【定額残業代制度の意義と有効性判断基準(テックジャパン事件判例)】

1 残業代制度は『怠けることを助長』してしまう不合理性がある
2 定額残業代制度は現行法の不合理を排除する有意義な方法である
3 定額残業代の有効性判断基準
4 テックジャパン事件判例の補足意見
5 定額残業代は有効性が否定される事例もある
6 定額残業代が『無効』となるとダブル増額となる
7 定額時間外手当の導入時の注意=有効性を否定されない方法
8 定額残業代が有効と判断された事例
9 定額残業代と最低賃金との抵触(概要)

1 残業代制度は『怠けることを助長』してしまう不合理性がある

残業代自体が,不合理性をかかえる制度です。

<固定給+残業代制度がかかえる不合理性>

あ 不公平

普通以下の仕事しかしない者についても高額の賃金を補償する
→効率良く働いた者の『賃金』を奪っている;プロフィットイーター
→公平を害する
※大阪地裁平成12年2月28日;ハクスイテック事件

い モチベーションの低下

残業をしない方が賃金が低い
→『効率よく働いて短時間で多くの仕事をこなす』ことへのモチベーションが下がる

ハクスイテック事件の判例では『怠ける従業員』のプロフィットイーター現象について厳しく指摘しています。
詳しくはこちら|不利益変更禁止の例外として成果主義が有効とされた事例
関連コンテンツ|有期/無期の経済的リスク考察|VAIO事業撤退遅れ=プロフィットイーター

また,会社・社長の方針として『問題は起きていない』ということを強調して,残業代を無視しているケースもよくあります。

<『残業代無視』パターン>

あ 残業代無視状態

残業はあるが,従業員が『請求』してこない
雇用主は円満であると考え,残業代支給やその他の対策(後述)をとっていない

い 法的理解

法的に支給義務がある残業代を履行していないだけ=『サービス残業』

う リスク

ア 違反の罰則のリスクイ 係争リスク(コスト)ウ レピュテーションリスク(評判)

このような爆弾(リスク)を抱えている状態と言えます。
合理的な対策については次に説明します。

2 定額残業代制度は現行法の不合理を排除する有意義な方法である

『固定給+残業代』制度の欠点をカバーする方法として『定額残業代』の制度があります。

<定額残業代制度>

あ 制度の内容

一定時間の『残業代』を,基本給に『込み』とする制度(設定)

い 有効性

『込み』となっている残業時間・金額が労働契約書などに明記されていないと無効となることもある

う 『超過分』の支給義務

『込み』になっている残業時間を超過した労働時間については残業代が発生する

え 法律的性格

弁済充当の指定
※民法488条1項

3 定額残業代の有効性判断基準

定額残業代制度は,メリットが大きい一方で,当然,導入・運用によっては不当と言える場合もあります。
定額時間外手当の制度は,きちんと説明・運用がなされていないと無効とされることもあります。
定額時間外勤務手当の有効性が争われた裁判例は多く蓄積されています。
※東京地方裁判所平成3年8月27日;国際情報産業事件
個別的な事情によって判断されていますが,概ね,次のような判断基準が確立されています。

<定額残業代の有効性判断基準(※1)

あ 明確区分制

割増賃金相当部分をそれ以外の賃金部分から明確に区別することができる
割増賃金相当部分と通常時間に対応する賃金によって計算した割増賃金とを比較対照できるような定め方がなされている

い 対価要件

『割増賃金の対価』という趣旨で支払われている

う 差額支払合意or実態

実際に,規定の超過時間をさらに超過した場合,超過部分の(割増)賃金が支給されている

え 労働時間管理の必要性

『差額支払』が必須(上記『う』)
→労働時間を管理する必要性は消えない
※最高裁平成24年3月8日;テックジャパン事件(※2)
※最高裁平成6年6月13日;高知観光事件
※名古屋地裁昭和58年3月25日;朝日急配事件
※大阪地裁昭和63年10月26日;関西ソニー事件
※名古屋地裁平成3年9月6日;名鉄運輸事件
※東京地裁平成24年8月28日;アイティリンク事件
※東京地裁平成25年2月28日;イーライフ事件

4 テックジャパン事件判例の補足意見

前記※1の基準はテックジャパン事件の最高裁判例が元になっています。この判例では,補足意見が付されています。
この扱いについて,誤解が生じがちなので実務的な扱いをまとめておきます。

<テックジャパン事件判例の補足意見>

あ 基本的事項

最高裁平成24年3月8日;テックジャパン事件(前記※2)について
櫻井裁判官の補足意見が付されている

い 補足意見の内容

定額残業代の有効となる要件について
前記※1の要件に,『う』の要件も加える

う 追加要件

支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されている
(『・・・明示されていなければならないであろう。』)

え 基準としての有効性

『い・う』の補足意見について
→法廷意見(多数意見)として採用されなかった
→判例としての拘束力は有しない
『う』の要件を欠いても有効となる

5 定額残業代は有効性が否定される事例もある

具体的に,次のような事例について,最終的に最高裁で定額時間外手当を有効と認めませんでした。

<定額残業代の無効判断|最高裁判所昭和63年7月14日>

あ 事案

ア 本来の基本給 15万円イ 見込み割増賃金(残業代) 1万5600円 →月15時間の時間外労働相当
ウ 合計額(残業代込みの基本給) 16万5600円

い 無効とした理由

ア 月15時間という時間は,従業員の部署(営業部)の責任者の相談なしに決められたイ 実際に残業時間の算定を行っていなかったウ 15時間を超過する残業について残業代を支給していなかった

