【提訴前照会・提訴前証拠収集処分の総合ガイド 】
1 訴訟前に情報・証拠を集める重要性
民事訴訟を効果的に進めるためには、訴訟を提起する前に十分な情報や証拠を収集することが非常に重要です。しかし、相手方当事者が持っている情報や証拠にアクセスすることは容易ではありません。この問題に対応するため、平成15年の民事訴訟法改正により、「提訴前照会」と「提訴前証拠収集処分」という2つの制度が導入されました。
これらの制度は、訴訟を提起しようとする者が、訴訟前の段階で相手方や第三者から必要な情報や証拠を収集することを可能にするものです。適切に活用することで、訴訟の見通しを立てやすくなり、効果的な訴訟準備を行うことができます。結果的に、不必要な訴訟を避けることにつながることもあります。
2 提訴前手続の種類と違い
(1)提訴前照会とは
提訴前照会とは、訴えを提起しようとする者が、訴えの被告となるべき者に対して、訴え提起前に必要な事項について書面で回答を求めることができる制度です。
これは訴訟開始後の当事者照会(民事訴訟法第163条)を提訴前の段階にまで拡大したものです(民事訴訟法132条の2、132条の3)。
例えば、医療過誤訴訟を検討している患者さんが、病院に対して手術に関与した医師や看護師の氏名を照会したり、交通事故の被害者が加害者に対して保険の加入状況を照会したりするような場合に利用できます。
(2)提訴前証拠収集処分とは
提訴前証拠収集処分とは、訴えを提起しようとする者が、訴訟で必要となる証拠について、裁判所に証拠収集の処分を申し立てることができる制度です(民事訴訟法第132条の4)。
この制度では、裁判所が関与して以下のような証拠収集を行います。
・文書送付嘱託:文書の所持者にその文書の送付を裁判所が嘱託します
・調査嘱託:官公署等に必要な調査を裁判所が嘱託します
・専門家の意見陳述の嘱託:専門家に意見の陳述を裁判所が嘱託します
・執行官による現況調査:執行官に現況について調査を裁判所が命じます
例えば、特許権侵害訴訟で被告企業の製造方法に関する資料を収集したり、建築紛争で建物の施工状況を調査したりする場合に有用です。
3 提訴前手続を利用するメリット
(1)訴訟提起の判断材料を得られる
提訴前に必要な情報や証拠を収集することで、訴訟を提起するかどうか、どのような請求をするかなどについて、より適切な判断ができるようになります。
場合によっては、収集した情報から訴訟を提起する必要がないと判断できることもあり、不必要な訴訟の回避にもつながります。
(2)訴訟準備の充実が図れる
訴訟前に有利な情報や証拠を収集しておくことで、訴状の作成や立証計画の立案などの訴訟準備をより充実させることができます。これにより、有利な結果を実現することはもちろん、訴訟開始後の審理がスムーズに進行し、迅速な解決が期待できます。
(3)証拠の散逸を防止できる
特に提訴前証拠収集処分では、訴訟に必要となる可能性のある証拠が失われる前に確保することができます。時間の経過とともに証拠が散逸するリスクがある場合に有効です。
(4)和解交渉の促進につながる
提訴前に当事者間で情報や証拠のやり取りを行うことで、互いの立場や主張をより理解しやすくなり、訴訟に至る前の和解交渉が促進される可能性があります。これにより、時間と費用のかかる訴訟を回避できる場合もあります。
4 提訴前照会の基本的な流れ
(1)提訴予告通知の送付
提訴前照会を行うためには、まず訴えを提起しようとする者が、訴えの被告となるべき者に対して「提訴予告通知」を書面で送付する必要があります。この通知には、提起しようとする訴えの請求の要旨および紛争の要点を具体的に記載します。
(2)照会の実施
提訴予告通知を送付した日から4か月以内に、訴えを提起した場合の主張または立証を準備するために必要であることが明らかな事項について、相手方に書面で回答を求めます。照会は書面(照会書)で行い、相手方に対して相当の期間を定めて回答を求めます。
(3)相手方の回答
照会を受けた相手方は、指定された期間内に書面で回答することが期待されます。ただし、相手方のプライバシーや営業秘密に関わる事項などについては、回答を拒否できる場合があります。
提訴前照会の手続の詳しい内容については、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|提訴前照会制度(利用場面・回答義務と除外事項・照会書の記載事項)
5 提訴前証拠収集処分の基本的な流れ
(1)提訴予告通知の送付
提訴前証拠収集処分を申し立てる前にも、まず訴えを提起しようとする者が、訴えの被告となるべき者に対して「提訴予告通知」を書面で送付する必要があります。
(2)裁判所への申立て
