【職場の妊婦・母の保護|つわり休暇・軽易業務転換・降格の有効性|マタハラ判例】

1 『つわり』への法的な保護・配慮|胎児から母への『安静にして』メッセージ
2 職場における妊娠中・産後の『母』の保護|男女雇用機会均等法・労働基準法
3 つわり休暇取得に関する注意点|賃金発生なしが原則
4 軽易業務転換→『降格』の有効性|平成26年マタハラ判例

1 『つわり』への法的な保護・配慮|胎児から母への『安静にして』メッセージ

妊娠中の女性(母)は,健康な子供出産のために,生物学的にも,社会的にも保護する強い要請があります。
職場での妊婦保護についての法整備が進んでいます。
『産休』『育休』は当然として,さらに『つわり』へのケアについてもルールが作られています。
ややマイナーなので会社側・従業員側ともに,あまり知らない,ということもあります。
職場における妊婦の保護のルールとともに,『つわり』に関する生物学的なメカニズムについて説明します。

<『つわり』の生物学的メカニズム>

あ 『つわり』の意味

妊娠初期における母体の吐き気や嘔吐

い 原因論

次のような説があるが,画一的見解はない
ア 特定のホルモンの影響イ 特定の組織のph値(酸性・アルカリ性の指標)の変化ウ 心理的影響

う 進化生物学からの考察

ア 因果関係 母体に痛みを生じる
→作業・活動ができなくなる(控える)
→胎盤形成のためにエネルギーを多く使える
→子供出産・子供が健康となる可能性が高まる
(=繁殖の最適戦略)
イ 子供視点 『お母さん,静かにしていて』というメッセージ

2 職場における妊娠中・産後の『母』の保護|男女雇用機会均等法・労働基準法

法改正を重ねて,妊婦・産後の母の保護が整備されてきています。
まとめて整理します。

<職場における『妊娠時期の母体』の法律的保護>

あ 保健指導・健康診査を受けるための時間の確保

会社は,妊娠中の従業員が保健指導・健康診査を受診するために必要な時間を確保する義務がある
※男女雇用機会均等法12条
《健康診査等受診の回数》

〜妊娠23週 4週間に1回
妊娠24週〜35週 2週間に1回
妊娠36週〜出産 1週間に1回
産後〜出産後1年 医師の指示による必要な時間

※男女雇用機会均等法施行規則2条の3第1項

い 指導事項を守るための措置|つわり休暇

妊娠中・出産後の従業員が健康診査を受け,医師から指導を受けた場合
→『母性健康管理指導事項連絡カード』を使うと『医師→会社』の伝達がスムーズ
→会社は,『医師の指導事項を守るための措置』を取る義務がある
※男女雇用機会均等法13条
《会社が行う『指導事項を守るための措置』の例》
ア 妊娠中の通勤緩和 例;時差通勤・勤務時間の短縮
イ 妊娠中の休憩に関する措置 例;休憩時間の延長,休憩回数の増加
ウ 妊娠中or出産後の症状等に対応する措置 例;作業の制限,休業等の措置←つわり休暇
※男女雇用機会均等法施行規則2条の3第2項

う 妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止

会社は,従業員が『妊娠・出産』を理由とした不利益扱いをすることが禁止される
※男女雇用機会均等法9条
《不利益な取り扱いの例》
ア 解雇することイ 有期雇用契約の対象者について契約の更新をしないことウ 事前に『契約の更新回数の上限』が明示されている場合に,当該回数を引き下げることエ 退職or正社員をパートタイム従業員の非正規社員とするような労働契約内容の変更を強要することオ 降格させることカ 就業環境を害することキ 不利益な自宅待機を命ずることク 減給or賞与において不利益な算定を行うことケ 昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行うことコ 派遣労働者について,派遣先が労働者派遣を拒むこと

え 産前・産後休業

会社は,次の期間は従業員を就業させることが禁止される
産前・産後休業期間=産前6週間+産後は8週間(原則)
※労働基準法65条1項,2項
詳しくはこちら|育児休業(育休);給与の有無,給付金,不利益扱い禁止,間接差別

お 妊婦の軽易業務転換

※労働基準法第65条3項

か 妊産婦の危険有害業務の就業制限

妊産婦を妊娠・出産・哺育に有害な業務に就かせることは禁止される
※労働基準法第64条の3

き 妊産婦に対する変形労働時間制の適用制限(法第66条第1項)

