【離婚・財産分与に向けた財産調査:巧妙な預貯金隠匿の手法と対策】

1 離婚・財産分与に向けた財産調査:巧妙な預貯金隠匿の手法と対策

離婚を意識する段階では、将来の財産分与に向けた相手方(配偶者)の財産の把握が重要になります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:総合ガイド(制度・手続の一覧と選択)
この点、預貯金の隠匿により、調査がうまく進まない、ということがよく起きます。本記事では、隠匿された預貯金を具体的にどのように発見し、調査するかという実務的手法に特化して説明します。

2 預貯金調査の基本

(1)取引金融機関の特定

預貯金調査の第一歩は、配偶者が取引を行っている可能性のある金融機関を網羅的に特定することです。
既知の金融機関については、配偶者が普段利用している銀行や信用金庫を確認します。通帳やキャッシュカード、金融機関からの郵便物などから判明している金融機関は、必ず調査対象に含めます。
給与振込口座の特定は特に重要です。配偶者の勤務先から支給される給与の振込先金融機関は、最も重要な調査対象となります。給与明細書や源泉徴収票から振込先を確認できます。
住宅ローンを利用している場合、その取引銀行も重要な調査対象です。住宅ローンの借入先金融機関では、通常複数の口座を開設していることが多く、預貯金が集中している可能性があります。
公共料金の引き落とし口座も見逃せません。電気、ガス、水道、電話などの引き落とし明細から、利用している金融機関を特定できます。

(2)支店情報の収集

金融機関が特定できても、支店まで特定しなければ弁護士会照会や調査嘱託を実施できません。支店の特定は調査の成否を左右する重要な要素です。
配偶者の勤務先や自宅近辺の支店から調査を開始します。利便性を重視して最寄りの支店を利用することが一般的であるため、これらの支店は優先的に調査対象とします。
通勤経路上の支店も調査対象に含めます。通勤途中に立ち寄りやすい支店に口座を開設している可能性があります。特に主要駅周辺の支店は重要な調査対象です。
配偶者の実家周辺の支店も見逃せません。実家近辺の金融機関は、配偶者が長期間にわたって利用している可能性が高く、多額の預貯金が集中していることがあります。
転居歴がある場合は、過去の居住地周辺の支店も調査対象に含めます。転居前に開設した口座が継続して利用されている可能性があるためです。

(3)口座種別の把握

調査対象となる口座の種別を網羅的に把握することが重要です。
普通預金と定期預金は最も一般的な口座種別です。給与振込や日常的な資金管理に使用される普通預金のほか、まとまった資金を預け入れる定期預金の存在も確認する必要があります。
積立預金や貯蓄預金も調査対象です。長期間にわたって資金を積み立てている場合、相当額の預貯金が蓄積されている可能性があります。
法人経営者や個人事業主の場合、当座預金の開設も考えられます。事業用資金と個人資金の境界が曖昧になりやすく、実質的に個人財産として管理されている場合があります。
外貨預金についても注意が必要です。円貨建て以外の預金は見落とされやすく、隠匿手段として利用される可能性があります。

3 隠し口座の発見方法

(1)ネット銀行の調査

ネット銀行は隠し口座として利用されやすい特殊な性質を持っています。通帳が発行されず、店舗も存在しないため、物理的な痕跡が残りにくいという特徴があります。
ネット銀行の取引履歴は完全に電子化されており、名義人以外が取引内容を確認することは困難です。インターネット上でのみ残高照会や取引履歴の確認が可能であるため、配偶者による発見は極めて困難です。
ネット銀行の隠匿を発見する手がかりは、主に郵便物から得られます。口座開設時にキャッシュカードが郵送されるほか、利用状況の報告書や金利変更の通知などが定期的に送付されることがあります。これらの郵便物を注意深く確認することが発見の鍵となります。
配偶者のパソコンやスマートフォンの履歴から、ネット銀行のウェブサイトへのアクセス記録を発見できる場合もあります。ただし、この方法はプライバシーの問題もあるため、慎重な対応が必要です。
既存の銀行口座からネット銀行への送金履歴が残っている場合もあります。通帳の記録を詳細に分析することで、ネット銀行への資金移動を発見できる可能性があります。

