1 名の変更許可の抽象的要件(いくつかの裁判例)
2 名の変更を認める現実的理由(通達)
3 名の変更の現実的理由の分類と許可基準(全体)
4 個人特定機能を軸とした許可事由の分類
5 名により生じる有害の内容
6 近年の裁判例の名の変更許可要件

1 名の変更許可の抽象的要件(いくつかの裁判例)

名の変更の審判では,裁判所が『正当事由』,つまり実質的な合理性を判断します。
詳しくはこちら|名の変更許可制度の基本(規定・趣旨・現実的理由)
本記事では,裁判所の正当事由の判断の一般的な基準を説明します。
さらに詳しい判断基準は,現実的な変更の理由ごとに分けて別の記事で説明しています(後記)。
変更許可の抽象的な基準として,裁判例で示されたものがいくつかあります。
まずはこれをまとめます。

<名の変更許可の抽象的要件(いくつかの裁判例)>

あ 必要性のみ

名の変更について
特定の個人の社会生活を営むに当たって
社会的に必要欠くべからざるものと認められる
※東京家裁昭和35年1月19日

い 同一性識別機能の不全

現在の名に,名が本来有する個人の同一性識別という機能の障害がある
※秋田家裁大館支部昭和36年1月31日

う 利益・不利益の総合考慮

『ア・イ』の事情を総合的に考慮する
ア 変更の利益が大きい
個人の社会生活上の身分・地位の変動があった
現在の名に障害があるわけではない
現状に相応した名に変更することによる利益が大きい
イ 現在の名の不利益が大きい
現在の名を維持することを強制することについて
→社会通念に照らして甚だ酷である
※秋田家裁大館支部昭和36年1月31日

え 変更の積極的な利益

名の変更による積極的事由の存在が必要である
例;変更することが本人にとって利益になる
単に変更による弊害がない・少ないという消極的理由では足りない
※札幌家裁昭和38年12月26日

2 名の変更を認める現実的理由(通達)

名の変更を希望する現実的な理由はある程度決まったものがあります。
通達として,名の変更が許可される現実的な理由の典型例が示されています。

<名の変更を認める現実的理由(通達)>

あ 襲名

営業上の目的から襲名する必要がある

い 同姓同名

同姓同名の者があって社会生活上著しく支障がある

う 宗教名

次のいずれかのために改名が必要である
ア 神官or僧侶となる
イ 神官or僧侶をやめる

え 珍奇・難解・難読

次のような名であるため社会生活上著しく支障がある
ア 珍奇な名
イ 外国人にまぎらわしい名
ウ 難解・難読の文字を用いた名

お 帰化

帰化した者で日本風の名に改める必要がある
※昭和23年1月13日民事甲37号最高裁民事部長回答

3 名の変更の現実的理由の分類と許可基準(全体)

名の変更を現実的理由で分類して,それぞれについて,ごく大雑把な許可の基準をまとめます。
それぞれの分類における詳しい判断基準はこの中にある別の記事で説明しています。

<名の変更の現実的理由の分類と許可基準(全体)>

あ 永年使用(通称)

この理由による申立が圧倒的に多い
社会的な定着の程度が重要な判断要素である
一般的に許可する傾向である
詳しくはこちら|通称への名の変更の許可基準

い 同姓同名

同姓同名や類似の名の者が周囲に存在する
社会生活上著しい支障がある場合に許可する
詳しくはこちら|同姓同名や類似の名による支障と名の変更の許可基準

う 襲名・宗教名

『ア・イ』が認められた場合に許可する
ア 真にその事実がある
イ 変更の必要性がある
詳しくはこちら|襲名による名の変更(許可基準と裁判例)
詳しくはこちら|宗教上の名(僧名・法名)への変更の許可基準

え 珍奇・難解の文字

悪名から脱するための名の変更について
→変更を許可する傾向である
詳しくはこちら|悪名(珍奇・難解)の変更の許可基準

お 主観的感情・姓名判断

これらを理由とする名の変更について
→一般的に許可しない傾向である
詳しくはこちら|主観的感情による名の変更(許可基準と裁判例)
詳しくはこちら|姓名判断による名の変更(許可基準と裁判例)

か 性別変更

出生届の錯誤・性別の変更により
戸籍上の名が真の性にそぐわなくなった場合
→名の変更が本人の将来の幸福につながる
→一般的に許可する傾向である
詳しくはこちら|性別変更や出生時の性別誤認による名の変更(許可基準と裁判例)

き 人名用漢字の範囲変更(概要)

出生当時に希望する名が制限外の文字を含んでいた
不本意ながら,やむを得ず制限内の文字を用いて命名した
その後,希望する名の漢字が人名用漢字に追加された
希望する名への変更を申し立てた
→肯定・否定の両方の見解がある
詳しくはこちら|人名用漢字の範囲の拡大に伴う名の変更(許可傾向と裁判例)
※村重慶一『精選 戸籍法判例解説』日本加除出版2007年p138,141

現実的な名の変更の理由はこのように多くのものに分類できます。
この点,通称以外の分類でも,実際には通称が使用されていることが多いです。
大部分は『通称』に含まれる,という分類の考え方もあります。

4 個人特定機能を軸とした正当事由の分類

前記の整理では,名の変更の現実的な理由で分類しました。
この点,大きく分類して,2種類だけに整理する方法もあります。
名の持つ『個人の特定』の機能を軸にして,この機能に関する欠陥と,それ以外の点の問題という2つに分類するものです。
名の変更を許可する事情(正当事由)を大きく2つにまとめます。

<個人特定機能を軸とした許可事由の分類>

あ 特定不十分

(同姓)『同名』の者が存在する場合
例;同一戸籍内・同一コミュニティ内
→個人の特定に支障が生じる
→名の変更が許可されるべきである

い 特定以外の有害性

個人の特定には支障がない
しかし特定のメリット以上に本人に有害な働きをする(後記※1)
→通称の使用があるはずである
→通称の永年使用の分類に含まれる
※高梨公之『家族法と戸籍の諸問題 戸籍時報100号記念』日本加除出版1966年p7,8

5 名により生じる有害の内容

前記の『名により生じる有害性』の内容についてまとめます。
つまり,個人の特定という機能とは関係ないことについての問題点ということです。
これらも名を変更する根本的な理由となるものです。

<名により生じる有害の内容(※1)>

あ 難読

難読も有害に含まれる

い 珍奇

名が珍奇で嘲笑の種になる
地位・職業からふさわしくない名である
性別を逆に推測させる名である

う 悪名

名の本質に反する
→変更が許可されるべきである
ただし通称使用があることが多い
※高梨公之『家族法と戸籍の諸問題 戸籍時報100号記念』日本加除出版1966年p7,8

6 近年の裁判例の名の変更許可要件

平成2年の裁判例で,名の変更許可の要件(基準)を示したものがあります。
一般論として,変更を緩やかに認める方針といえます。
現在の実務では,本人が希望する以上は弊害がない限り希望をかなえる,という方向性があるのです。

<近年の裁判例の名の変更許可要件>

あ 裁判所の判断

名の変更を許可することについて
積極的事由(い)は不要である
消極的事由(う)で足りる

い 積極的事由(不要)

変更しないと日常生活上具合の悪い事情があること

う 消極的事由(必要)

変更しても個人の同一性の認識に混乱を生じるおそれがない
『許容性』ともいえる
※高松高裁平成2年8月15日

え 補足説明

事案は長期間使用していた通称への変更であった
これが前提となっている
『積極的事由』が不要という判断ではないであろう
詳しくはこちら|通称への名の変更の許可基準