【離婚・財産分与に向けた財産調査:退職金の調査方法】
1 離婚・財産分与に向けた財産調査:退職金の調査方法
離婚を意識する段階では、将来の財産分与に向けた相手方(配偶者)の財産の把握が重要になります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:総合ガイド(制度・手続の一覧と選択)
この点、財産分与では、将来の退職金も清算の対象に入ることがあります。
詳しくはこちら|将来の退職金の財産分与
退職金は高額財産として位置づけられることが多く、特に長期勤続者や公務員の場合には数千万円に及ぶケースも珍しくありません。しかし、退職金の調査は他の財産とは異なる特殊性と困難さを伴います。
本記事では、退職金制度の確認方法から見込額の調査、財産分与対象性の判断、評価と分与方法まで、実務で必要となる具体的な手順と注意点について段階的に詳しく説明します。
2 退職金制度の確認方法
(1)就業規則の確認
最初に、従業員自身が退職金の確認をする方法を説明します。
退職金調査の第一歩は、勤務先における退職金制度の存在の確認です。就業規則は労働基準法により従業員への周知が義務付けられており、退職金制度がある場合には必ず記載されています。
就業規則では退職金制度の有無、支給対象者の範囲、基本的な支給条件を確認することができます。多くの企業では「勤続3年以上の正社員」など、具体的な受給要件が定められています。また、計算方法の概要についても基本的な枠組みが示されていることが一般的です。
まず、従業員が就業規則を確認、把握することは可能です。労働基準法第106条により、使用者は従業員が随時閲覧できる状態にしておく義務があるのです。ただし、離婚を検討していることを勤務先に知られたくない場合など、配慮が必要な状況もあります。
(2)退職金規程の入手
多くの企業では、就業規則とは別に詳細な退職金規程を定めており、具体的な計算式や支給条件がより明確に記載されています。そこで、就業規則を把握(確認)した後に退職金規程を確認する必要があります。
退職金規程の入手ルートとしては、人事部門への直接的な問い合わせが考えられますが、離婚手続きを進めていることが職場に知られる可能性もあります。そのため、配偶者との関係性や職場の状況を慎重に考慮した上で、最適な方法を選択する必要があります。
また、退職金規程は制度改正により変更される場合があるため、可能な限り最新版を入手することが重要です。過去の変更履歴についても確認し、制度変更が財産分与に与える影響を検討する必要があります。退職金規程の内容については秘密保持に配慮し、必要以上に外部に漏洩しないよう注意を払うことも大切です。
(3)支給条件の把握
退職金規程を入手できた場合、支給条件の詳細な把握が必要となります。勤続年数要件については、多くの企業で最低勤続年数が設定されており、この要件を満たさない場合には退職金の支給対象とならない場合があります。
退職事由による支給額の違いも重要なポイントです。定年退職、会社都合退職、自己都合退職では支給率が大きく異なることが一般的であり、財産分与の評価においてどの退職事由を前提とするかが重要な争点となります。
支給時期の確認も欠かせません。退職時一括払いが原則ですが、企業によっては分割払いや据置期間を設けている場合もあります。また、懲戒解雇などの例外規定についても確認し、将来的なリスク要因を把握しておくことが重要です。
3 退職金見込額の調査
(1)会社への照会方法
退職金見込額の調査において、最も直接的な方法は従業員本人による勤務先への「退職金見込額」の照会です。多くの企業では、従業員からの問い合わせに対して退職金見込額証明書の発行に応じています。照会時には、照会目的を適切に説明し、必要な書類を準備することが重要です。
企業によっては退職金見込額の開示を拒否する場合もあります。このような場合には、就業規則、退職金規程から退職金見込額の計算をする必要があります(前述)。
(2)調査嘱託の活用
次に、従業員本人が以上のような勤務先への照会などをしない場合に、他方の配偶者がとる手段を説明します。
裁判手続きにおいては、調査嘱託制度を活用して退職金見込額を調査することが可能です。調査嘱託は、裁判所が第三者に対して事実の調査を嘱託する制度であり、一般的な照会よりも高い回答率が期待できます。
