【労働審判の成功事例(不当解雇・未払い賃金・ハラスメント事案の実践ポイント)】
1 労働審判の成功事例(不当解雇・未払い賃金・ハラスメント事案の実践ポイント)
労働審判制度は、個々の従業員と事業主間の労働紛争をスピーディーに解決するために設けられた制度です。
従業員が自身の権利を理解し、効果的な法的戦略を立てるためには、過去の成功事例を分析することが重要です。本記事では、解雇無効、未払い賃金回収、ハラスメント解決という3つの主要な労働紛争類型における労働審判の成功事例を紹介し、共通する成功要因と実践的な推奨事項を説明します。
2 解雇無効の認められた事例
(1)解雇理由が不当であると認められた病院職員の事例
40代の病院職員が、同僚からの苦情を理由に解雇されました。
その後、交渉が決裂したので労働審判の申立をしました。
従業員側は、解雇には正当な理由がなく、適切な解雇手続きも踏まれていないと主張しました。解雇通知に至るまでの経緯を詳細に記録していたことが、このケースの鍵となりました。労働審判の第1回期日において、解雇が無効であることを前提とした和解が成立し、雇用主は職員に対して2年分の賃金相当額を支払うことで合意しました。
(2)不公平な解雇理由に異議を唱え和解金が増額された事例
会社が解雇し、その後の交渉の初期段階では、低い和解金を提示しました。そこで、労働審判の申立をしました。
従業員側は、解雇通知書に記載された10個ほどの解雇理由に対し、事実と異なる内容や、従業員の言い分を聞かずに一方的に決めつけた内容が多く含まれていると主張し、解雇の不当性を粘り強く主張し続けました。最終的には当初の提示額の3倍を超える和解金で解決に至りました。
(3)復職ではなく金銭的補償を求めた解雇事例
30代の男性が、不明確な理由で解雇され、解雇の根拠も示されませんでした。交渉は決裂し、労働審判の申立をしました。
従業員側は当初、復職を希望していましたが、労働審判における会社社長の態度などから、復職ではなく金銭的な補償を求めることに方針転換しました。解雇が無効であることを前提に、解雇期間中の賃金相当額の支払いを要求しました。結果的に、約1年半分の賃料相当額(約600万円)の金銭を受け取ることで解決しました。
3 未払い賃金回収に成功した事例
(1)不当な減給と未払い残業代の全額回収に成功した事例
50代の男性従業員が、合理的な説明もなく基本給と役職手当を大幅に減額されました。会社側は職務内容の変更によるものと説明しましたが、従業員は納得せず、減額分の賃金と過去2年分の未払い残業代の支払いを求めました。労働審判の結果、従業員は約400万円の全額回収に成功しました。
(2)労働審判申立て後に会社が態度を変え解決した事例
運送会社に勤務していた従業員が、日常的に残業していたにもかかわらず、残業代が一切支払われていませんでした。未払い残業代を請求したところ、会社側は逆に交通事故の負担金やタイムカードの不正などを主張してきましたが、交渉がまとまらず労働審判を申し立てました。すると、労働審判を申し立てられたことを知った会社側は態度を一変させ、解決金として500万円(残業代のほぼ満額)を支払うという合意が成立しました。
(3)タイムカード記録が不十分でも未払い賃金を回収した事例
20代の会社員が、未払い残業代などを会社に請求したいと相談した事例です。会社はタイムカード等による労働時間管理が不十分であり、労働時間の立証が大きな問題となりました。
弁護士は、依頼者の話から平均的な労働時間を計算し、交渉を試みましたが、会社側は資料の提出を拒否し、低廉な金額しか提示しませんでした。
労働審判を申し立てましたが和解は成立せず、審判では一定の支払いが命じられたものの、会社側が異議申立てをし、訴訟へと移行しました。訴訟では、労働時間についてより正確な時間を算出するため、依頼者の勤務先が契約しているセキュリティ会社から依頼者の入退出時間に関する記録を取り寄せました。さらに、依頼者と他の従業員とのLINEでのやりとりから、労働時間を細かく調べました。その結果、手間や時間はかかりましたが、訴訟では和解が成立し、会社は当初の交渉段階での提示額の10倍以上の金額を支払うことで合意しました。
4 ハラスメント問題の解決事例
(1)職場いじめによる和解が成立した事例
40代のトラック運転手が、恒常的な残業に加え、職場でのいじめを受けていました。労働局におけるあっせんが不調に終わった後、労働審判を申し立てました。
