【離婚・財産分与に向けた財産調査:裁判所を通じた証拠収集手続】
1 離婚・財産分与に向けた財産調査:裁判所を通じた証拠収集手続
離婚を意識する段階では、将来の財産分与に向けた相手方(配偶者)の財産の把握が重要になります。
詳しくはこちら|離婚・財産分与に向けた財産調査:総合ガイド(制度・手続の一覧と選択)
相手方(配偶者)の財産の調査方法の1つとして調査嘱託、文書送付嘱託、提訴前証拠収集処分といった、裁判所を通した調査(証拠収集)があります。
本記事では、これらの手続について、それぞれの要件、活用方法、限界を詳しく説明します。
2 調査嘱託の実務
調査嘱託は民事訴訟法186条を根拠とする制度で、裁判所が官庁その他の団体に対して必要な調査を嘱託し、回答を求めるという制度です。裁判上の証拠収集手段として最も使用頻度が高い手続きです。
(1)申立ての要件・手続き
調査嘱託を利用するためには、裁判所に調停、審判、裁判が係属していることが前提条件となります。この訴訟係属要件を満たさない限り、調査嘱託の申立てはできません。
申立て書には、証明すべき事実、嘱託先、嘱託すべき調査事項を明確に記載する必要があります。裁判所は申立てを受けて相手方の意見を聞き、調査嘱託の採否を決定します。採否については、裁判期日で口頭により決定される場合と、期日外で決定書が作成される場合があります。
申立てに際しては、必要な疎明資料として、調査の必要性と相当性を示す証拠を提出することが求められます。単なる憶測や希望的観測に基づく申立てでは採用されず、具体的な根拠を示すことが重要です。
(2)金融機関の支店特定の方法
調査嘱託では、配偶者の財産があると推測される金融機関等に対し、財産の有無及び額の回答を求めますが、銀行であれば支店まで特定して申し立てる必要があります。「どこかの銀行にあるはず」といった漠然とした申立ては認められません。
事前調査として、給与振込先銀行、居住地周辺の金融機関、過去の取引履歴等から支店を特定する作業が不可欠です。配偶者の職場、自宅住所、過去の住所等を手がかりに、利用している可能性の高い支店を絞り込む必要があります。
推測に基づく申立てには限界があるため、確実性の高い情報に基づいて支店を特定することが重要です。複数の支店に対して同時に申立てを行うことも可能ですが、その場合は各支店について個別に根拠を示す必要があります。
(3)取引履歴請求の範囲
預貯金に対する調査嘱託は、基準時の残高に限って認められるのが原則です。しかし、別居前後に多額の資金移動等があることも想定されるため、基準時を含むある程度の期間にわたる取引明細を請求するのが適切です。
財産隠しが明らかであるといった特別な事情がある場合でも、基準時前1、2年程度の履歴について嘱託するというのが限度とされています。婚姻時から別居時までの取引明細全てといった包括的な申立ては探索的であるとして、特別な事情の無い限りは採用されません。
裁判所から期間を絞るよう指示される場合が多いため、申立て時から適切な期間設定を心がけることが重要です。必要最小限の期間に絞って申立てを行い、追加で必要となった場合は再度申立てを検討する戦略が有効です。
(4)職場調査の注意点
配偶者の社内預金・退職金等が不明な場合には、職場に対する調査嘱託を申し立てることになりますが、慎重な検討が必要です。申立て自体が配偶者に事実上不利益となることも考えられるため、採用の要否はある程度慎重に吟味されることとなります。
職場調査は配偶者の雇用関係に影響を与える可能性があり、結果として財産分与額が減少するリスクも含んでいます。そのため、他の手段による調査の可能性を十分に検討した上で、最終手段として位置づけるべきです。
申立てに際しては、職場調査の必要性と他手段では情報取得が困難である理由を具体的に疎明し、配偶者への不利益を最小限に抑える配慮を示すことが求められます。
3 文書送付嘱託
文書送付嘱託は民事訴訟法226条を根拠とする制度で、調査嘱託とは異なる特徴を持つ重要な証拠収集手段です。文書の所持者に対して、その文書の送付を裁判所が嘱託する手続きとなります。
(1)調査嘱託との違い
文書送付嘱託と調査嘱託の最も大きな違いは、手続きの性質と対象にあります。調査嘱託が裁判所による調査の嘱託であるのに対し、文書送付嘱託は既存文書の送付を求める手続きです。
手続きの相違点として、文書送付嘱託では申立て書に文書の表示、文書の所持者、証明すべき事実を記載する必要があります。また、当事者が法令の規定に基づき文書の正本又は謄本の交付を求めることができる場合は、文書送付嘱託の申立てはできません。
使い分けの判断基準は、既存の特定文書の取得が目的か、新たな調査による情報取得が目的かという点です。特定の文書が存在することが明らかな場合は文書送付嘱託が、調査により情報を取得する場合は調査嘱託が適切です。
(2)活用場面と効果
