【離婚・財産分与に向けた財産調査:複雑な富裕層の資産調査のポイント】
1 離婚・財産分与に向けた財産調査:複雑な富裕層の資産調査のポイント
離婚を意識する段階では、将来の財産分与に向けた相手方(配偶者)の財産の把握が重要になります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:総合ガイド(制度・手続の一覧と選択)
この点、資産が多い世帯の財産分与における調査は、一般的な財産調査とは大きく異なる特殊性を持っています。本記事では、富裕層特有の財産形態を理解し、効果的な調査技法と専門家チームの活用方法について説明します。
2 資産の多い世帯(富裕層の資産)の特殊性
純金融資産保有額が1億円以上5億円未満の世帯(富裕層)は、2023年時点で153.5万世帯、5億円以上の世帯(超富裕層)も11.8万世帯に達しています。
このような資産の規模の世帯の場合には、資産形成の過程、資産変動が特殊であったり、第三者(法人名義)へ移転されているといった特徴があります。
一般的な財産調査では預貯金や不動産の確認が中心となりますが、富裕層の場合は海外資産、複雑な法人スキーム、信託の活用など、高度な専門知識を要する調査が必要となります。調査には手間やコストがかかる傾向があります。
3 富裕層特有の財産形態
(1)複雑な資産構造
富裕層の財産は、単純な個人名義での保有ではなく、多層的な保有構造を持つことが特徴です。資産管理会社を通じた保有が一般的で、これは税制上のメリットを享受するためです。個人の最高税率55%に対し、法人税実効税率は約30%であるため、配当収入等を法人で受けることで大幅な節税効果を得ています。
また、法人と個人の資産が混在するケースも多く見られます。高級車の購入代や高級レジデンスの賃料を法人経費として処理するなど、会計ルールの範囲内で個人の支出を法人経費として計上する手法が用いられています。
信託の活用も富裕層の特徴的な資産保有形態です。特に相続対策として、信託受益権を活用した資産の実質的な移転が行われることがあり、形式的な所有者と実質的な受益者が異なる場合があります。
(2)海外資産の存在
富裕層の多くは国際的な資産分散を図っており、海外資産の保有が一般的です。オフショア法人の活用により、タックスヘイブンを利用した節税策が講じられているケースが見られます。特にシンガポール、香港、マレーシアなどのアジア諸国での法人設立が人気を集めています。
海外銀行口座の開設も富裕層の資産管理手法の一つです。国税庁は共通報告基準(CRS)情報を活用して海外資産の把握に努めていますが、CRSから免れる手法も依然として存在しているとされています。
外国不動産投資についても、円安の進行により外貨建て資産の実質的価値が増加していることから、富裕層の海外不動産投資は増加傾向にあります。これらの海外資産は、日本の調査権限が及ばないため、調査の困難性が高くなっています。
(3)事業資産との混在
富裕層の多くは事業オーナーであり、個人財産と法人財産の区別が複雑になっています。役員貸付金の存在により、実質的には個人の資産でありながら、形式的には法人の負債として計上されているケースがあります。
関連会社間取引を通じて、利益の移転や資産の実質的な移動が行われることもあります。複数の法人を設立し、それらの間での取引を通じて、税負担の最適化や資産の分散が図られています。
実質的支配の立証が重要な論点となります。株主構成や役員構成は形式的なものである場合が多く、実際の意思決定権や経済的利益の帰属先を特定するためには、詳細な調査が必要となります。
4 高度な調査技法
(1)専門機関の活用
富裕層の財産調査では、通常の弁護士や税理士による調査だけでは限界があり、資産調査専門会社の活用が不可欠となります。これらの専門会社は、国際的な調査ネットワークを有しており、海外の現地調査機関との連携により、日本国内では入手困難な情報の収集が可能です。
フォレンジック会計士の活用も重要な要素です。フォレンジック会計士は、公認フォレンジック会計士(CFA)や公認不正検査士(CFE)などの資格を有し、財産の流れを詳細に分析する専門技術を持っています。特に複雑な会計処理や資金移動の痕跡を追跡する際には、その専門性が威力を発揮します。
金融機関調査についても、高度な専門性が要求されます。弁護士会照会を活用した銀行への情報開示請求では、適切な照会先の特定と効果的な照会文書の作成が成功の鍵となります。
(2)国際的な調査
海外資産の調査には、各国の法的制約を理解した上でのアプローチが必要です。国際司法共助の活用も可能ですが、手続きが複雑で時間を要するため、緊急性のある財産分与調査には適さない場合があります。
現地弁護士との連携が不可欠となります。各国の法制度や商慣行を理解した現地の専門家との協力により、効率的な情報収集が可能となります。ただし、現地弁護士の費用は日本の弁護士費用よりも高額になることが多いです。
情報収集の困難性については十分な認識が必要です。プライバシー保護の強化により、金融機関からの情報開示が困難になっているケースが増えており、調査の成功率や期間について現実的な期待値設定が重要となります。
(3)税務資料の分析
確定申告書の詳細分析は、富裕層の資産全体像を把握する上で重要な手がかりとなります。所得の種類や金額から、保有資産の推定が可能であり、申告されていない所得の存在を示唆する情報を発見できることがあります。
法人税申告書の検討も欠かせません。資産管理会社や関連法人の申告書から、個人に帰属する実質的な資産を特定することができます。役員報酬や配当金の支払い状況、法人が保有する資産の内容等が重要な調査ポイントとなります。
