1 小説『黒革の手帖』の中の法律相談のリアリティ
2 店舗経営権の売買契約の高額な違約金(事案)
3 ノウハウの少ない弁護士のアドバイス
4 ノウハウの多い弁護士のアドバイス
5 法律相談における弁護士の説明内容の類型化
6 法的アドバイスに必要な判例知識のリアリティ
7 2017年7月『黒革の手帖』テレビドラマ化

1 小説『黒革の手帖』の中の法律相談のリアリティ

契約は原則として当時者を拘束しますが,内容によっては無効となることもあります。
有効か無効かについて,見解が食い違った場合や,経済的な事情で支払(履行)がなされない場合はトラブルとなります。
ところで,トラブルを解決することや,解決の可能性や方法をアドバイスすることは弁護士のサービスです。法律上独占が認められている弁護士の本質的なサービスです。
弁護士のノウハウによって,選択する解決方法が変わり,結果も大きく違ってきます。
分かりやすい具体例が松本清張氏の小説『黒革の手帖』の中で登場していますので,紹介します。
なお,小説中では口語(用語が簡略化)されていますが,本記事では法律的な用語に置き換えています。

<紹介する小説(参考文献)>

松本清張『黒革の手帖(下)』新潮社1982年
p254〜262

2 店舗経営権の売買契約の高額な違約金(事案)

まず,背景ですが,要するに飲食店『カルネ(甲)』を経営するママ元子が,この店舗を売却し,別の店『ルダン(乙)』を購入する,という状況が設定されています。
法的なトラブルにありがちなことですが,後から考えると常識を外れている・法外な内容が含まれる契約でした。

<店舗経営権の売買契約の高額な違約金(事案)>

あ 店舗経営権の売買契約

Aは賃借している建物で飲食業を行っている
AはBから店舗乙の経営権を購入する契約を締結した
売買代金=2億円
手付金=4000万円(支払済)
違約金=4000万円

い 債務不履行の状態

Aは代金残額の支払ができない状況である

う Aの資産

預金=約1000万円
売却予定の店舗甲の経営権=約1800万円

もちろん,このとおりに取引が完了すれば問題ありませんでした。
しかし,想定外の状況によりこのとおりに履行することができなくなります。
トラブルにならないと小説として成り立ちません。
しかし現実のトラブルも同じように想定外のことに対応していない契約条項が原因となることはよくあります。

3 ノウハウの少ない弁護士のアドバイス

ここで,小説では,弁護士のアドバイスの描写に移ります。
まずは『イソ弁』という懐かしい言葉の説明とともに,ノウハウが少ないという設定の弁護士が相談者にアドバイスを提供します。
小説では,この契約の不合理さについての,相談者の不安と不満な心境がうまく描写されています。このような面白さは原作にあたっていただきたいと思います。
ここでは法的なアドバイス内容をまとめます。

<ノウハウの少ない弁護士のアドバイス>

あ 合意の有効性

違約金の合意は有効である
詐欺ではないので取消はできない
違約金の支払義務がある

い 解決手続のアドバイス

調停の申立をする方法がある
早期に交渉して示談をする方法を勧める
違約金を3000万円か2000万円まで下げることを目指す

相談者は非常に憤るとともに落胆します。しかしこれはフリに過ぎません。

4 ノウハウの多い弁護士のアドバイス

次に,同じ事務所の別の弁護士が改めてアドバイスをします。
このやりとりの描写も面白いのですが,ここでは細かい描写は省略して法的なアドバイスだけを整理します。

<ノウハウの多い弁護士のアドバイス>

あ 交渉の結果の目安

違約金を1000万円にする示談を目指す

い 任意には応じない作戦

もっと良い方法がある
手付金2000万円+違約金2000万円を支払済という主張をする
Bが債務不履行の訴訟を提起するように仕向ける
2年はかかるので,その間営業を続けられる

う 仮差押への対策

Bが仮差押をすることが考えられる
ア 店舗の敷金(保証金)
敷金の差押によって賃貸借契約の解除はできない
→営業を続けられる
イ 預貯金
予めかくしておく
=(仮)差押ができないようにしておく

相談者は目指す金額が一気に1000万円下がったことに非常に驚いています。
さらに,想定される法的な手続と,これに要する時間と執行(差押)される可能性も指摘しています。
要するに,当面は何もしない作戦でいれば,当面は店舗営業も継続できるし,預貯金の仮差押もそう簡単にはできない(させない)という結論となっています。
相談者は落胆した気持ちから救われ『X弁護士の教えは,さすがに若手のY弁護士とは雲泥の違いだった』と思うに至っています。

5 法律相談における弁護士の説明内容の類型化

法律相談としてアドバイスを提供する立場から以上のシーンを見ると,いろいろな意味で興味深いです。
弁護士によってアドバイス内容が違うことはリアルの世界と同じです。
その後弁護士に解決手続を依頼した場合は,結果に大きな違いが出るということです。
アドバイスの違いは弁護士のノウハウの違いから生まれているといえます。
ここはもっと詳しく,類型的に整理できます。
少なくとも当事務所では,法律相談で回答する情報の類型化をしています。

<法律相談で回答する情報(内容)>

あ 実体法上の効果(権利・義務)

例=詐欺や錯誤などの事情はない
→違約金支払義務が発生する

い 証拠の評価

例=契約書への署名・押印がある
→契約の成立はほぼ100%認められる

う 執行可能性

差押が可能か・される可能性はどの程度かということ
→想定される(仮)差押の対象財産と差押がされた場合の結果

実は,想定される(仮)差押やその結果は,(少なくとも当事務所では)法律相談での標準的なアドバイス内容に含まれているのです。

6 法的アドバイスに必要な判例知識のリアリティ

ところで,想定される差押に関するアドバイスの前提として,法律の条文や判例の知識は必要不可欠です。
この小説のケースでは,敷金(小説中では『権利金』と表現されている)の差押がされても賃貸借契約は解除されない,という昭和43年の判例が使われています。
詳しくはこちら|賃借人の破産や差押によって解除する特約は無効である
詳しくはこちら|敷金(保証金)の差押がされてもすぐには敷金返還・退去しなくてよい
小説では昭和43年の判例についてまでは記述がないですが,弁護士のアドバイスの前提となっていると思われます。
以上のように,法律相談としての弁護士のアドバイスの内容としても,またアドバイスの法律的な内容も十分にしっかりしています。
そのような意味で興味深いものとして紹介しました。

7 2017年7月『黒革の手帖』テレビドラマ化

この小説『黒革の手帖』は,大ヒット作で,繰り返しテレビドラマ化が行われています。
直近は2017年7月にスタートのものがありますので併せて紹介します。

<2017年7月『黒革の手帖』テレビドラマ化>

テレビ朝日
木曜ドラマ・黒革の手帖
2017年7月20日スタート
主演=武井咲氏
原作=松本清張氏
外部サイト|テレビ朝日|黒革の手帖