1 国会議員は,職務上の発言の責任が免除される;免責特権
2 国会議員の発言で名誉を毀損された者は国家賠償も原則NG
3 野次や私語など(正式な発言以外)は責任が免除されない
4 地方議員は発言の免責特権が適用されない
5 地方議員の発言も免責されることが多いが例外もある

1 国会議員は,職務上の発言の責任が免除される;免責特権

国会での議論は,より多くの利害を明らかにして,考慮の対象とすることが強く求められています。
そこで,国会議員は,職務上の『演説,討論,評決』といった発言について責任が免除されます(日本国憲法51条)。
免責されるのは,刑事民事の両方の責任です。
名誉棄損罪の適用や,慰謝料請求などの請求が否定される,ということです。
自由な討論をするための免責特権とされています。

2 国会議員の発言で名誉を毀損された者は国家賠償も原則NG

国会議員の発言の責任は免除されています。
具体的には,被害者が国会議員に損害賠償請求をできないという意味です。
被害者としては,国会議員個人ではなく国家の責任を追及するという発想があります。
公務員の職務上の行為による損害なので,形式的には国家賠償請求に当てはまるのです。
しかし,国会議員の職務,使命として,より多くの方の利害を明らかにして,考慮の対象とする,ということがあります。
国会議員の発言については,裁量がとても大きいことが想定されているのです。
そのため,国会議員の発言自体が原則的に違法とはならないのです(判例1)。
逆に言えば,広い裁量でも逸脱するというレアケースもあります。

<国会議員の発言により国家賠償が認められる例>

・敢えて虚偽の事実を摘示して個別の国民の名誉を毀損するような行為
※判例1

3 野次や私語など(正式な発言以外)は責任が免除されない

国会議員の発言についての免責は,正式な発言以外では適用されません(判例1,文献1)。
もともと,免責の規定自体が一定の被害,迷惑という犠牲と引き換えに成り立っています。
適用されるのは実質的に意義のある類型に限定されているのです。

<国会議員の発言の免責対象>

ア 意見の表明→◯
イ 単なる事実の陳述→◯
ウ 質疑→◯
エ 私語,野次(討論以外)→☓

4 地方議員は発言の免責特権が適用されない

国会議員の発言の免責は,地方議員でも同様,という発想もあります。
この点,最高裁は,地方議員については免責特権が直接的に適用されることを否定しています(判例2)。
例外的な憲法上の規定であるため,明文の対象を解釈で拡大しないという趣旨です。
あくまでも憲法上の規定が地方議員に直接適用されることはないという判断です。

5 地方議員の発言も免責されることが多いが例外もある

発言の裁量が大きいという要請は国会議員と地方議員で共通します。
そのため,地方議員の発言については,違法性がないと判断される傾向が強いです。
結局,責任が生じないことが多い,という結論では,国会議員と地方議員で原則的に共通しています。
結果的に野次,私語など公式な発言以外では責任が生じる,ということが言えます。
実際に,責任が免除されたケースや,責任が免除されず,謝罪広告掲載などが命じられたケースもあります(判例2,判例3)。

条文

[日本国憲法]
第五十一条  両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。

判例・参考情報

(判例1)
[平成 9年 9月 9日 最高裁第三小法廷 平6(オ)1287号 損害賠償請求事件]
所論は、特定の者を誹謗するにすぎない本件発言は、憲法五一条が規定する「演説、討論又は表決」に該当しないのに、原審が上告人の被上告人竹村に対する請求を排斥したのは不当であるというものである。
 しかしながら、前記の事実関係の下においては、本件発言は、国会議員である被上告人竹村によって、国会議員としての職務を行うにつきされたものであることが明らかである。そうすると、仮に本件発言が被上告人竹村の故意又は過失による違法な行為であるとしても、被上告人国が賠償責任を負うことがあるのは格別、公務員である被上告人竹村個人は、上告人に対してその責任を負わないと解すべきである(最高裁昭和二八年(オ)第六二五号同三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、最高裁昭和四九年(オ)第四一九号同五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)。
(略)
一 国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを規定するものである。そして、国会でした国会議員の発言が同項の適用上違法となるかどうかは、その発言が国会議員として個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背してされたかどうかの問題である。
 二 ところで、国会は、国権の最高機関であり、憲法改正の発議・提案、立法、条約締結の承認、内閣総理大臣の指名、弾劾裁判所の設置、財政の監督など、国政の根幹にかかわる広範な権能を有しているのであるが、憲法の採用する議会制民主主義の下においては、国会は、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を、その構成員である国会議員の自由な討論を通して調整し、究極的には多数決原理によって統一的な国家意思を形成すべき役割を担うものであり、国会がこれらの権能を有効、適切に行使するために、国会議員は、多様な国民の意向をくみつつ、国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されているのである。
 そして、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会議員の立法行為そのものは、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法行為を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法上の違法の評価は受けないというべきであるが(最高裁昭和五三年(オ)第一二四〇号同六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁)、この理は、独り立法行為のみならず、条約締結の承認、財政の監督に関する議決など、多数決原理により統一的な国家意思を形成する行為一般に妥当するものである。
 これに対して、国会議員が、立法、条約締結の承認、財政の監督等の審議や国政に関する調査の過程で行う質疑、演説、討論等(以下「質疑等」という。)は、多数決原理により国家意思を形成する行為そのものではなく、国家意思の形成に向けられた行為である。もとより、国家意思の形成の過程には国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益が反映されるべきであるから、右のような質疑等においても、現実社会に生起する広範な問題が取り上げられることになり、中には具体的事例に関する、あるいは、具体的事例を交えた質疑等であるがゆえに、質疑等の内容が個別の国民の権利等に直接かかわることも起こり得る。したがって、質疑等の場面においては、国会議員が個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うこともあり得ないではない。
 しかしながら、質疑等は、多数決原理による統一的な国家意思の形成に密接に関連し、これに影響を及ぼすべきものであり、国民の間に存する多元的は意見及び諸々の利益を反映させるべく、あらゆる面から質疑等を尽くすことも国会議員の職務ないし使命に属するものであるから、質疑等においてどのような問題を取り上げ、どのような形でこれを行うかは、国会議員の政治的判断を含む広範な裁量にゆだねられている事柄とみるべきであって、たとえ質疑等によって結果的に個別の国民の権利等が侵害されることになったとしても、直ちに当該国会議員がその職務上の法的義務に違背したとはいえないと解すべきである。憲法五一条は、「両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。」と規定し、国会議員の発言、表決につきその法的責任を免除しているが、このことも、一面では国会議員の職務行為についての広い裁量の必要性を裏付けているということができる。もっとも、国会議員に右のような広範な裁量が認められるのは、その職権の行使を十全ならしめるという要請に基づくものであるから、職務とは無関係に個別の国民の権利を侵害することを目的とするような行為が許されないことはもちろんであり、また、あえて虚偽の事実を摘示して個別の国民の名誉を毀損するような行為は、国会議員の裁量に属する正当な職務行為とはいえないというべきである。
 以上によれば、国会議員が国会で行った質疑等において、個別の国民の名誉や信用を低下させる発言があったとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。