過去に相続により遺産を承継しているケースでは、相続税申告書の活用により、過去の資産状況や資産移転の履歴を把握することができます。相続時精算課税制度の利用があれば、生前贈与が判明することもあります。このような情報から、現在の資産構成を推定することが可能です。
5 法人・信託の調査
(1)実質的支配の立証
株主構成の調査では、形式的な株主と実質的な株主の違いを明らかにする必要があります。名義株主を立てているケースや、複数の法人を介した間接的な支配構造を解明することが重要です。登記情報の取得や株主名簿の確認だけでは不十分な場合が多く、より深い調査が必要となります。
役員(取締役)の関係についても詳細な調査が必要です。形式的には第三者が役員に就任していても、実質的には被調査者が意思決定を行っているケースがあります。役員報酬の支払い状況や、実際の業務への関与度等を調査することで、実質的支配関係を立証することができます。
議決権の実質的行使状況の調査では、株主総会議事録や取締役会議事録の分析が重要となります。また、委任状の授受や議決権行使指示書等の文書により、実際の意思決定者を特定することができます。
(2)複雑なスキームの解明
多重法人構造の分析では、持株会社や中間持株会社を通じた複雑な支配構造を解明する必要があります。各法人の事業内容、役員構成、株主構成を詳細に調査し、資金や利益の流れを追跡することで、最終的な受益者を特定します。
信託受益権の追跡については、信託契約書の内容分析が不可欠です。受託者、委託者、受益者の関係を正確に把握し、信託財産の実質的な帰属先を明らかにする必要があります。特に後継ぎ遺贈型受益者連続信託等の複雑なスキームでは、専門的な法的知識が要求されます。
匿名組合の実態調査では、匿名組合契約書の分析により、営業者と匿名組合員の関係を明らかにします。匿名組合を通じた投資スキームでは、実質的な投資者と形式的な投資者が異なる場合があり、慎重な調査が必要です。
(3)専門家チームの編成
弁護士・会計士の連携により、法的側面と会計的側面の両方から調査を進めることができます。弁護士は弁護士会照会等の法的手段を活用し、会計士は財務データの分析や税務的観点からの検討を担当します。
不動産鑑定士の活用により、不動産の適正な評価額を把握することができます。特に非上場株式の評価において、会社が保有する不動産の時価評価は重要な要素となります。
税理士による分析では、税務申告書の詳細な検討により、申告されていない所得や資産の存在を推定することができます。また、税務調査の結果等の情報も、財産調査において有用な手がかりとなります。
6 実務上の注意点
(1)高額な調査費用
専門機関の費用相場については、事前に十分な説明と合意が必要です。資産調査専門会社への依頼費用は月額50万円から200万円程度、フォレンジック会計士の費用は時間単価5万円から10万円程度が一般的です。調査期間が長期にわたる場合、総額で数百万円から1000万円を超える費用となることもあります。
国際調査の追加費用については、現地調査機関の費用、現地弁護士の費用、翻訳費用等が発生します。海外出張が必要な場合の旅費・宿泊費も相当な金額となります。これらの費用は事前の見積もりが困難な場合が多く、上限額の設定等の工夫が必要です。
費用対効果の検討では、調査により発見が期待される財産の価額と調査費用を比較検討する必要があります。調査費用が財産分与額を上回ってしまっては意味がないため、段階的な調査の実施や優先順位の設定が重要となります。
(2)機密保持の重要性
情報漏洩のリスクについては、特に慎重な対応が必要です。富裕層の財産情報は機密性が極めて高く、情報が漏洩した場合の損害は計り知れません。調査を依頼する専門機関との間では、厳格な秘密保持契約の締結が不可欠です。
守秘義務の徹底により、調査に関わる全ての関係者に対して守秘義務を課す必要があります。調査報告書等の文書管理についても、適切な保管方法と廃棄手続きを定めておくことが重要です。
セキュリティ対策として、電子データの暗号化、アクセス権限の制限、調査拠点のセキュリティ確保等の措置が必要です。特に海外調査においては、現地でのセキュリティリスクについても十分な配慮が必要となります。
(3)戦略的アプローチ
段階的な調査計画により、効率的で効果的な調査を実施することができます。まず基本的な財産調査から開始し、その結果を踏まえて詳細調査の範囲を決定するアプローチが有効です。
優先順位の設定では、発見可能性の高い財産から調査を開始し、限られた予算と時間を効率的に活用します。また、調停や審判の進行状況に応じて、調査の重点を調整することも重要です。
タイミングの選択について、財産隠匿の可能性がある場合は迅速な調査が必要ですが、一方で十分な準備期間を確保することも調査の成功には重要です。相手方の動向を見極めながら、最適なタイミングで調査を実施する戦略が求められます。
7 まとめ
富裕層の財産分与調査は、その複雑性と特殊性により、一般的な財産調査とは大きく異なるアプローチが必要となります。多層的な資産構造、海外資産の存在、法人・信託を通じた資産保有等、富裕層特有の財産形態を理解した上で、適切な調査手法を選択することが重要です。
本記事では、離婚・財産分与に向けた富裕層の資産調査について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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