<定額残業代の無効判断|横浜地裁相模原支部平成26年4月24日>

あ 事案

成果給を『定額残業代』と兼ねていた
《成果給》

種類 対応する事情
職能給 乗務する車種
成績給 走行距離等
職別給 作業の難易度
安全評価給 無事故期間
い 無効とした理由

成果給は一定の技能・努力の対価であり『労働時間の対価』と重複しない
重複するとした場合,一方を『差し引いた』のと同じことになる

6 定額残業代が『無効』となるとダブル増額となる

定額残業代が無効となると『2段階の増額』,想定外の事態が発生します。

<定額残業代が『無効』となった場合のダブル増額>

あ 残業時間全部について支給が必要

時間外割増賃金を一切払っていなかったことになる

い 『時間単価』が跳ね上がる

割増賃金の算定基礎となる賃金に『定額残業代部分』も加算される

う 付加金リスク;労基法114条

『一切残業代を払っていなかった』ことから裁判所が付加金を認める可能性がある
詳しくはこちら|賃金・残業代の遅延損害金・付加金|退職日前後の違い・裁判所の裁量

7 定額時間外手当の導入時の注意=有効性を否定されない方法

定額残業代が通常の賃金(基本給)と明確に区別されていないと認められた場合は,法的に時間外勤務手当とは扱われません。
つまり,別途,割増賃金の支給がなされる,ということになります。
しかもこの場合,割増賃金の算定における,単価(要は時給)の計算では,(形式的な)定額残業代も含めることになります。
非常に大きな違いとなります。
そこで,(残業代と基本給が)明確に区別されているかどうかが重要です。
その判断は,次のような多くの事情から判断します。

<明確な区別の有無の判断要素の例>

あ 就業規則(給与規程など)の記載

《例》
ア 『定額時間外手当の金額・時間・超過分の支払』を明記するイ 『基本給』と『定額時間外手当』を分けて記載するウ 定額残業代制度の導入目的を明記する 『効率よく働いて短時間で多くの仕事をこなすことの促進』
『怠ける者への過剰な金銭支給,とこれにより,意欲的に働く者への支給が不十分となることの防止』

い 定額部分の対象を明確化する

例;『休日・深夜・月60時間超過部分は含まれない』

う 労働契約書,労働条件告知書の記載
え 給与明細書上での記載

《例》
・『時間外手当』というタイトル
・残業時間数を明記する

お 募集要項の記載
か 社内での掲示板(グループウェアなどのオンライン含む)での記載
き 社内での口頭でのコミュニケーション

<就業規則・賃金規程の条項サンプル|営業職用の例>

第n条
1 営業職の従業員に対し,月額3万円の営業手当を支給する。
2 前項の営業手当は,時間外勤務手当30時間分として支給する。
3 前項の時間を超過した労働時間については第m条による時間外手当を支給する。

8 定額残業代が有効と判断された事例

定額時間外手当の制度は,最近注目されている制度なので,導入している会社も多いです。
ただ,せっかく導入しても,無効(となると予想される)である状態が少なくないです。
確実に有効とするためには次のような事項をクリアしておくと良いでしょう。

<定額残業代として有効性が高い例>

あ 就業規則,労働契約書(労働条件告知書),給与明細のすべてにおいて次の事項が明記されている。

・定額時間外勤務手当の金額(基本給(基準内賃金)の金額)
・定額時間外勤務手当でカバーされる超過時間の上限
・休日勤務深夜勤務についても設定するのであれば,この金額・超過時間の上限
・設定した上限を超過した場合の割増賃金計算方法

い 実際に,勤務時間をきちんと管理し,規定の超過時間をさらに超過した場合は,超過部分の割増賃金が支給されている。

セールス手当という名目の支給額が,(定額)残業代,として認められた裁判例があります。
※大阪地方裁判所昭和63年10月26日;関西ソニー販売事件
この制度の運用実態としては,外回りのセールスマンが,定時を超過した勤務となることが多いから,セールス手当として支給していた,というものです。
結果的に,この趣旨,つまり超過時間での労働に対応するという部分が明確である,と判断されたのです。
この事案ではそのような判断になりましたが,逆に考えると,実際の実情,立証の程度によっては残業代ではないと判断される可能性も一定程度あったはずです。
参考となる情報ですが,あくまでも個別的な事例における判断に過ぎません。
また,実質的な歩合制に過ぎず,超勤深夜手当は残業代として認めなかった裁判例もあります。
※最高裁判所平成11年12月14日;南海タクシー事件

9 定額残業代と最低賃金との抵触(概要)

定額残業代の制度は最低賃金との抵触が生じることもあります。制度の設計でも気をつけるべきところです。

<最低賃金と最低賃金との抵触(概要)>

あ 定額残業代と最低賃金の関係

設定する固定の残業時間・残業代について
→多くすると『時間単価』が下がる
→『最低賃金』と抵触することがある

い 最低賃金の違反の効果

規定が無効となる
雇用主が刑事罰の対象となる
※最低賃金法4条1項,10条,15条,40条
詳しくはこちら|最低賃金法の規制と特例許可による緩和

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