(文献1;『判例1』の解説)
[判例タイムズ967号 116頁]
憲法五一条にいう「演説」とは、議員がその職務を行うに当たっての正式な発言のすべてをいい、意見の表明のみならず、単なる事実の陳述や質疑も含まれると解されているから(宮沢俊義・日本国憲法三七五頁)

(判例2;責任否定)
[平成12年 2月28日 東京高裁 平11(ネ)2724号 損害賠償請求控訴事件]
一 控訴人らは、本件発言の内容は虚偽であって大橋朝男の発言目的と関連のない誹謗中傷や名誉毀損という違法又は不当な目的の下に行われたものであり、地方議会議員の議会等における発言は一般私人以上には保障されていない等として、被控訴人には損害賠償責任がある旨主張する。
 二 本件発言中にはD及び控訴人Aがガセネタを週刊新潮に売り込んだ、東村山市民新聞は誹謗中傷記事を掲載している、控訴人Aは変質者である、司法試験を受験したが合格できず、濫訴を繰り返す裁判マニアである等とする部分があり、これらの部分だけを取り出して考察すると、本件発言中には表現が不適切であり、具体的事実を摘示してD及び控訴人Aの人格的価値についての社会的評価を低下させるものがあるということができる。
 しかし、甲一及び弁論の全趣旨によると、本件発言は東村山市議会議員である大橋朝男が週刊新潮の記事及び東村山市民新聞の記事に関する被控訴人(東村山市の執行機関)の意見や対応を質すため被控訴人に対して行った一般質問の内容又は前提として、同人の認識しあるいは感じている事実を述べたものであることが認められるから、本件発言は右一般質問における発言目的と密接に関連するものであるということができる。そして、大橋朝男は右部分が虚偽であることを知りながら、D及び控訴人Aを誹謗中傷しその名誉を毀損するという目的の下に、あえて本件発言を行ったと認めるべき証拠はない。
 また、地方議会は住民の代表機関、決議機関であるとともに立法機関であって、右議会においては自由な言論を通じて民主主義政治が実践されるべきであるから、その議員は右機関の構成員としての職責を果たすため自らの政治的判断を含む裁量に基づき一般質問等における発言を行うことができるのであり、その反面、右発言等によって結果的に個別の国民の名誉等が侵害されることになったとしても、直ちに当該議員がその職務上の法的義務に違背したとはいえず、当然に国家賠償法一条一項による地方公共団体の賠償責任が生ずるものではない。これに関し、控訴人らは免責特権を有しない地方議会議員には右のような法理は妥当しない旨主張する。しかし、民主主義政治実現のために議員としての裁量に基づく発言の自由が確保されるべきことは国会議員の場合と地方議会議員の場合とで本質的に異なるものとすべき根拠はなく、地方議会議員について憲法上免責特権が保証されていないことは右法理の適用に影響を及ぼすものではない。また、地方議会及びその議員に対する直接民主制や住民に対する直接責任によって議員の発言の自由が制約されるとは解されないし、地方自治法一三二条が言論の品位の維持を定め無礼の言葉の使用等を禁止しているのは議場における討議の本来の目的を達成し円滑な審議を図るためであると解されるから、右規定をもって地方議会議員の発言の自由を制約する根拠とすることはできない(国会法一一九条も同旨を規定している。)。

(判例3;責任肯定→謝罪広告等を命じた)
[京都地裁平成24年12月5日]
https://www.tkclex.ne.jp/commentary/pdf/z18817009-00-010680909_tkc.pdf