裁判官が1つの事件にかけられる時間|新受件数と、記録を読み切れない実情

1 裁判官が1つの事件にかけられる時間|新受件数と、記録を読み切れない実情

訴訟を起こすと、裁判官は提出した書面と証拠をすべて読んだうえで判断してくれる——当事者はそう考えます。ところが、裁判官が1つの事件にかけられる時間は、受け持つ事件の数で決まってしまいます。

本記事では、裁判官が一か月に受け持つ事件の数と、記録を読むのに要する時間から、審理に実際どれだけの時間を割けるのかを説明します。述べているのは、いずれも裁判官自身です。

裁判官の判断の可謬性→当人が認める誤りの不可避・制度の前提は判断力への信頼

2 結論=新受件数と記録の量から、精査し切れない事件が生じる

審理に充てられる時間と、当事者の側にできること

あ 裁判官が受け持つ事件の数と、かけられる時間

(ア)単独事件を担当する裁判官が新しく受け持つのは、一か月あたり30件前後(イ)1つの事件にさける時間には限りがある(第一審でも同じ)(ウ)事件がたまったときに落ちるのは、処理の速度ではなく仕事の質

い 控訴審で起きること

(ア)記録は数百頁になるものもあり、流し読みで済む事件はほとんどない(イ)1件に一週間かかる記録を月30件受け持てば、1日1件読み終えても追いつかない(ウ)実際には、記録を精査し切らないまま審理している

う 代理人の側にできること

(ア)隅々まで読まれるという前提を置かない(イ)書証は精選し、証拠説明書とマーカーで重要部分を示す

3 基礎数値=単独事件担当裁判官1人当たり月30件前後の新受件数

まず、どれくらいの数を受け持つのかという数字から見ます。元裁判官の瀬木比呂志氏は、1人の裁判官が一か月に新しく受け持つ事件の数を、負担を考えるときの目安として挙げています。この数字が、以下の話の基礎になります。

負担を考える際の基礎数値

単独事件担当裁判官一人当たり月30件ないし30件弱という新受件数が、おおむね、裁判官の負担を考える際の一つの感覚的基礎数値と言えるのではないかと述べた

※瀬木比呂志稿『裁判官とそのあり方』/『判例タイムズ1195号』2006年2月p74

4 控訴審で起きること=記録数百頁に対し、1件に一週間

この数字が何を意味するのかは、控訴審で考えると見えやすくなります。元裁判官で弁護士の藤原弘道氏が、上告のあり方を論じた文章の中で、控訴審の実情として自身の経験から具体的に書いています。

(1)記録の量と、読むのに要する時間

控訴審まで来た事件の記録は厚くなります。数百頁になるものも珍しくありません。しかも争点が残って控訴されている以上、難しい論点を抱えた事件が多く、流し読みで済むものはほとんどありません。

記録の量と、斜め読みが利かない事情

控訴事件の場合、訴訟記録も膨大なものが多く、数百頁というものもざらである。
しかも、控訴事件ともなれば、事実問題、法律問題に難問を抱えている事件が多いので、右から左へ記録を斜め読みして済ませれば足りるようなものはほとんどなく、じっくり考えながら慎重に読まなければ事件の内容をよく理解することはできない。

※藤原弘道稿『事実誤認と上告』/『民商法雑誌120巻1号』1999年4月p20

(2)割り算の帰結=1日1件ずつでも読み切れない

ここで割り算が効いてきます。記録1件を読むのに一週間かかる事件があり、1か月に30件を新しく受け持つのであれば、1日に1件ずつ読み終えなければ追いつきません。しかし裁判官は記録を読むだけが仕事ではなく、法廷も和解も判決の起案もあります。

新受件数で割ると、読み切れない計算になる

一件分の記録を読むのに一週間も十日もかかるという事件も珍しくない。
ところが、一月の新受件数が仮に三〇件とすると、一日に一件ずつ読み終わる必要があることになる。
法廷での弁論も、和解も、判決の起案もしないで記録ばかり読んでいても、もっと極端なことを言えば、食事もせず、睡眠も取らずに記録を読んでいても、とても全部の記録を完全に読み切ることはできない計算になる。
控訴審の裁判官が訴訟記録を完璧に精査することは、いまや物理的に不可能な状況にあるというのが実情であるように思われるのである。

※藤原弘道稿『事実誤認と上告』/『民商法雑誌120巻1号』1999年4月p20

(3)実際に行われていること=精査し切らないままの審理・2人合議

では実際はどうしているのか。藤原氏は、記録を精査し切らないまま審理している、と書いています。合議でも、主任でない裁判官は自分の担当事件に追われて記録をほとんど読まないことがあり、実質的には2人で決めている場合が出てくる、とも述べています。