会社側は、裁判所からの書類に危機感を覚えたのか弁護士を立てて対応し、未払い賃金として約300万円の支払いを事実上認めました。さらに、労働審判期日では、いじめについての会社側の安全配慮義務違反に対する慰謝料相当額と、合意退職のための解決金として約100万円が追加され、最終的に約400万円で和解が成立しました。
(2)パワハラ主張が証拠不十分で減額された事例
あるソフトウェア開発会社において、従業員がパワハラを受けたと主張し、多額の慰謝料などを請求しました。しかし、会社側は、従業員が主張する残業時間の実態を示す業務日報や作業進捗表などの証拠を提出し、残業代が発生していないことを積極的に主張立証しました。しかし、パワハラの主張を裏付ける客観的な証拠が完全とまではいえませんでした。最終的に、請求額の約半額で和解が成立しました。
仮に訴訟にまで進んだ場合は請求が認められない(ゼロになる)リスクがあったので、この程度でも十分な成果、ともいえます。
(3)解雇の正当性を示す証拠がハラスメント請求を弱めた事例
衣料品輸入販売業の労働審判において、従業員が解雇後の賃金、慰謝料、弁護士費用など合計約360万円を請求しました。従業員側は解雇の無効を主張しましたが、会社側は、無断欠勤の多さを示す出退勤管理表など解雇の正当性を基礎付ける証拠を積み上げ、解雇の理由を積極的に主張立証しました。
その結果、請求額は減額され、約150万円の解決金にて調停が成立しました。
このケースも、仮に訴訟、判決となった場合には、ゼロになるリスクがあったので、この程度でも十分だと考えざるを得ないのでした。
5 各事例から学ぶべきポイント
(1)徹底的な準備と証拠収集の重要性
どの類型の労働紛争においても、関連する出来事を詳細に記録しておくことの重要性は強調されます。これには、日付、時間、場所、そして具体的な内容が含まれます。また、電子メール、メッセージ、録音、写真、目撃者の証言など、あらゆる形態の証拠を収集し、保全することが不可欠です。
未払い賃金の場合には、労働時間、給与明細、雇用契約に関する正確な記録を保持することが重要です。ハラスメント事案では、ハラスメントの内容、頻度、そしてそれが心身に与えた影響(医師の診断などを含む)を記録することが重要となります。
(2)効果的なコミュニケーションと主張
自身の主張とその法的根拠を明確かつ説得的に伝える能力が求められます。会社側の反論に対して効果的に対応し、証拠に基づいた再反論を行うことも重要です。労働審判の手続き全体を通して、専門的かつ敬意を払う態度を維持することも、裁判所(労働委員会)から信頼され、良好な結果につながる可能性があります。
(3)労働審判制度の戦略的利用
労働審判の手続きと期限を理解することは、効果的に制度を利用するために不可欠です。いつ申し立てを行うべきか、労働審判委員会に対してどのように自身のケースを提示すべきかを理解することも重要です。また、調停に臨む準備をし、和解金の可能性のある範囲を理解しておくことも有益です。
6 労働審判に直面する従業員への推奨事項
(1)事前的な証拠収集
雇用契約書、職務記述書、労働時間に関する記録、給与明細、業績評価など、雇用に関するあらゆる記録を保管してください。不当解雇、未払い賃金、ハラスメントの可能性のある事案については、日付、時間、目撃者、具体的な詳細を含む詳細な記録を作成してください。
(2)早期の法的助言
労働紛争が生じる可能性に気づいたら、できるだけ早く労働問題専門の弁護士に相談してください。早期の法的助言は、自身の権利と最適な行動方針を理解するのに役立ちます。
(3)自身の権利の理解
解雇、賃金、ハラスメントに関連する日本の労働法規をよく理解してください。従業員としての自身の権利と、雇用主の義務を認識しておくことが重要です。
(4)調停と和解の検討
紛争解決の手段として調停に前向きに取り組んでください。労働審判は、友好的な和解に達するために調停を推奨することがよくあります。
本記事では、労働審判の実例(成功事例)について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に労働審判など、雇用主と労働者(従業員)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。