提訴予告通知を送付した日から4か月以内に、訴えが提起された場合の立証に必要であることが明らかな証拠について、地方裁判所に証拠収集処分を申し立てます。申立書には、収集したい証拠の内容や必要性、自ら収集することが困難である理由などを記載します。
(3)裁判所の審査と決定
裁判所は申立てを審査し、要件を満たしていると判断した場合に証拠収集の処分を決定します。必要に応じて相手方の意見を聴取することもあります。
(4)証拠収集の実施
裁判所の決定に基づいて、文書送付嘱託、調査嘱託、専門家の意見陳述の嘱託、または執行官による現況調査が実施されます。
提訴前証拠収集処分の手続の詳しい内容については、別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|提訴前証拠収集処分(民事訴訟法132条の4)の総合ガイド
6 どのような場面で利用すべきか(典型的な事例)
(1)医療過誤訴訟の場合
医療過誤訴訟では、患者側が医療機関の内部情報(手術記録、看護記録、関与した医療従事者の氏名など)を把握していないことが多いため、提訴前照会が有効です。
例えば、平成20年東京地判の事例では、医療機関に対して手術に関与した医師や看護師の氏名を照会することが認められています。
(2)製造物責任訴訟の場合
製品の欠陥による被害の訴訟では、製造過程や設計に関する情報が必要になりますが、これらは製造者のみが保有しています。提訴前証拠収集処分を利用して、製品の設計図や製造工程に関する文書の送付嘱託を行うことができます。
(3)建築紛争の場合
建物の瑕疵(かし)をめぐる紛争では、建築過程の記録や建物の現況調査が必要になります。提訴前証拠収集処分の執行官による現況調査などが有効です。大阪地裁では建築専門委員を活用した現況調査が行われた事例があります。
(4)知的財産権侵害訴訟の場合
特許権や著作権の侵害訴訟では、侵害の事実を立証するための証拠が必要ですが、これらは侵害者側が保有していることが多いです。提訴前証拠収集処分を利用して、製造方法や使用している技術に関する資料を収集することができます。
7 利用する際の注意点
(1)時間的制約に注意
提訴前照会も提訴前証拠収集処分も、提訴予告通知を送付した日から4か月以内に行う必要があります。この期間を経過すると、これらの制度を利用できなくなりますので、計画的に進める必要があります。
(2)照会・申立ての範囲を適切に設定する
提訴前照会では、訴訟の主張や立証の準備に「必要であることが明らか」な事項に限って照会できます。
また、提訴前証拠収集処分も、訴訟の立証に「必要であることが明らか」な証拠に限られます。
範囲が広すぎたり不明確だったりすると、相手方の拒否や裁判所の棄却につながる可能性があります。
(3)相手方の権利・利益に配慮する
プライバシーや営業秘密に関わる事項については、相手方が回答を拒否できる場合があります。照会内容を検討する際には、相手方の正当な権利・利益にも配慮することが重要です。
(4)強制力に限界があることを理解する
提訴前照会には、回答を強制する直接的な法的メカニズムがありません。照会を受けた相手方が回答を拒否したり、不十分な回答をしたりする可能性があること、その場合の対処を想定しておく必要があります。
(5)費用対効果を考慮する
特に提訴前証拠収集処分は、裁判所への申立てや専門家への嘱託など、一定の費用がかかります。得られる可能性のある情報や証拠の価値と、かかる費用やリソースのバランスを検討することが重要です。
(6)利用状況を理解する
提訴前照会・提訴前証拠収集処分の制度が作られた後、現実としては使われることが少ない傾向にあります。しかし、これらの制度が使われることが少ないだけでゼロではありません。つまり、ここぞという状況では力を発揮するのです。
詳しくはこちら|提訴前当事者照会・提訴前証拠収集処分の制度の利用状況(情報整理ノート)
8 まとめ
提訴前照会と提訴前証拠収集処分は、訴訟を提起する前に必要な情報や証拠を収集するための重要な制度です。これらを適切に活用することで、訴訟の見通しをより明確にし、効果的な訴訟準備を行うことができます。また、場合によっては訴訟前の和解につながり、時間と費用を節約することも可能です。
ただし、これらの制度には一定の要件や制約があり、すべての状況で効果的に機能するわけではありません。個別的な事案に最適な情報・証拠収集の方法を選択することが重要です。
本記事では、提訴前照会・提訴前証拠収集処分の制度の基本的事項について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に訴訟を提起する前の段階の情報・証拠集めに関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。