(2)地方銀行の見落とし

地方銀行や信用金庫は、隠し口座として利用されやすい金融機関です。配偶者の現住所から離れた地域の金融機関であるため、発見が困難になります。
配偶者の出身地にある地方銀行は重要な調査対象です。学生時代や就職前に開設した口座が継続して利用されている可能性があります。特に実家周辺の地方銀行には注意が必要です。
転勤履歴がある場合、過去の勤務地の地方銀行も調査対象に含めます。転勤先で開設した口座が、転勤後も継続して隠し口座として利用されることがあります。
地方銀行や信用金庫は、都市銀行と比較して調査の優先順位が低くなりがちですが、まさにその理由で隠匿手段として選択される傾向があります。縁もゆかりもない地域の金融機関こそ、重点的に調査すべき対象です。
農協や漁協などの協同組合系金融機関も見落としやすい調査対象です。これらの金融機関は地域密着型であり、一般的には利用者が限定されるため、隠し口座として利用される可能性があります。

(3)家族名義口座の調査

配偶者が自己名義ではなく、家族名義で口座を開設している場合があります。この手法は発見が極めて困難であり、十分な注意が必要です。
子供名義の口座は最も一般的な家族名義口座です。教育資金の積立名目で開設されながら、実質的には配偶者の隠し財産として利用される場合があります。子供名義の口座が発覚した後に、どのような扱いとなるのか、という別の問題もあります。
詳しくはこちら|子供名義の預貯金は原資や経緯によって財産分与での扱いが決まる
親族名義の口座での隠匿も考えられます。配偶者の両親や兄弟姉妹名義で口座を開設し、実質的に配偶者が管理している場合があります。通帳やキャッシュカードの保管状況から実質的な管理者を特定する必要があります。
女性の場合、旧姓での口座による隠匿も可能です。結婚前の旧姓で継続して口座を利用し、配偶者に発見されないよう管理している場合があります。
家族名義口座については、実質的所有者が誰であるかを立証することが最も重要です。口座への入金源泉、管理状況、使用実態などから、真の所有者を特定する必要があります。

4 取引履歴の分析

(1)異常取引の発見

取引履歴の分析は、隠匿の痕跡を発見する最も有効な方法の一つです。通常の生活パターンと異なる取引を発見することで、隠匿行為を立証できます。
大額引き出しのパターンを注意深く確認します。通常の生活費を大幅に超える引き出しが行われている場合、その資金の使途について合理的な説明を求める必要があります。特に離婚を意識し始めた時期の大額引き出しは、隠匿行為の可能性が高いといえます。
また、短期間に集中して大額の引き出しや送金が行われている場合、計画的な財産隠匿が疑われます。別居や離婚調停の申立て前後の取引には特に注意が必要です。
不自然な入出金パターンも隠匿の手がかりとなります。説明困難な入金や、使途不明の出金が繰り返されている場合、隠し口座との間で資金移動が行われている可能性があります。
定期的な異常取引についても注意が必要です。毎月一定額の送金が継続されている場合、隠し口座への積立が行われている可能性があります。

(2)資金移動の追跡

口座間の資金移動を詳細に追跡することで、隠し口座の存在を発見できる場合があります。
既知の口座から他の金融機関への振込記録を精査します。振込先の金融機関名や支店名が記載されている場合、新たな調査対象として追加調査を実施します。
現金化の痕跡も重要な手がかりです。ATMでの多額引き出しが頻繁に行われている場合、現金での財産隠匿が疑われます。現金は追跡が困難であるため、隠匿手段として利用されやすい傾向があります。
他行への振込記録は、隠し口座発見の重要な手がかりとなります。振込先の詳細が判明すれば、その金融機関に対して調査を実施できます。
ATM利用記録の分析も有効です。通常の生活圏を離れた場所でのATMの利用は、その地域に隠し口座が存在する可能性を示唆します。

(3)使途不明金の特定

生活費との乖離を分析することで、使途不明金を特定できます。収入に対して支出が異常に少ない場合、差額が隠匿されている可能性があります。
説明困難な支出についても詳細な分析が必要です。配偶者が合理的な説明を提供できない支出は、財産隠匿の可能性が高いといえます。
家計簿や帳簿との不一致も重要な判断材料です。記録上の支出と実際の取引履歴に齟齬がある場合、意図的な隠匿が疑われます。
間接的な立証方法として、生活水準と預金残高の整合性を確認することも有効です。高い生活水準を維持しているにもかかわらず預金残高が少ない場合、隠し財産の存在が疑われます。

