1 離婚に伴う合意の有効性(総論)
2 離婚に関する合意の経緯と内容(事案)
3 経済状態・履行の状況と元夫の主張
4 合意内容が不合理である事情
5 合意内容が合理的である事情
6 裁判所の判断
7 将来のフローと現存資産の違い
8 将来の収入の給付に関する評価
9 参考情報

1 離婚に伴う合意の有効性(総論)

離婚に伴う合意内容の有効性について,問題となることはよくあります。
古くからいろいろな解釈があり,また,法改正の影響もありました。
詳しくはこちら|夫婦間の契約取消権の基本的事項(背景・趣旨・実害・条文削除意見)
本記事では,離婚に関する合意の有効性が判断された事例を紹介します。
個別的な事情が反映された判断です。しかし,他の事案における判断の参考となることでしょう。

2 離婚に関する合意の経緯と内容(事案)

まず,事案の主な内容をまとめます。重要なのは合意の経緯と合意内容です。

<離婚に関する合意の経緯と内容(事案)>

あ 離婚に至る協議の経緯

夫Aが妻以外の女性Cと親密になった
Aは妻Bに離婚を求めた
Bは離婚を拒否した
BはAとCとの関係を知らなかった
AはBに離婚を承諾させるために『い』の内容を提案した
A・Bは『い』の内容について合意した

い 合意内容

ア AはBに今後23年間にわたり次の金銭を支払う
・住宅ローンの返済金額として1か月6万円(※1)
・毎月給料から住宅ローンを控除した残額の半額(※2)
・毎年ボーナスから20万円を控除した残額(※3)
イ AはBに金融資産を給付する
内容=貸付信託金・普通預金
合計約530万円
ウ AはBに自宅のマンションを譲渡する(※4)
※東京高裁平成2年6月27日

3 経済状態・履行の状況と元夫の主張

前記の合意がそのまま履行されれば問題は生じませんでした。しかし,元夫が履行しなくなり,最後には効力を否定するに至ります。

<経済状態・履行の状況と元夫の主張>

あ 元夫の収入の状況
給料月額 22万円
賞与年間 152万円
年間総収入 416万円(※5)
い 履行状況と夫の主張

合意内容のうち前記※1,※2について
AはBへの支払をほとんど行わなかった
夫Aは,権利濫用を主張した
※東京高裁平成2年6月27日

4 合意内容が不合理である事情

前記の合意の有効性について,裁判所が判断することになります。判断の内容を分析するために,有効/無効のそれぞれに結びつく事情に分類します。
まずは,合意内容が不合理である,つまり無効に結びつく事情だけをまとめます。

<合意内容が不合理である事情>

あ フロー(残額)

前記※2,※3の支払をした場合
→Aの手元には月額8万円,賞与は年20万円しか残らない

い ストック(合計額)

前記※2,※3の支払について
口頭弁論終結時までの合計額
→約1000万円に達している

う 元妻の自活能力

元妻Bも自活できるようになったはずである

え マンションの値上がり

譲渡した自宅マンション(前記※4)について
合意時の評価額は約2000万円以上だった
→口頭弁論終結時は約4500万円まで上昇した

5 合意内容が合理的である事情

次に,合意内容に合理性がある,つまり,有効という判断に結びつく事情をまとめます。

<合意内容が合理的である事情>

あ 合意の経緯に夫の不当な行為がある

合意の経緯には次のような経緯があった
AはCと親密な関係になり,Cとの結婚を希望していた
このために,AはBに離婚を強く迫った
BはA・Cの関係を知らなかった(AはBをだましていた)
合意内容はAが提案したものである

い 住宅ローン返済義務の所在

住宅ローンの債務者は元夫(A)であった
Bへのローン返済資金の給付(※1)について
→実質的な譲渡ではない
A自身の債務の弁済の手続をBが代行するものである
Bに実質的な利得(利益)はない
Aの新たな負担というわけではない
※東京高裁平成2年6月27日

6 裁判所の判断

合意の有効性についての裁判所の判断結果をまとめます。合意内容を有効な部分と無効な部分に分けています。

<裁判所の判断>

あ 住宅ローン返済資金(前記※1)

将来分も含めて請求を認めた
権利濫用には該当しない

い 将来的なフロー(前記※2,※3)

ア 口頭弁論終結時までの未払分
請求を認めた
約1000万円であった
扶養的財産分与や慰謝料としての性質と思える
イ 口頭弁論終結時以降
権利濫用に該当する
→請求を認めなかった
※東京高裁平成2年6月27日
※山口純夫『判例評論386号』判例時報社p187
※大津千明『判例タイムズ762号』p138

7 将来のフローと現存資産の違い

前記の裁判所の判断をさらに分析してみます。有効/無効の判断が分かれた『境界』を考えてみると判断基準がみえてきます。

<将来のフローと現存資産の違い>

あ 効力を否定した範囲

効力を否定されたもの
→将来の収入を原資とする支払(の一部)だけである

い 現存財産の給付合意の効力

既に存在する財産について
→給付の合意の効力を認めている

う まとめ

存在する財産の処分について
→合意の効力を認める方向性である
私有財産制・私的自治という根本的な制度そのものである

大前提として,合意に拘束されるのは,自由と引き換えの拘束であり,守ることが強く要請されます。その例外は非常識の程度が特に強いものに限られるのです。
そして,非常識レベルに達するのは『将来の収入の一部を減らされる』ことにあるということになっているのです。
ただし,将来の給付(支払)がすべて無効となるわけではありません。一般的に『扶養的財産分与』として,離婚後の経済的サポートは判例でも認められているのです。
詳しくはこちら|扶養的財産分与|離婚後の生活保障が認められることもある

8 将来の収入の給付に関する評価

将来の支払(給付)の一部について,前記の裁判所の判断では無効と判断しています。つまり,将来の支払が非常識(権利濫用)であると評価しているのです。
そこで将来の支払についての評価を分析します。

<将来の収入の給付に関する評価>

あ 現実的生活の状況(絶対値の評価)

元夫の収入のうち可処分金額について
月額8万円→異常な状況である
賞与を加えた平均月額としても
約9万7000円に過ぎない→異常な状況である

い 相対的な分配状況の整理

ア 収入
元夫の年間総収入=約416万円(前記※5)
住宅ローン返済分を控除すると344万円となる
イ 支出(分配)

分配 金額 割合
住宅ローン返済 72万円(6万円×12か月) (除外して算定する)
元妻への給付額 228万円(8万円×12か月+132万円) 66.3%
夫の可処分部分(残額) 116万円(8万円×12か月+20万円) 33.7%
う 相対的な分配割合の評価

ア 割合自体の評価
元妻に分配する割合が約3分の2である
→割合が異常に高いといえる
イ 分配状況継続期間の評価
元妻への分配が合計23年継続する
→継続期間が異常に長期といえる

このように,将来の支払による残額という現実的な面と拘束期間,支払額/残額の割合という事情がいずれも過酷なものだったのです。
逆に言えば,収入が大きいために一定額の支払後も生活に支障がないような場合は通常有効と判断されます。

9 参考情報

前記の裁判例について紹介している記事がほかにもあります。参考情報として記しておきます。

<参考情報>

本橋美智子『新版要約離婚判例』学陽書房p146,147