1 被害者の供述のみによる認定
2 性的行為の合意の有無の経験則(不倫or強制)
3 性的行為の合意の有無の経験則適用のリスク
4 経験則適用リスクが具体化する経緯の典型例
5 経験則適用の一般的リスク

1 被害者の供述のみによる認定

いわゆるセクハラなど,性的侵害行為の責任を追及するケースはとても多いです。そして,このようなケースでは責任の有無の見解が熾烈に対立することがよくあります。最終的な裁判所の認定には特有の特徴があります。
まず最初に,被害者の供述がとても重視されるという傾向をまとめます。

<被害者の供述のみによる認定>

あ 性的侵害の証拠の特徴

個々の行為については目撃者がいないことが多い
当事者2名で供述が異なることがよくある

い 供述の対立の典型

ア 侵害行為自体の有無
『被害を受けた』vs『していない』
イ 合意の有無
『強制的に侵害行為をされた』vs『合意の上での行為だった』
合意の有無はこれ自体が特徴的な認定の傾向がある(後記※1)

う 裁判所の認定の傾向

ほぼ被害者の供述のみの証拠を根拠として
裁判所が加害行為を認定(肯定)することはよくある
=被害者の供述を信用する+加害者の供述を否定する
詳しくはこちら|横浜セクハラ事件(身体接触・被害者の供述の重視)
詳しくはこちら|X社セクハラ事件(性行為あり・仲の良い不倫という主張の排斥)

被害者の供述を重視するのは,他に有力な証拠がないということが要因と言えます。つまり,そうしないと『加害者の言い逃れ』を許すことになってしまうのです。
当然,逆のリスクも指摘できます。つまり,でっちあげたストーリーを元にした責任を負わされる,いわゆる冤罪・濡れ衣のリスクです。

2 性的行為の合意の有無の経験則(不倫or強制)

性的行為の責任追及の場面では『合意の有無』の主張が対立することが多いです。具体例としては,いわゆる『不倫』なのか,強制的な性的関係なのか,ということです。
その場の録音・録画があれば別ですが,そうでない限り,状況の再現が難しいです。当事者2名の供述のみ,ということになります。被害者の供述が重視されるという傾向(前記)とは別に,経験則を用いて判断することになります。
経験則を使った認定の具体例を紹介します。

<性的行為の合意の有無の経験則(不倫or強制;※1)>

あ 事案(※2)

女性社員Bが入社して2月も経たない時期であった
男性Aは上司であり妻子があった
A・Bは継続的に一緒にデート・性行為を行っていた

い 経験則の適用(※3)

BがAに対して,積極的に不倫関係を持ちかけるとは通常考えがたい
→継続的なデート・性行為は合意に基づくものではない
※東京地裁平成24年6月13日;X社事件

入社2か月の女性社員が上司との『不倫』の関係を望むことはないという経験則です。これは当然,当てはまる状況も当てはまらない状況もあり得ます。誤った認定に至るリスクについては次に説明します。

3 性的行為の合意の有無の経験則適用のリスク

性的行為の合意では経験則がよく使われます。前記の事例をもとにして,認定のリスクをまとめます。

<性的行為の合意の有無の経験則適用のリスク>

あ 事案

上記※2の状況である
現実に女性Bが男性Aを誘った

い 経験則適用による誤った認定

Aが断らずに応じた場合
上記※3の経験則が適用される可能性が高い
また,女性の従属的態度による反論も排斥される傾向がある
詳しくはこちら|職場の性的言動(セクハラ)の違法性判断基準と被害者の従属的態度
→『違法に性的侵害行為をした』と認定される
刑事的責任の認定リスクもある
内容=強姦罪・強制わいせつ罪

4 経験則適用リスクが具体化する経緯の典型例

経験則の適用により真実と異なる認定に至ることもあります(前記)。この点,このようなことはほとんど起こらないと思う方も多いでしょう。実際には実際にリスクが具体化する経緯はだいたい決まっています。

<経験則適用リスクが具体化する経緯の典型例>

あ 不倫から『合意否定』の典型的経緯

A・Bの円満な仲の良い交際が継続する
ある時,関係が悪化し交際を終える
BがAを恨むようになる
BはAに対する責任追及を行う

い 反撃の典型例

Aは妻Cにすべてを白状する
CからBに対して『不貞行為による慰謝料』を請求する

う 対立ポイント

『(交際の)合意の有無』の主張が熾烈に対立する
判断・認定には次のような傾向がある
ア 被害者の供述が信用される傾向(前記※1)
イ 夫婦の一致する供述が信用される傾向
詳しくはこちら|不貞の慰謝料|実務的攻防|関係回復誘引・権利濫用・訴訟告知・冤罪サスペンス

5 経験則適用の一般的リスク

上記のように経験則は適用結果が真相と異なることもあり得ます。ごく一般化して,経験則適用のリスクとして要因をまとめます。

<経験則適用の一般的リスク>

あ 経験則の構造

経験則は,多くの人の行動を『標準化・標準規格』としたものである
個別的事情・個性を排除している
マイナーな個性・考えの存在を便宜的に無視している
『標準的な価値観』を前提としている(無理やり当てはめている)

い 経験則適用のリスク

個人の行動には個人による違い・バラエティーがある
特に近年は価値観の多様化が進んでいる
『標準的な価値観』ではない人の割合も増えている
マイナーな個性・行動に経験則を使うと誤作動が生じる
=誤った事実認定に至る