【離婚時の財産分与における預貯金隠匿対応:持ち戻し計算や弁論の全趣旨】

1 離婚時の財産分与における預貯金隠匿対応:持ち戻し計算や弁論の全趣旨

夫婦が離婚する際に、財産分与として財産の清算をします。
詳しくはこちら|離婚時の財産分与の総合ガイド(法的理論・手続・実務上の問題の全体像)
この点、夫婦の関係が悪化した段階で、夫婦の一方が財産を隠そうとするケースは実務でよくみられます。
詳しくはこちら|財産分与の手続(審判・離婚訴訟)における財産の開示拒否への対応
財産隠しの中でも、預貯金を隠すケースは特に多いです。本記事では、預貯金隠匿の典型例や法的対応を説明します。

2 預貯金隠匿の典型パターン

最初に、典型的な預貯金の隠匿のパターンを説明します。パターンを理解することで、隠匿の発見や予防に役立ちます。

(1)別居直前の高額引出し

最も典型的なのは、別居や離婚の話が出た直後に、一方の配偶者が高額の預貯金を引き出すケースです。例えば、夫が妻に離婚の希望を打ち明けた後、夫名義の預金口座から複数回に分けて合計1000万円を超える引出しを行ったというケースがありました。

(2)名義変更による隠匿

預貯金口座の名義を変えて財産を隠す方法もあります。正確には、子供名義、親族名義、旧姓名義などに預貯金を移し替えるという行為です。

(3)現金化による隠匿

預貯金を現金化して自宅や貸金庫に保管するケースもあります。取引履歴から突然高額の現金引出しが見られるにもかかわらず、その使途が明確に説明できない、という形で判明することがあります。

(4)複数口座への分散

引き出した預貯金をそのまま別の口座に入れておくと移動したことがハッキリするので、それを避けて複数の口座に分散して預け入れるケースも少なくありません。

(5)分かりにくい資産に変える手法

近年では、ネット銀行など通帳が物理的に存在しない銀行口座の利用や、暗号資産(仮想通貨)への換金なども増加しています。これらは(他の資産よりは)発見しにくいですが、取引履歴の徹底的な調査によって判明することがあります。

3 法的対応の2つのアプローチ

預貯金隠匿の問題の法的扱いは、大きく2つのパターンに分けられます。「持ち出し型」と「開示拒否型」です。それぞれ事案の性質が異なるため、法的な対応方法も異なります。

(1)持ち出し型→持ち戻し

持ち出し型とは、別居時やその前後に、夫婦の一方が預貯金を物理的に引き出したり移動させたりするケースです。この場合の法的対応として「持ち戻し」という方法が適用されます。
持ち戻しの概念は、持ち出された財産も婚姻中に形成された夫婦共有財産として扱い、最終的な財産分与で清算するという考え方です。具体的には、財産分与の対象となる財産の総額に持ち出された財産の価額を加算し、持ち出した側は既にその財産を取得済みとして扱います。
持ち戻しの適用条件は、別居時に夫婦の一方が持ち出した財産であること、持ち出し財産が具体的に特定できること、当該財産が夫婦共有財産であること、です。
また、多額の預貯金引出し、使途に関する合理的説明の欠如、不自然な金融取引といった事情があると、持ち出しとして扱われる(持ち戻しの適用をする)傾向が強くなります。
なお、持ち出した財産の額が分与相当額を超過している場合は、差額を相手方に分与するよう命じられることもあります。これは「マイナス分与」と呼ばれる状況です。
詳しくはこちら|夫婦の一方が別居時に財産を持ち出したケース:財産分与への影響

(2)開示拒否型→弁論の全趣旨・証明度軽減・割合的認定

開示拒否型とは、財産分与手続(調停・審判・訴訟)の進行中に、相手方の請求に対して預貯金に関する情報や資料の開示を拒むことです。この場合、裁判所は以下のような対応を取ることがあります。
まず、弁論の全趣旨の活用があります。正当な理由なく資産の開示を拒む場合、裁判所は弁論の全趣旨によって、財産分与を申し立てた側の主張が真実であるとみなして判断することがあります。つまり、「相手が100万円の預金を持っている」という主張に対して、相手が開示を拒否した場合、裁判所はその主張を真実として扱う可能性があります。
また、証明度の軽減も重要な対応です。通常、財産の存在は申立人が証明する必要がありますが、相手方が資料提出に協力しない場合には、立証の負担を緩和することがあります。これにより、通常なら証明が難しい状況でも、預金の存在が認められやすくなります。
さらに、割合的認定という手法もあります。例えば、「100万円の引き出し」があった場合に、裁判所が「心証度6割程度」と判断して「60万円」を別居日に保持していると認定するケースがあります。全額が隠匿されているとは断定できなくても、一定割合が隠されていると推認する方法です。
詳しくはこちら|財産分与の手続(審判・離婚訴訟)における財産の開示拒否への対応

4 代表的な裁判例

(1)持ち出し型の裁判例

持ち出し型の代表的な裁判例としては、東京高判平成7年4月27日があります。この事例では、妻がゴルフ会員権証書や債券類合計3610万円相当を持ち出しました。裁判所はこの金額の「持ち戻し」をしました。具体的には、妻の分与相当額2510万円を上回る1100万円について、妻から夫への分与を命じました。
また、大阪地判昭和62年11月16日は、妻が別居直後に妻名義と夫名義の預金合計573万円を持ち出したケースです。裁判所は持ち出した預貯金を財産分与として妻の取得分に算入しました。
詳しくはこちら|夫婦の一方が別居時に財産を持ち出したケース:財産分与への影響

(2)開示拒否型の裁判例

開示拒否型の代表的な裁判例としては、大阪高決令和3年1月13日(家庭の法と裁判38号64頁)があります。この事案では、元夫が預金口座の開示を拒否し、調査嘱託にも同意しなかったため、金融機関は預金口座の取引履歴に関する調査嘱託に応じませんでした。
結論として裁判所は、元妻による推定計算の金額440万円を採用しました。実際には預金残高は168万円余りでしたが、裁判所は開示拒否の態度が信義則違反であると指摘して、(実際の金額ではない)推定計算の金額を採用したのです。
詳しくはこちら|財産分与の手続(審判・離婚訴訟)における財産の開示拒否への対応

5 実務的対応策

(1)隠匿を疑われる側の注意点

預貯金隠匿を疑われないためには、いくつかの注意点があります。まず、生活に必要な範囲内の財産管理を心がけることが重要です。過度な持ち出しは後の財産分与で計算上戻すことになる可能性があります。
また、財産の使途を記録として残し、生活費として使用した場合は証明できる資料を保存しておくことが大切です。つまり支出として適正である、ということを証明できるようにしておくのです。

(2)隠匿された側の証拠収集

預貯金を隠された側は、まず持ち出し財産の具体的特定と証拠収集に努める必要があります。通帳のコピーや有価証券の記録、動産の写真などを可能な限り保存しておくことが重要です。
特に、別居の可能性が高まった段階では、財産状況を詳細に記録しておくことをお勧めします。
また、弁護士会照会制度を活用することも効果的です。この制度は弁護士法第23条の2に基づくもので、金融機関名や支店名が分かれば、金融機関に情報開示を依頼できます。
さらに、裁判所を通した手段も有用です。調査嘱託は裁判所から金融機関等に対して預金口座の有無や残高などの情報開示を求める制度です。裁判所からの照会ということで回答されるのが通常ですが、調停や裁判などの手続きが始まっていることが前提です。

本記事では、離婚時の財産分与における預貯金隠匿問題について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に財産分与など、離婚(夫婦)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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