変形労働時間制がであっても,1日・1週間の法定時間上限が適用される
※労働基準法66条1項

く 妊産婦の時間外労働・休日労働・深夜業の制限(法第66条第2項及び第3項)

時間外労働・休日労働・深夜労働が禁止される
※労働基準法66条2項,3項

け 育児時間

生後満1年に達しない生児を育てる従業員は一定の『育児時間』の取得を請求できる
《育児時間》
1日2回,各々少なくとも30分
※労働基準法67条

こ ルールの実効性確保の措置=紛争解決手続・罰則

ア 紛争解決手続|男女雇用機会均等法 法律上の母性健康管理の措置が講じられなかった
→会社と従業員の間に紛争が生じた場合
→紛争解決援助(調停など)の申出を行うことができる
※男女雇用機会均等法15条〜27条
イ 罰則|労働基準法 ・対象
法律上の規定に違反した会社
・法定刑
懲役6か月以下or罰金30万円以下
※労働基準法119条

軽易業務転換(『お』)と不利益扱い禁止(『う』)の組み合わせについて,最高裁判例があります(後述)。

3 つわり休暇取得に関する注意点|賃金発生なしが原則

妊娠中の従業員が医師から『つわりのために休むように』と医師から指導されることがあります。
このような場合,会社は『休業』を受け入れる義務があります(上記『2』)。
『つわり』という原因に限定されているわけではありません。
しかし,代表的な理由は『つわり』です。
そこで,通称として『つわり休暇』と呼んでいます。

<つわり休暇の注意点|まとめ>

あ つわり休暇取得の条件|典型例

妊娠中の従業員が医師から『つわりがひどいため休業するように』との指導があった場合
+従業員が休暇を望む場合

い 賃金支払義務

賃金支払義務はない
例外;就業規則・賃金規定に『支給する』規定がある場合

う 現実的な運用

『つわり休暇』ではなく(形式的には)有休休暇を取得する
このような運用が一般的によく見られる

え 雇用形態との関係

『従業員(労働者)』はすべて対象となる
→正社員・契約社員・派遣・月給制・日給制などによる違い(制限)はない

お つわり休暇の期間

『医師の指導による必要な期間』
法律側で上限などの制限は設定されていない

か つわり休暇取得の手続

法律上,届出形式に指定はない
『母性健康管理指導事項連絡カード』の活用が一般的(上記『2』)

4 軽易業務転換→『降格』の有効性|平成26年マタハラ判例

妊娠・出産を理由とした『不利益な取扱い』は禁止されます(男女雇用機会均等法9条3項;前述)。
いわゆる『マタニティ・ハラスメント』『マタハラ』と言われるものです。
実際には『マタハラ』として違法となる範囲は明確ではありません。
妊娠中の従業員は『軽易な業務』に転換することが要請されています(労働基準法65条3項;前述)。
これ自体は当然,違法(マタハラ)ではありません。
ここで,業務の転換と同時に『降格』がなされると問題となります。
判例の基準をまとめます。

<妊娠→軽易業務への転換→『降格』の有効性>

あ 原則

違法
↑男女雇用機会均等法9条3項『不利益な取扱い』に該当する

い 例外1|自由意思が明確

従業員が自由な意思に基づいて降格を承諾した合理的な理由が客観的に存在する場合
《考慮要素|例》
ア 従業員が軽易業務への転換により受ける有利な影響イ 業務転換・降格により従業員が受ける不利な影響の内容や程度ウ 業務転換・降格に係る雇用主による説明の内容エ その他の経緯オ 従業員の意向

う 例外2|

不利益扱い禁止の趣旨・目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在する場合
《考慮要素|例》
ア 業務転換・降格についての業務上の必要性の内容・程度イ 従業員降格の措置なしで軽易業務への転換をさせると生じる支障 例;円滑な業務運営・人員の適正配置の確保など
ウ 従業員が軽易業務への転換により受ける有利な影響エ 業務転換・降格により従業員が受ける不利な影響の内容や程度 ※最高裁平成26年10月23日

判例の基準はちょっと分かりにくいです。
原則として『違法』となっているので,『軽作業に転換』しつつ『降格なし』にすべきと思いがちです。
しかし,それでは従業員同士の『不公平』につながります。
そこで『例外2』の中の『円滑な業務運営』として『公平性』も重視されるべきです。
判例内容の誤解・過剰反応による悪影響が心配されています。

<参考情報>

ビジネスロージャーナル15年3月p44〜

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