなどを照合文書として活用することもあります。
筆跡鑑定は専門的な技術を要するため、必要に応じて筆跡鑑定の専門家に依頼することが重要です。ただし、鑑定結果は精度(信用性)がそれほど高くはないので注意が必要です。筆跡鑑定の信用性については、遺言の偽造の判定の1つとして別の記事で説明しています
詳しくはこちら|遺言の偽造(自書性・作成者)の判断(判断要素・証拠と評価)(整理ノート)
(3)資金の出所と流れ
預貯金の実質的権利者を判断する際には、口座への入金原資と夫婦の収入との関係を詳細に分析する必要があります。夫婦それぞれの給与収入、事業収入、その他の収入源を確認し、口座への入金パターンとの整合性を検証します。また、口座からの出金が夫婦の生活費として使用されているかどうかも重要な判断要素となります。取引履歴を時系列で整理し、生活実態との関連性を明確にすることが立証の鍵となります。
4 その他財産の立証
(1)不動産の実質的所有者
不動産の実質的権利者を立証する際には、まず購入資金の出所を詳細に調査します。頭金の支払者、住宅ローンの実際の債務者、毎月の返済負担者などを確認することで、実質的な購入者を特定できます。また、実際の居住状況や管理・維持の実態も重要な判断要素となります。固定資産税の支払者、修繕費の負担者、火災保険の契約者なども総合的に考慮して判断されます。
(2)有価証券の実質所有
有価証券については、購入資金の出所確認が最も重要です。投資資金がどの口座から支出されたか、その口座の実質的権利者は誰かを調査します。また、売買の指示を実際に行っている者、配当金の受取口座、売却代金の流れなども実質的権利者を判断する材料となります。インターネット取引の場合は、実際の操作者やパスワード管理者の特定も重要な要素です。
(3)生命保険の実質契約者
生命保険の実質的契約者を立証するためには、保険契約申込書の詳細な確認が必要です。申込書の筆跡と記載住所の確認、保険料支払い方法の調査が重要です。特に保険料引き落とし口座の名義人とその口座の実質的権利者を特定することで、真の契約者を明らかにできます。受益者指定の経緯や契約変更の指示者についても、実質的な契約支配者を判断する重要な材料となります。
5 立証戦略と実務
(1)証拠の収集・整理
実質的権利者の立証には、書面証拠の収集と適切な整理が不可欠です。口座開設申込書、取引履歴、夫婦の収入資料、保険契約書類など、関連する全ての書面を時系列で整理します。各証拠の関連性を明確にし、一貫した立証計画を策定することが重要です。
(2)専門家の活用
複雑な立証作業には専門家の活用が効果的です。
筆跡鑑定については専門の鑑定人を選定し、会計処理や資金の流れについては会計専門家の意見を求めることができます。
不動産関連では不動産鑑定士との連携も考えられます。
ただし、専門家の活用には相応の費用が発生するため、費用対効果を慎重に検討する必要があります。
(3)総合的な判断
実質的権利者の立証は、単一の証拠によるものではなく、複数の証拠を組み合わせた総合的な判断が求められます。各証拠間で整合しないことがないか、(それについて)合理的で一貫した説明があるか、ということが判断に影響します。
6 まとめ
財産の実質的権利者の特定は、財産分与における重要な争点です。財産の種類によって、たとえば口座開設申込書の筆跡確認、届出住所の検証、取引内容の分析、資金の出所調査など、多角的なアプローチが必要となります。証拠収集においては書面証拠を時系列で整理し、必要に応じて筆跡鑑定などの専門的手法を活用することが重要です。複数の証拠を組み合わせた総合的な判断により、実質的支配の実態を明らかにし、適正な財産分与の実現を図ることができます。
7 参考情報
参考情報
森公任ほか編著『2分の1ルールだけでは解決できない 財産分与算定・処理事例集』新日本法規出版2018年p105〜107
本記事では、離婚時の財産分与において、名義と異なる真の権利者の特定(調査)について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与など、離婚(夫婦)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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