【平成28年判例が預貯金を遺産分割の対象にした判例変更の理由】

1 以前の預貯金の相続の解釈論(概要)
2 遺産分割の本質からの理想論と利便性
3 預貯金の性格と現金との類似性
4 普通預金・普通貯金の性格と相続による影響
5 定期貯金(定額貯金)債権の性格と相続による影響
6 預貯金債権の相続時の扱い(まとめ)
7 過去の判例変更
8 判例による弊害と解決方法(概要)
9 判例(決定文)全文のソース

1 以前の預貯金の相続の解釈論(概要)

以前は,預貯金は原則的に共同相続人に分割承継される解釈に統一されていました。定額貯金など,ごく一部にその例外が認められるという状況でした。
詳しくはこちら|相続財産の預貯金は平成28年判例で遺産共有=遺産分割必要となった
これに付随して,金融機関の対応についてもいろいろな問題が生じていました。
詳しくはこちら|相続人の預貯金払戻請求と金融機関の対応(全体・平成28年判例変更前)
便宜的に,相続人全員が同意すれば遺産分割の対象とできる解釈が実務に定着していました。
詳しくはこちら|一般的金銭債権の相続(分割承継・相続分の適用・遺産分割の有無)
以上の扱いが,平成28年の最高裁判例で変更となりました。従前の判例が変更されたのです。
本記事では,預貯金の相続の性質に関する判例変更について説明します。

2 遺産分割の本質からの理想論と利便性

まず,この判例の判断は,遺産分割の本質や実務上の利便性の整理から始まっています。

<遺産分割の本質からの理想論と利便性>

あ 遺産分割の本質

遺産分割の仕組みについて
被相続人の権利義務の承継にあたり
共同相続人間の実質的公平を図る趣旨がある

い 遺産分割の対象財産の理想論

遺産分割における対象財産の一般論として
被相続人の財産をできる限り幅広く含めることが望ましい

う 実務的な利便性

遺産分割手続を行う実務上の観点として
遺産分割の方法を定める際の調整に資する財産は有用である
評価についての不確定要素がない財産が調整に適する
例;現金
※最高裁平成28年12月19日

3 預貯金の性格と現金との類似性

判例の判断は次に,預貯金と現金の性格を比べて類似していることを指摘しています。

<預貯金の性格と現金との類似性>

あ 決済手段

預貯金は決済手段としての性格を強めてきている

い 債権内容の明確性

預金保険によって一定の元本・利息の支払が担保されている
※預金保険法第3章第3節など
払戻手続は簡易である
金融機関が預貯金口座の取引経過を開示すべき義務を負う
※最高裁平成21年1月22日
→預貯金債権の存否・金額の見解の齟齬が生じる事態は少ない

う 現金との類似性

預貯金に『あ・い』の性格があることから
預貯金債権を細分化しても価値が低下することはない
確実かつ簡易に換価することができる
→現金との差をそれほど意識させない財産である
※最高裁平成28年12月19日

4 普通預金・普通貯金の性格と相続による影響

判例の判断は次に,預貯金の種類ごとに分けて検討を進めています。
最初に普通預貯金について,その性格から相続との関係を整理しています。

<普通預金・普通貯金の性格と相続による影響>

あ 預金債権の基本的特徴

普通預金債権・通常貯金債権について
常にその残高が変動し得る
しかし,1個の債権として同一性を保持している

い 相続による契約上の地位の承継

預金者に相続が開始した場合
→共同相続人が預貯金契約上の地位を準共有する

う 相続後の契約の終了

共同相続人全員で預貯金契約を解約しない限り契約は終了しない
=預貯金契約が存続する

え 債権の分割の否定

各共同相続人に確定額の債権として分割されることはない
各共同相続人の法定相続分相当額を算定すること はできる
→しかしその金額は観念的なものにすぎない
※最高裁平成28年12月19日

5 定期貯金(定額貯金)債権の性格と相続による影響

次に,定期貯金(以前の定額貯金)の性格から相続との関係について検討しています。

<定期貯金(定額貯金)債権の性格と相続による影響>

あ 払戻の制限

契約上その分割払戻しが制限されている
払戻の制限は定期貯金契約の要素である
単なる特約ではない

い 相続後の払戻の問題

定期貯金債権が相続により分割されたと仮定した場合
→次の『ア・イ』のような不都合が生じる
ア 債権額の計算 利子を含めた債権額の計算が必要となる
→定期貯金の事務の定型化・簡素化という趣旨に反する
イ 払戻制限の承継 共同相続人は全員で共同した場合のみ払戻を請求できる
=分割承継の実質的意義はない

う 債権の分割の否定

『い』のような不合理・不都合が生じる
→定期貯金債権の分割は認めない
※最高裁平成28年12月19日

6 預貯金債権の相続時の扱い(まとめ)

以上の検討の結論として,判例は預貯金債権の分割承継を否定し,遺産分割の対象となることを認めました。

<預貯金債権の相続時の扱い(まとめ)>

あ 分割の否定

普通預貯金・定期貯金のいずれについても
→相続分に応じて分割されることはない

い 遺産分割の対象

普通預貯金・定期貯金について
→遺産分割の対象となる
※最高裁平成28年12月19日

7 過去の判例変更

この判例では,過去の判例を変更することを明確に宣言しています。一方で,経過的な措置や預貯金以外の債権については言及していません。

<過去の判例変更>

あ 判例変更

この判例の内容(見解)と異なる最高裁判例はいずれも変更する
例;最高裁平成16年4月20日

い 経過措置

判例変更の結果が適用される範囲について
→特に制限はない

う 預貯金以外の金銭債権一般への適用

一般的な金銭債権は昭和29年判例で分割承継とされている
※最高裁昭和29年4月8日
平成28年判例における判例変更の対象として
昭和29年判例は記載されていない
→預貯金以外の一般的な金銭債権は従前と同様である
=分割承継となる
詳しくはこちら|一般的金銭債権の相続(分割承継・相続分の適用・遺産分割の有無)
※最高裁平成28年12月19日

8 判例による弊害と解決方法(概要)

この判例によって,事案によっては困る状況が生じます。
主に,預貯金が長期間ロックされてしまうということに関する問題です。
これについては,いくつかの解決方法もあります。
この判例の中でも,仮分割の仮処分についてコメントされています。
いずれにしても,弊害やその解決方法については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|平成28年判例による相続財産の預貯金の払戻し不能問題と解決方法

9 判例(決定文)全文のソース

最後に,以上で説明した判例のソースを示しておきます。

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