5 証拠固めの実務

(1)調査結果の整理

調査によって得られた情報は、時系列で整理することが重要です。隠匿行為の流れを明確にし、立証しやすい形に整理します。
金額の集計も欠かせません。発見された隠し財産の総額を正確に算出し、財産分与の対象額を確定します。複数の口座にまたがる場合は、重複計算を避けるよう注意が必要です。
証拠の分類整理により、直接証拠と間接証拠を明確に区分します。直接証拠は隠し口座の存在を直接的に証明する資料であり、間接証拠は隠匿行為を推認させる資料です。
立証可能性の評価を行い、裁判での立証に耐えうる証拠を選別します。証拠の証明力や信用性を慎重に検討し、最も効果的な立証戦略を構築します。

(2)立証戦略の構築

直接証拠と間接証拠の使い分けが重要です。隠し口座の通帳や残高証明書などの直接証拠が入手できない場合は、間接証拠を積み重ねて隠匿事実を立証します。
証人の確保も立証戦略の重要な要素です。隠匿行為を目撃した第三者や、関連事実を知る金融機関職員などから証言を得られる場合があります。
書面証拠の収集を徹底的に行います。通帳、取引明細書、郵便物、契約書など、隠匿事実を裏付ける書面証拠を可能な限り収集します。
専門家の活用も効果的です。公認会計士や税理士などの専門家による鑑定や意見書により、隠匿事実の立証を補強できます。

(3)継続調査の判断

費用対効果を慎重に検討し、追加調査の必要性を判断します。調査費用と発見可能な財産額を比較し、経済的合理性を確保します。
追加調査の必要性については、既に発見された手がかりをもとに、さらなる隠し財産の存在可能性を評価します。新たな調査対象が特定できる場合は、継続調査を検討します。
妥協点の模索も重要な判断です。完全な隠し財産の発見が困難な場合でも、一定の成果が得られていれば、その段階で調査を終了し、交渉による解決を図ることも検討すべきです。

6 調査不能の救済→弁論の全趣旨・信義則の適用など(参考)

以上のように、預貯金は巧妙に隠匿された場合、これを調査で把握するハードルは高いです。そして、最終的に金銭の所在が判明すれば、財産分与の対象とできますが、判明しない場合には「存在しない」ものとして扱うのが原則です。しかしそれでは隠匿行為を助長することになり不公平です。そこで隠匿している疑いが濃い場合には、判明していないとしても救済する、具体的には隠した財産(の全部または一部が)存在するものとみなすなどの扱いがとられることもあります。
詳しくはこちら|離婚時の財産分与における預貯金隠匿対応:持ち戻し計算や弁論の全趣旨

7 まとめ

預貯金隠匿の調査は、系統的かつ専門的なアプローチが不可欠です。取引金融機関の特定から始まり、支店の特定、口座種別の把握、隠し口座の発見、取引履歴の分析、そして証拠固めまでの各段階を丁寧に実施することが成功の鍵となります。
隠匿発見のコツは、配偶者の生活パターンや行動範囲を詳細に分析し、可能性のある隠匿場所を網羅的に調査することです。ネット銀行や地方銀行、家族名義口座など、見落としやすい隠匿手段にも十分な注意を払う必要があります。
調査の限界を理解し、現実的な範囲での成果を目指すことも重要です。完璧な隠匿発見は困難な場合も多く、得られた証拠の範囲内で最大限の財産分与を実現することを目標とすべきです。

8 参考情報

参考情報

民事証拠収集実務研究会編『民事証拠収集−相談から執行まで』勁草書房2019年p16
第一東京弁護士会業務改革委員会第8部会編『弁護士法第23条の2 照会の手引 7訂版』第一東京弁護士会2023年
森公任ほか編著『2分の1ルールだけでは解決できない 財産分与算定・処理事例集』新日本法規出版2018年p32
大賀宗夫稿『財産不明の場合における金銭債権の執行手続~財産開示手続の活用事例~』/『月報司法書士537号』日本司法書士連合会2016年11月p27

本記事では、離婚・財産分与を意識した預貯金隠匿の手法と対策について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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