【交渉序盤において交渉を破棄した責任】

1 契約準備段階の当事者の義務の種類
2 交渉序盤の破棄の責任(基本)
3 売買交渉中の変電室設置と破棄(責任肯定判例)
4 責任を認める理由(判例の引用)
5 交渉序盤の破棄の責任を認めた裁判例(集約)
6 行政主体の責任(概要)

1 契約準備段階の当事者の義務の種類

契約締結に向けた交渉を破棄しても原則的に責任は発生しません。
しかし例外的に責任が発生することもあります。
詳しくはこちら|契約締結に向けた交渉を破棄した責任(全体)
契約破棄の責任の分類の中に,契約の序盤(初期)の段階で認められる責任があります。
本記事では,交渉序盤で交渉を破棄した責任について説明します。
まず,契約の初期段階で当事者には一定の義務が認められることがあります。

<契約準備段階の当事者の義務の種類(※1)

あ 契約準備段階の義務

契約準備段階に『入った』場合
→当事者は,契約締結に向けた緊密な関係にある
→『い・う』の義務を負う

い 抽象的な義務の内容

『相手方の人格・財産を害しない信義則上の義務』
『相手方が契約成立を信頼したことにより不測の損害を被らないように配慮すべき信義則上の義務』

う 具体的な義務の例

ア 相手方の誤解を是正する義務イ 相手方に無駄な出費をさせないように勧告する義務 ※能見善久ほか『論点体系 判例民法5 第2版』第一法規出版2013年p19

2 交渉序盤の破棄の責任(基本)

交渉の序盤で交渉を破棄することで発生する責任の基本的な理論をまとめます。

<交渉序盤の破棄の責任(基本)>

あ 基本的事項

交渉の段階で当事者が交渉を破棄した場合
→事情によっては各種の義務(前記※1)の違反となる
→交渉を破棄した者に損害賠償責任が生じることがある
※最高裁昭和59年9月18日(後記※2

い 法的構成の種類(※3)

交渉破棄による責任について
『ア〜ウ』のような法的構成の種類がある
この種類は,要件・効果での違いとして現れてはいない
ア 信義則上の注意義務イ 不法行為責任ウ 信義則上の契約責任 ※能見善久ほか『論点体系 判例民法5 第2版』第一法規出版2013年p20

3 売買交渉中の変電室設置と破棄(責任肯定判例)

特殊事情として買主(候補者)の要望により建物の所有者が変電室を設置したというものがあります。
その後に買主候補者が交渉を破棄したことについて責任が認められています。

<売買交渉中の変電室設置と破棄(責任肯定判例;※2)>

あ 事案

分譲マンションの所有者A
歯科医B
A・Bはマンション売買の交渉をしていた
BはAに電気容量の問い合わせした
Aはこれに応じて変電室を設けた
Bも特に異議を述べることはなかった
その後Bは結局マンションの購入を拒否した

い 裁判所の判断

Bには信義則上の注意義務違反がある
→損害賠償請求を認めた
過失相殺=5割
※最高裁昭和59年9月18日

4 責任を認める理由(判例の引用)

前記の最高裁判例では,責任を認める理由として理論的な内容を示しています。

<責任を認める理由(判例の引用;※4)>

取引を開始し契約準備段階に入った者は,『相互に相手方の人格,財産を害しない信義則上の注意義務』を負う
『これに違反して相手方に損害をおよぼしたときは,契約締結に至らない場合でも,当該契約の実現を目的とする右準備行為当事者間にすでに生じている契約類似の信頼関係に基づく信義則上の責任として,相手方が該契約が有効に成立するものと信じたことによって蒙った損害(いわゆる信頼利益)の損害賠償を認める』
※最高裁昭和59年9月18日

5 交渉序盤の破棄の責任を認めた裁判例(集約)

交渉序盤で交渉を破棄した責任を認めた裁判例はほかにもたくさんあります。
多くの裁判例を整理します。

<交渉序盤の破棄の責任を認めた裁判例(集約)>

裁判例 交渉していた契約 法的構成(前記※3
最高裁昭和59年9月18日(前記※4 不動産売買契約 信義則上の注意義務
東京高裁昭和61年10月14日 雇用契約 信義則上の注意義務
大阪高裁平成元年4月14日 医薬分業契約 信義則上の注意義務
東京地裁平成5年1月26日 不動産売買契約 信義則上の注意義務
神戸地裁尼崎支部平成10年6月22日 不動産賃貸契約 不法行為責任
東京高裁平成14年3月13日 不動産賃貸借契約 信義則上の契約責任
東京地裁平成17年7月20日 M&A(株式譲渡) 信義則上の契約責任

6 行政主体の責任(概要)

『契約締結に向けた交渉』とは違うけれど,交渉の破棄と理論的に同様の責任が認められたものもあります。
自治体の施策の変更が,特定の者を裏切るような状況になったというものです。

<行政主体の責任(概要)>

行政主体(政府・自治体)が施策を変更したことについて
特殊事情があるケースでは特定の者の信頼が保護される
→行政主体に不法行為責任が生じることがある
※最高裁昭和56年1月27日
詳しくはこちら|行政施策変更による自治体の不法行為責任(裁判例)

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