【遺産評価の基準時は遺産分割・特別受益・寄与分で異なる(実務上の問題・実例)】
1 遺産評価の基準時は遺産分割・特別受益・寄与分で異なる(実務上の問題・実例)
遺産分割では、財産(遺産)の評価額を出します。この評価の基準時は、原則として遺産分割成立時点ですが、特別受益や寄与分の主張がある場合には相続開始時点(被相続人が亡くなった時点)の評価も必要になります。本記事では、このような評価の基準時の違いと、それによって生じる問題点を説明します。
2 3つの評価基準時の基本
(1)遺産分割の評価基準時→遺産分割時
遺産分割における財産の評価は、原則として遺産分割時の価値が基準となります。不動産や株式などの価値は日々変動するため、相続開始時の価値を基準としてしまうと、遺産分割までの間に価値が大きく変動した場合に相続人間で不公平が生じる可能性があるからです。
(2)特別受益の評価基準時→相続開始時
特別受益(被相続人から生前に受けた贈与や遺贈)の評価は、原則として相続開始時の価値が基準となります。これは、特別受益を受けた相続人が他の相続人よりも先に遺産の一部を受け取っていたと考え、相続開始時の価値で評価することで、相続開始時点における相続人間の公平を図るという考え方に基づいています。
(3)寄与分の評価基準時→相続開始時
寄与分(被相続人の財産の維持・増加に特別な貢献をした場合の評価)についても、原則として相続開始時が基準となります。これは、寄与行為が被相続人の財産形成に与えた影響を、相続開始という時点において評価するという考え方です。
詳しくはこちら|遺産分割における評価の基準時(遺産・特別受益・寄与分・死後認知の価額請求)(解釈整理ノート)
3 評価基準時の違いがもたらす実務上の問題
(1)財産価値の変動による不公平
不動産価格やマンション価格、株式など、資産価値は時間の経過とともに大きく変動することがあります。遺産分割の調停や審判に数年を要するケースでは、相続開始時と遺産分割時の間で価格が2倍近い開きとなるケースもあります。評価基準時の違いにより、どの時点で評価するかによって数千万円の差が生じることもあり、相続人間で不公平感が生まれる原因となります(具体例は後述)。
(2)2時点評価による鑑定費用の増加
遺産分割調停や審判では、特別受益や寄与分の主張がある場合、「相続開始時」と「現在(調停時)」の2時点での評価(鑑定)が必要になります。相続人全員で評価額について合意できればよいですが、合意できない場合には、正式な不動産鑑定が必要になります。
詳しくはこちら|遺産分割調停における遺産評価の手続(整理ノート)
1つの不動産に対して2時点評価を行うと、鑑定費用が高くなることがあります。
(3)手続きの長期化と争点の複雑化
複数時点の評価を行うと、まず、鑑定の期間が長くなることがあります。
また、鑑定結果に対する批判、反論(主張・立証)も2つの時点の評価額についてそれぞれ行うことになります。争点が増えるため、交渉や調停の期間が長くなる、さらには、調停でまとまらず、審判に移行することにつながる、ということもあります。いずれにしても、全体の解決までの時間が延びる傾向があります。
4 遺産分割の実例(評価基準時の違いが表面化)
(1)事案
実際に裁判所が遺産分割の審判をした事例を紹介します。
父(被相続人)はもともと、マンションAとマンションBを所有していました。生前にマンションAを長男に贈与しました。
父が亡くなった時の財産(遺産)は、マンションBと預貯金5000万円でした。
ところで、マンションAとBは同じエリア、同グレードで同価値であり、相続開始時はいずれも1億円、遺産分割時には1.5億円に値上がりしていました。
家庭裁判所の遺産分割審判の内容(結果)は、兄は預貯金5000万円を、弟はマンションBを取得する、というものになりました。
(2)みなし相続財産・相続分の計算
一見、不公平に思えますが、理論的には「公平」です。順に説明します。
この事例では、各財産は以下のように評価されます。
(ア)兄の特別受益(マンションA)=相続開始時の価値である1億円で評価(イ)相続財産(マンションBと預貯金)=遺産分割時の価値である1.5億円(マンションB)と5000万円(預貯金)で評価
みなし相続財産は「相続財産+特別受益」となるため、1.5億円+5000万円+1億円=3億円となります。
法定相続分が兄弟均等とすると、兄と弟はそれぞれ1.5億円ずつ取得するのが公平です。
詳しくはこちら|遺産分割における特別受益の持戻し計算の方法(計算式・基準時)
兄は既に特別受益として1億円分(相続開始時点の評価)を受け取っているため、遺産からは5000万円分を取得することで、合計1.5億円となります。弟は特別受益がないため、遺産から1.5億円分(遺産分割成立時の評価)(マンションB)を取得します。
この結果、兄弟は実質的に同じ価値(1.5億円ずつ)を取得しており、公平な分割が実現しています。
結論だけみると、兄はマンションとは別に預貯金5000万円を取得している分、弟よりも有利(不公平)な印象を受けますが、それでも「公平」ということになるからくりは評価の基準時の違いにあるのです。
本記事では、遺産評価の基準時が遺産分割・特別受益・寄与分で異なるということについて説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺産分割など、相続に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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