【不慣れな弁護士のミス→賠償責任|守秘義務違反・情報漏洩編】

1 裁判資料を依頼者に無断で相手に渡した→刑事訴訟記録だから責任なし
2 『依頼者が任せた者』とだけ打ち合わせをしていた
3 セカンドオピニオンの要請→依頼中の弁護士に問い合わせをした
4 解任されたことを『紹介者』に説明し,資料も見せたケース
5 依頼者の職場に依頼業務の連絡をFAX送信したケース
6 刑事事件の被害者の情報漏洩|弁護士の賠償責任
7 依頼者との婚約→破局→受任内容開示+提訴

弁護士のミスにより,依頼者・相談者に被害が生じたというケースを紹介します。
ユーザー(依頼者)としては,弁護士を選ぶことの重要性が分かります。
また弁護士にとっては『他山の石』として業務改良の一環とできます。
本記事では『守秘義務』が問題となった案件について整理しました。

1 裁判資料を依頼者に無断で相手に渡した→刑事訴訟記録だから責任なし

弁護士は高度なプライバシーに関わる情報や利害に直結する情報を扱います。
当然,第三者に開示する・漏らすことは厳禁です。
『守秘義務』と言います。
弁護士が依頼者に無断で刑事訴訟の資料を渡してしまったケースを紹介します。

<弁護人として取得した示談書を別件民事訴訟で相手に交付した>

あ 事案

XはA弁護士に刑事裁判の手続を依頼した
A弁護士は示談などを行い,業務を終えた
その後,刑事事件と関連する別の民事訴訟についても依頼を受けた
A弁護士は『示談書』などの刑事的業務における書類を相手方代理人に交付した

い Xの提訴

Xは『無断で相手方に書類を渡した』ことに不服であった
Xは,A弁護士に対する損害賠償を請求する訴訟を提起した

<裁判所の判断>

あ 評価

ア 弁護人の独立性;刑事訴訟法41条 刑事事件での『弁護人』は,依頼者である被告人からの一定の独立性がある
その使命・職責の一環として,被告人には認められていない権限がある
イ 訴訟関連書類・証拠物を複写する権限;刑事訴訟法40条 弁護士がその資格および権限に基づいて複写した刑事事件の書類・証拠物は当該弁護士の所有に帰する
当然に被疑者・被告人の所有に帰することにはならない

い 判決

請求棄却=A弁護士の責任を否定した
※大阪地裁平成17年10月14日

このケースでは相手が独自に刑事訴訟記録の閲覧・謄写をすることができる前提がありました。
『どうせ見られる』から,無断で開示してしまったのでしょう。
しかし,依頼者に開示の承諾を取らない以上,無断で開示すべきではないでしょう。
この判決は『好ましくない行為が裁判所に救済された』ようなものです。
『こうすれば良かった』という具体的内容をまとめます。

<事案に対するコメント>

判決では救済されたが,利益相反に該当する可能性もある
依頼者に確認しておく方がベストであった
《適正な具体的アクション》
『相手方代理人に,直接,刑事事件記録法による閲覧・謄写をするよう要請する』
※高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂p204〜

2 『依頼者が任せた者』とだけ打ち合わせをしていた

多くの案件の中では『法的な当事者』と『実質的な利害を強く持つ者』がずれることもあります。
報告や打ち合わせを『依頼者が親族に委ねる』ということはよくあります。
これがテーマとなった判例を紹介します。

<依頼者より詳しい『別の者』を通した打ち合わせのみだった>

あ 事案

Xの『代理人』としてQがA弁護士に相談・依頼した
報告・意思決定はすべてQを通して行った

い 裁判所の評価

ア 原則論 弁護士は,事情聴取や訴訟進行状況の報告を依頼者本人に対して行うべきである
イ 例外=特別の事情がある場合 《『特別の事情』の例》
本人が事実関係を熟知していない
むしろ本人以外の者の方が事実関係に精通している
かつ,本人の利益を代弁しうる立場にある

う 裁判所の判断(結論)

Xの損害賠償請求認容(金額不明)
※東京地裁昭和54年5月30日

実際には,重要なものに絞って報告・意向確認をする,という方法が好ましいです。
『代わりの人を通した連絡』には,具体的な状況に応じた『程度・限度』がある,ということです。

3 セカンドオピニオンの要請→依頼中の弁護士に問い合わせをした

既に別の弁護士に依頼している方が『セカンドオピニオン』を求める,ということもよくあります。
医療やその他の業界でも普及しつつありますが,弁護士でも同様なのです。
これに関して『依頼中の弁護士に連絡してしまった』というケースがあります。

<セカンドオピニオンの問い合わせを受けた弁護士が『依頼中の弁護士』に確認の連絡をした>

あ セクハラ被害者が弁護士に依頼

Aが弁護士B・Cにセクハラ被害に関する損害賠償請求などを依頼した
弁護士B・Cは慰謝料額として相当な金額をAに説明した
Aは納得できなかった

い 被害者は別の弁護士にセカンドオピニオン所望

Aは,ネット上で『セクハラ』問題に取り組むサイト『F研究会』を見つけた
主催者は弁護士Dであった
Aは弁護士Dに『セクハラ』に関する相談内容をフォームで送信した

う メッセージを受信した弁護士が別の弁護士に『実在確認』

受信した弁護士Dは『この相談者Aが実在するかどうか』を,弁護士Bに電話で問い合わせた
その後Aが弁護士Dに『このことを弁護士Bに話したか』を確認した
弁護士Dは『話した』と答えた