精査し切らないままの審理と、実質2人合議

それでは、実際には高裁の裁判官はどのようしているのかということになるが、記録は全員が精査し切らないまま、事件の内容も十分に理解しないまま、審理をし裁判をしているということにならざるを得ない。
しかも、合議制とはいっても、陪席裁判官のうち主任裁判官でない裁判官は自分の主任事件の処理に追われてそれ以外の事件の記録をほとんど読まず、したがって実質的には主任裁判官と裁判長の二人合議で裁判をするという場合も出てくるというのが実情である。
これでは、とてもまともな控訴審とはいえず、的確な事実認定を期待することができないようなケースがでてくることも避け難いはずである。

※藤原弘道稿『事実誤認と上告』/『民商法雑誌120巻1号』1999年4月p20

5 地方裁判所にもある同じ制約=1つの事件にさける時間の限り

これは控訴審に限った話ではありません。瀬木氏は、第一審の実務を念頭に置いた本の中で、同じことを一行で書いています。

1つの事件にさける時間の限り

何度も書いたとおり、一つの事件に裁判官がさくことのできる時間には限りがあるのである。
(1)でも述べたとおり書証は精選して提出することと並んで、読みやすく頭に入りやすいものとしておくことにもぜひとも留意して頂きたい。

※瀬木比呂志著『民事訴訟実務と制度の焦点』判例タイムズ社2006年p242

6 事件がたまったときに落ちるのは、速度ではなく質

事件がたまったときに何が起きるかについても、同じ瀬木氏が書き残しています。遅れることよりも、仕事の質が落ちることのほうが問題だ、という指摘です。期日が先に延びるだけなら当事者は待てばよいのですが、実際に落ちるのは審理の中身のほうです。

事件がたまることで落ちるのは仕事の質

実際には事件数にも執務や事件処理の状況にも特別な問題がなくともそんな気がすることがあるのだから、事件をためてしまったり、体調を崩したり、その双方が重なったりすれば、非常に厳しい思いがするであろうことは容易に想像できる
(「事件をためる」ことを評価との関係で云々する議論が多いが、実際には、そんなことよりも、事件がたまることで執務のあり方全般、各局面が負担の重いものとなってくること、その結果仕事の質が落ちてくることのほうが問題なのである)。

※瀬木比呂志稿『裁判官とそのあり方』/『判例タイムズ1195号』2006年2月p74

7 代理人の側の含意=書証の精選と、重要部分の表示

以上は裁判所の側の事情ですが、代理人の側にできることがあります。瀬木氏は同じ本で、書面と証拠をどう出すべきかまで書いています。

(1)隅々まで読んでもらえるという前提を置かない

出発点は、提出したものが隅々まで読まれるという前提を置かないことです。膨大な書証をそのまま出して、裁判官が全部を細かく読んで関連性を自分で理解してくれると期待するのは、現実に合いません。

隅々まで検討してもらえるという前提を置かない

そして、そうしたことを何も求めない裁判官がこうした書証を隅々まで詳細に検討してくれるといった甘い考えも持たないほうがよいのではないかと思う

※瀬木比呂志著『民事訴訟実務と制度の焦点』判例タイムズ社2006年p243

(2)証拠説明書とマーカーによる重要部分の表示

そこで、どこが重要なのかを出す側が示すことになります。証拠説明書で立証趣旨を明らかにし、書証の写しの重要な部分にマーカーを引いておく。手間としては小さく、効果は大きい作業です。

マーカーによる重要部分の表示が要る理由

その趣旨は、証拠説明書と同様のことに加えて、実際には前記のような書証で立証に役立つ部分は限られることが多いからである。
ことに、文献、判例、日記、手紙やメール、預金通帳、経理関係書類、カルテや看護記録、他事件の尋問調書や刑事事件の供述調書等については留意してほしい

※瀬木比呂志著『民事訴訟実務と制度の焦点』判例タイムズ社2006年p242

8 おわりに

裁判官が記録を読み切れないことがあるのは、怠慢ではなく、受け持つ事件の数から来る構造的な制約です。そしてこの制約は、当事者の側から見れば、出し方次第で結論が変わりうるということを意味します。精選された書証と、要点の示された書面は、読まれる可能性を上げます。

もっとも、こうした制約があってもなお、判断は裁判官に委ねられています。委ねられた判断が誤りうることをどう考えるかは、別の記事で説明しています。

裁判官の判断の可謬性→当人が認める誤りの不可避・制度の前提は判断力への信頼

本記事は一般的な説明です。個別の事案にそのまま当てはまるとは限らず、一見似ている事案でも、事情が異なれば結論は異なります。個別的事情により、法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。本記事でご説明したものと同様の問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

本記事の引用は、書籍・判例などの原文から範囲を選んで載せたものです。改行の位置は読みやすさのために当方で整えており、原文の改行と同じとは限りません。また、記号や外字の扱いにより、文字の一部が原文と異なって表示されることがあります。

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