文書送付嘱託の最大の効果は、裁判所経由の権威性にあります。特段の事情がない限り、嘱託先(照会先)はすんなり文書を提出してくれることが多く、回答率の向上が期待できます。
弁護士会照会と比較すると、裁判所を経由することで第三者の協力を得やすくなります。金融機関等が申立人からの照会には応じないが、裁判所を通した嘱託であればそれに応じる蓋然性が認められるような場合に特に有効です。
財産分与事件では、保険契約関係書類、不動産関係書類、株式関係書類等の取得に活用されることが多く、確実な証拠収集手段として位置づけられています。
(3)実務上の工夫
効果的な申立て戦略として、文書の特定を可能な限り具体的に行うことが重要です。曖昧な表示では嘱託先が特定困難となり、回答を得られない可能性があります。
申立て理由の記載では、当該文書が財産分与の算定に必要不可欠である理由を具体的に説明し、裁判所の心証を良好に保つことが大切です。形式的な理由ではなく、実質的な必要性を示すことが採用につながります。
継続的なフォローとして、嘱託後の進捗状況を適宜確認し、必要に応じて追加の説明や補完的な申立てを検討することも重要な戦略の一つです。
4 提訴前証拠収集処分
提訴前証拠収集処分は民事訴訟法132条の4を根拠とする制度で、訴訟提起前に必要な証拠を収集することができる画期的な手続きです。財産分与の審理の長期化への対応として有効活用できる制度として位置づけられています。
(1)制度の概要と要件
この制度は平成15年の民事訴訟法改正により導入されたもので、訴えを提起しようとする者が、訴訟で必要となる証拠について、裁判所に証拠収集の処分を申し立てることができます。文書送付嘱託、調査嘱託、専門家の意見陳述の嘱託、執行官による現況調査等の処分が可能です。
申立ての要件として、まず提訴予告通知を書面で送付する必要があります。その後、提訴予告通知を送付した日から4か月以内に、訴えが提起された場合の立証に必要であることが明らかな証拠について申立てを行います。
申立て要件の詳細として、提訴後に立証することの必要性が明らかであること、申立人が自ら証拠を収集することが困難であること、という2つの要件を疎明する必要があります。これらの要件を満たしていても相当でないと認められるときは処分されない場合があります。
詳しくはこちら|提訴前証拠収集処分(民事訴訟法132条の4)の総合ガイド
(2)活用のメリット
最大のメリットは、金融機関の回答率アップです。裁判所による照会なので、紹介先の協力を得やすくなります。弁護士会照会では回答を得られない場合でも、裁判所の権威を背景とする本手続きであれば回答を得られる可能性が高まります。
(3)申立て戦略
提訴は不要ですが、提訴予告通知と裁判所への申立をして、裁判所が要件を認めることが必要です。特に重要なことは、照会の必要性の立証です。なぜその証拠が訴訟において必要不可欠なのか、なぜ申立人自身では収集困難なのかを具体的に疎明します。抽象的な説明では要件を満たさないため、事実関係に基づく詳細な説明が求められます。
効率的な手続き進行のため、複数の証拠収集処分を同時に申し立てることも可能です。ただし、それぞれについて個別に要件を満たす必要があるため、綿密な準備が不可欠です。
5 まとめ
裁判所を通じた財産調査手続きは、それぞれ異なる特徴と適用場面を持っています。調査嘱託は訴訟係属中の最も基本的な手続きであり、文書送付嘱託は特定文書の取得に特化した制度です。提訴前証拠収集処分は訴訟前の準備段階で活用できる手続きです。
各手続きの使い分けにおいては、事案の性質、証拠の種類、手続きの段階等を総合的に考慮することが重要です。単独での利用ではなく、複数の手続きを組み合わせることで、より効果的な財産調査が可能となります。
裁判所系手続きの有効性(回答率)は、弁護士会照会と比較して格段に高く、第三者の協力を得やすいという点にあります。しかし、それぞれに固有の要件と限界があるため、適切な手続き選択と綿密な準備が成功の鍵となります。
6 参考情報
参考情報
岡口基一著『要件事実マニュアル5 第5版』ぎょうせい2017年p151
大坪和敏稿『訴えの提起前における証拠収集の処分等』/『LIBRA8巻10号』東京弁護士会2008年10月p16
秋山幹男ほか著『コンメンタール民事訴訟法Ⅱ 第3版』日本評論社2012年p677
高橋宏志著『重点講義民事訴訟法(下) 第2版補訂版』有斐閣2014年p73
本記事では、離婚・財産分与に向けた財産調査のうち、裁判所を通じた証拠収集手続について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与など、離婚(夫婦)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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