え 懲戒請求+提訴

Aは弁護士会に懲戒請求を行った+慰謝料請求訴訟を提起した

<裁判所の判断>

あ 『法律相談』の範囲論

『F研究会』のサイトのフォームで送信した内容
→法律上の意見・判断を求めているものではない
→『法律相談』ではない
フォーム受信内容は『職務上知り得た事項』ではない
守秘義務の範囲外である

い 『弁護士同士の連絡』の性質論

弁護士同士の連絡
→『守秘義務』のカバーが及んでいる
→正当な行為である
守秘義務違反ではない

う 判決

請求棄却
※大阪高裁平成19年2月28日

この判決では責任を否定しています。
しかし『弁護士同士ではしゃべって良い』ということをユーザーの目から見たらどうか,を考慮すべきです。
『秘密を守らなかった』ことはユーザーの信頼を裏切るものと言えましょう。
『弁護士』と分かっている者に気密性の高い事情を説明した方の信頼を尊重したいと思います。
法的な解釈論とは別に『一般ユーザーとプロフェッショナル』という関係の自覚は重要です。

4 解任されたことを『紹介者』に説明し,資料も見せたケース

弁護士が依頼者から依頼を解除(解任)されたケースです。
その後の清算などについて『紹介者』に協力を求めたことが問題視されています。

<依頼者から解任された事実・訴訟資料を紹介者に開示した>

あ 依頼→解消

Xは『紹介者』を通してA弁護士に会い,法律相談→依頼した
その後,X・A弁護士の間に見解の違いが生じた
XがA弁護士に『解任』の通知を発した

い 紹介者に依頼解消の『仲介』を要請

A弁護士は紹介者に『解任されたこと』を連絡し,清算・書類返還に関する協力を要請した
その後『紹介者』を通じた意見交換が行われた
その中で弁護士は紹介者に訴状などの資料を見せた

う Xの提訴

Xは『守秘義務違反』と主張した
XはA弁護士に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した

<裁判所の判断>

あ 解除後の清算義務の内容

A弁護士の都合での解除(辞任)ではない
=Xの都合による解除である
→履行済の委任事務の割合に応じて報酬を請求できる;民法648条3項
着手金・成功報酬の合計を算定する
『みなし成功報酬』などの合意は認められない

い 守秘義務における『秘密』の範囲

一般に知られていない事実であって,次のいずれかに該当する
ア 本人が特に秘匿しておきたいと考える事項イ 一般人の立場からみて秘匿しておきたいと考える性質を持つ事項 ※弁護士法23条,基本規程23条
詳しくはこちら|弁護士・司法書士の秘密保持義務(秘密の範囲と例外)

う 本件の判断(あてはめ)

『紹介者』に開示した情報は『秘密』に該当する

え 判決

A弁護士の賠償責任を認める
《賠償額》
(15万円の慰謝料+弁護士費用3万円)×依頼者2名
=36万円
※大阪地裁平成21年12月4日

このように『清算の内容』について依頼者・弁護士間で見解に相違があったのです。
これがきっかけとなって『紹介者』に仲介・協力を求める,という発想が生じたようです。
確かに『依頼者と紹介者は仲間→同一視』という感覚はあります。
しかしその関係はそう単純であるとは限りません。
安易に考えず,『預かっている情報』の重大性を最大限意識・配慮すべきです。
具体的には,依頼者自身が了承しない限り依頼者以外への情報・資料の開示はしない,ということです。

5 依頼者の職場に依頼業務の連絡をFAX送信したケース

弁護士が『依頼者の職場にFAX送信をした』という情報漏洩のケースがあります。

<依頼者の職場に依頼業務の連絡・FAX送信>

あ 以来当初の連絡方法の取り決め

FAXは依頼者の自宅宛に送信する
電話だけは弁護士と名乗らずに職場にかけてよい

い 誤った送信

弁護士事務所から依頼者の職場宛にFAX送信をしてしまった
約20名が勤務する職場の同僚が目にする可能性があった
職場の同僚が依頼者本人に手渡した

う 送信内容

『子どもとの面会日の日程・場所についての連絡』
調停中であることが分かる内容

え 裁判所の判断

弁護士の賠償責任を認めた
賠償額=20万円
※大阪地裁平成16年(ワ)第10316号

弁護士の事務所内での情報管理が不十分であったと言えましょう。

6 刑事事件の被害者の情報漏洩|弁護士の賠償責任

弁護士による情報漏洩としては,刑事事件の国選弁護人のケースもあります。
性犯罪に係る刑事事件の『被害者・家族の実名・電話番号』などが漏洩しました。
メーリングリストの設定で油断して『誰でも閲覧可能』としてしまった経緯でした。
これについては別記事で説明しています。
詳しくはこちら|個人情報漏洩の民事的責任|実例|賠償額相場

<参考情報>

高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂

7 依頼者との婚約→破局→受任内容開示+提訴

ちょっと複雑な事案がありました。
依頼者との恋愛関係から『情報漏洩』につながったというものです。
別記事で『恋愛関係』に関する事案を集約しています。
そちらで説明しています。
詳しくはこちら|弁護士・懲戒|恋愛関係|既婚を隠した交際・依頼者との婚約

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