調査嘱託の申立てには、証明すべき事実と調査の必要性を具体的に主張する必要があります。また、調査対象となる会社名や部署を特定し、調査項目を明確にすることが求められます。裁判所は調査の必要性と相当性を判断した上で、調査嘱託を採用するかどうかを決定します。
ただし、裁判所から勤務先への照会をすること自体が従業員に事実上不利益となることも考えられるため、裁判所の採用の判断では、ある程度慎重に吟味される傾向もあります。
(3)計算方法の確認
退職金の計算方法は企業により大きく異なるため、具体的な算定方式の確認が不可欠です。
基本給連動型では、退職時の基本給に勤続年数別の支給率を乗じて計算されます。この方式では、昇進昇格による基本給の変動が退職金額に直接影響するため、将来の見込額算定において注意が必要です。
別テーブル型では、基本給とは独立した退職金算定基礎額が設定されており、より安定した見込額の算定が可能です。
ポイント制を採用している企業では、年々蓄積されるポイントに基づいて退職金が算定されるため、過去のポイント蓄積状況と将来の予測が重要となります。
複合型の制度を採用している企業では、複数の要素を組み合わせて退職金が算定されるため、より複雑な計算が必要となります。
いずれの方式においても、制度変更のリスクや企業の財務状況による影響を考慮した慎重な評価が求められます。
4 財産分与対象性、評価や分与方法(参考)
(1)支給蓋然性の評価
将来支給される退職金が財産分与の対象となるかは、支給蓋然性の評価が重要な判断基準となります。ただし、近年の実務では、支給蓋然性について以前より緩やかに解される傾向があります。
(2)特有財産との区別
退職金の賃金後払い的性格により、財産分与の対象となるのは婚姻期間中に形成された部分に限定されます。婚姻前の勤務期間に対応する部分は特有財産として除外され、財産分与の対象とはなりません。そこで、期間に応じた按分計算を使う方法や、婚姻時と基準時(後述)の2時点における退職金見込額の差額を使う方法などがあります。
(3)評価と分与方法
退職金の財産分与では、別居時を基準として自己都合退職と仮定した金額で評価します。支払いは原則即時ですが、支払能力不足の場合は退職時支払いも認められます。実務上は高額による支払困難、退職時期の不確定性、制度変更リスクが主な問題点となります。将来支払いの場合は、退職金減額や制度変更時の処理方法を事前に明確化し、適切な保全措置を講じることが重要です。
5 まとめ
退職金の財産分与調査は、制度の確認から見込額の調査まで、複雑な手続きを要します。各段階において、法的知識と実務経験に基づいた適切な判断が必要となります。
特に重要なポイントとして、勤務先への調査が配偶者に与える影響を慎重に考慮することが挙げられます。調査嘱託の申立てなどは配偶者の職場での立場に影響を与える可能性があるため、その必要性と相当性を十分に検討した上で実施する必要があります。
専門家の活用は退職金調査において極めて重要です。退職金制度の多様性や評価方法の複雑さを考慮すると、弁護士などの専門家による助言なしに適切な調査を行うことは困難です。特に高額な退職金が見込まれる場合には、専門家への相談を強く推奨いたします。
退職金は他の財産との総合的な考慮の中で分与方法を決定することも重要です。預貯金や不動産など他の財産の状況を踏まえ、全体としてバランスの取れた財産分与となるよう配慮することが求められます。
6 参考情報
参考情報
森公任ほか編著『2分の1ルールだけでは解決できない 財産分与算定・処理事例集』新日本法規出版2018年p32
本記事では、離婚・財産分与に向けた退職金の調査方法について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与など、離婚(夫婦)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
多額の資金をめぐる離婚の実務ケーススタディ
財産分与・婚姻費用・養育費の高額算定表

2021年10月発売 / 収録時間:各巻60分
相続や離婚でもめる原因となる隠し財産の調査手法を紹介。調査する財産と入手経路を一覧表にまとめ、網羅解説。「ここに財産があるはず」という閃き、調査嘱託採用までのハードルの乗り越え方は、経験豊富な講師だから話せるノウハウです。