1 交渉終盤での破棄の責任(基本)
2 不動産売買契約を破棄した責任(事例)
3 不動産売買契約を破棄した責任(肯定判断)
4 交渉終盤の破棄の責任を認めた裁判例(集約)
5 医療法人の譲渡契約の破棄による慰謝料(裁判例)
1 交渉終盤での破棄の責任(基本)
契約締結に向けた交渉を破棄しても原則的に責任は発生しません。
しかし例外的に責任が発生することもあります。
詳しくはこちら|契約締結に向けた交渉を破棄した責任(全体)
契約破棄の責任の分類の中に,契約の終盤の段階で認められる責任があります。
本記事では,交渉終盤で交渉を破棄した責任について説明します。
<交渉終盤での破棄の責任(基本)>
あ 交渉終盤における義務の発生
交渉が『進展した』段階において
相手方の契約成立に対する期待が発生する
『誠実に契約成立に努めるべき信義則上の義務』が生じる
い 交渉破棄の責任
特段の事情がないのに契約締結を拒絶した場合
→不法行為が成立することがある
交渉を破棄したこと自体についての責任である
※能見善久ほか『論点体系 判例民法5 第2版』第一法規出版2013年p20
2 不動産売買契約を破棄した責任(事例)
不動産売買契約を交渉の終盤で破棄した事例についての最高裁判例を紹介します。
まずは事例の内容をまとめます。
ほぼ契約締結間近という状況だったのです。
<不動産売買契約を破棄した責任(事例)>
あ 口頭レベルの合意
不動産売買契約に向けた交渉が進んでいた
所有者=A
購入希望者=B
約定すべき事項につき合意に達した
合意した事項=売買代金など
い 書面の交付
土地付建物売買契約書用紙が交付されていた
契約事項確認の意味であった
う 交渉破棄
Aが交渉を破棄した
※最高裁昭和58年4月19日
3 不動産売買契約を破棄した責任(肯定判断)
前記事例について,裁判所は交渉を破棄した責任を認めました。
<不動産売買契約を破棄した責任(肯定判断)>
あ 交渉の進展の程度
Bとしては,交渉の結果に沿った契約の成立を期待する
Bがそのための準備を進めることは当然である
い 義務の発生
契約締結の準備が『あ』の段階にまで至っていた
Aは信義則上の義務を負っていた
義務の内容=Bの期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努める
う 責任の判断
Aは不法行為に基づく損害賠償責任を負う
※最高裁昭和58年4月19日
4 交渉終盤の破棄の責任を認めた裁判例(集約)
交渉の終盤で交渉を破棄した責任を認めた裁判例は多くあります。
<交渉終盤の破棄の責任を認めた裁判例(集約)>
裁判例 | 交渉していた契約 |
最高裁平成2年7月5日 | 合弁事業の契約 |
福岡高裁平成5年6月30日 | 不動産売買契約 |
東京地裁平成6年2月21日 | デパートの店舗改装契約 |
福岡高裁平成7年6月29日 | 不動産売買契約 |
東京地裁平成8年3月18日 | 不動産売買契約 |
仙台地裁平成15年12月15日 | 不動産売買契約 |
東京地裁平成18年7月7日 | 不動産賃貸借契約 |
東京高裁平成20年1月31日(※1) | 不動産賃貸借契約 |
福岡高裁平成23年3月10日 | 採用内々定の撤回 |
※1 不法行為責任と明確に認めてはいない
5 医療法人の譲渡契約の破棄による慰謝料(裁判例)
契約を破棄した責任の賠償の範囲としては一般的に信頼利益だけが認められます。
詳しくはこちら|契約締結に向けた交渉を破棄した責任(全体)
この点,個別的事情によって慰謝料を認めた珍しいケースを紹介します。
<医療法人の譲渡契約の破棄による慰謝料(裁判例)>
あ 法人譲渡の契約交渉
医療法人Aは,産婦人科医院を経営していた
Aと譲受人候補Bは,医療法人の譲渡契約の交渉を進めていた
い 分娩診療の予約受付開始
Aの代表者は健康上の理由から分娩診療を中止していた
譲渡に伴い分娩診療の再開を予定していた
Aは,分娩診療の予約を受け付けていた
Bが診療を遂行する前提であった
う 交渉破棄
Bが交渉を破棄した
え 不本意な診療サービス提供
Aが分娩診療に携わることを余儀なくされた
お 裁判所の判断
Bの交渉破棄は不法行為に該当する
→慰謝料を認めた
※東京高裁平成19年12月17日