【結婚+相続のビジネス化事件(悪用された法律的制度の仕組み)】

1 『結婚+相続』のビジネス化事件
2 『子なし』『親なし』→遺言で『遺産独占』OK
3 公正証書遺言の有利なところ|有効性・確実性が高い・検認不要
4 結婚の条件としての遺言→『取引的側面』
5 結婚制度のバラエティ|一夫多妻制vs一夫一妻制

1 『結婚+相続』のビジネス化事件

新種の『結婚詐欺』が検挙・起訴され,世間で話題となったことがありました。
結婚と相続をセットにしたビジネスといえるような,悪質な金銭を得る手段が使われていたのです。

<結婚詐欺の移り変わり>

あ トラディショナル

結婚(の見込み)と引き換えに『金銭をもらうor借りる』

い 新種

基本的に加害者=女性,ターゲット=資産を持つ高齢男性
結婚の条件として『遺言』作成を要求(主に公正証書遺言)
『結婚+遺言』→男性死亡→相続

結果的にこのような法的効果が生じる事例は少なくありません。
しかし,今回発覚したケースでは,『毒殺』が疑われているようです。
事実だとすれば,意図的な『相続→財産入手(短縮化)』という悪質極まりないものです。
この分析としては,単に『欲深い女性が居た』ということでは終わりません。
その背景には,犯行を誘発した『法制度とマーケットメカニズム』が垣間見えます。
ここでは,個別的な事情には立ち入らず,この種の犯行の背景となっている,結婚と相続の制度の法律的な仕組みについて説明します。

2 『子なし』『親なし』→遺言で『遺産独占』OK

(1)配偶者の相続分は大きい

晩婚の高齢男性については『子供なし』『両親なし(既に亡くなっている)』ということが多いです。
これを前提にすると,法定相続人,相続分は次のようになります。

<子供・両親なしの場合の法定相続>

相続人 法定相続分
配偶者 4分の3
兄弟(合計) 4分の1

このように,大部分を『配偶者』が承継することになります。

(2)遺言があれば『配偶者が遺産独占』が可能

法定相続はあくまでも『遺言がない場合』に適用されるものです。
逆に遺言があれば,法定相続よりも優先です。
『妻に全部の財産を相続させる』という内容だとこのとおりになります。
しかし,遺言の制約もあります。
『遺留分』の制度です。
『一部の相続人に一切相続させない』ということは結果的にできないのが原則です。
しかし,相続人のうち『兄弟』だけは『遺留分』がありません。
結局『配偶者の遺産独占』が実現するのです。

<遺言で遺産独占が実現する要件>

あ 遺言者の親族の存否

『子供なし』+『両親なし』
→兄弟のみ

い 結果

『遺言で配偶者への全財産承継(相続)』が可能となる

なお,遺言があれば『承継した相続人』が単独で『移転登記』を行うことができます。

詳しくはこちら|相続人の範囲|法定相続人・廃除・欠格|廃除の活用例
詳しくはこちら|遺留分の制度の趣旨や活用する典型的な具体例(改正前・後)

3 公正証書遺言の有利なところ|有効性・確実性が高い・検認不要

ところで『遺言』には種類があります。

<主な遺言の種類>

あ 公正証書遺言

公証人が作成する
証人が2名必要

い 自筆証書遺言

誰も関与せずに,遺言者単独で作成する

2種類の遺言について『法的な効果』の違いはありません。
しかし,公正証書遺言は,自筆証書遺言よりも有利な点があります。

<公正証書遺言の特徴>

あ 公証人が関与しないと作れない
い 有効性・確実性が非常に高い

作成時に公証人+証人2名が立ち会っている
自筆証書遺言については『有効性が不確実→訴訟となる→裁判所が判断』ということが多い

う 検認不要

相続人に知られないで済む

<検認手続>

家庭裁判所において遺言の存在・内容を確認する
裁判所からすべての相続人に立会の要請の連絡がなされる

詳しくはこちら|遺言には『自筆証書』『公正証書』『秘密証書』の3種類がある
詳しくはこちら|遺言の検認|検認義務・手続の流れ・遺言作成時の注意

4 結婚の条件としての遺言→『取引的側面』

(1)結婚の条件としての遺言|法的側面

今回の事件では『結婚の条件』として『公正証書遺言の作成』が設定されていた模様です。
交換条件として利用されたということですが,法的理論では『不安定』な取引と言えます。

<遺言の撤回>

遺言は遺言者が自由に撤回・変更できる
遺言の種類(自筆証書遺言・公正証書遺言)でも共通

仮に結婚するために『遺言』を作成し,結婚実現後に遺言を『撤回』する,という『詐欺返し』ということも可能なのです。

詳しくはこちら|遺言を新たに作る,などで遺言を撤回できる,生前処分と遺言の抵触;対抗関係など

(2)結婚の条件としての遺言|取引的側面|金銭目的でもOK

結婚の条件として『遺言』を要求するということは『金銭目的の結婚』ということになります。
素朴な感覚として『好ましくない』というものがあります。
この点,結婚と同じ身分行為である『養子縁組』について,判例上,メインが金銭目的でも有効とされています。
詳しくはこちら|養子縁組の縁組意思の内容のまとめ(実質的意思の判断基準)

もともと,結婚という制度自体が,民法上『債権債務』という権利関係で構築されています。
財産・金銭の動きは『当然想定されている』もので,異常ではないと考えられているのです。

(3)結婚の条件としての遺言|マーケット的側面|金銭目的でもOK

次に,法的理論を離れた視点からは『結婚と遺言の交換』という『取引的性格』が見えます。

<結婚と遺言の交換条件|取引的性格>

あ 素朴な疑問

『なぜそんな条件(遺言作成)を受け入れてまでして結婚したのだろうか』

い 交渉学的説明

バトナ(BATNA)よりも『当該相手と結婚する』がベターだった
BATNA=Best Altenative To a Negotiated Agreement=代替手段のうち最適なもの

う マーケット・メカニズム的説明

取引可能な候補者のうち『最も有利な条件』であった

例えば,多くの女性からのオファーがあり,その1名が『遺言作成が条件』と明示していたらどうでしょうか。
他の要素で競合を圧倒していれば別ですが,通常,候補者から外れる,はずです。
ところで『結婚の条件』と言えば,もっと『健全』なものがあります。
民法の条文に書かれている公的な制度です。

(4)結婚の条件としての遺言|男性の本能・欲望のハッキング的側面

今回の事件に関する報道では,男性が『継続的な性的関係』を求めるあまり,『不当な条件』を受け入れた,というものもあります。
言わば『男性の本能・欲望』が作動する状態を作って,『抵抗できない』状態にした,と言えます。
多くの動物の性選択・性淘汰の研究で『性的欲望』が分析されているところです。
『フェロモン』による異性の誘惑→『強制的コントロールを実現』という現象が確認されています。

<『フェロモン』の定義>

あ 定義

他個体に,抗いがたい行動や生理的な変化をひきおこす物質

い 語源

2つのギリシア語を組み合わせてできた
pherein=運ぶ
hormaein=興奮させる
組み合わせ=pheromone
※『Newton2014年3月』

今回の事件はフェロモンと直結しませんが『欲望をハッキングした』という意味では同類と言えましょう。
なお,欲望がハッキングされた状態の時に結婚する約束をしても無効(婚約は成立しない)として救済されます。
詳しくはこちら|婚約の成立を認めなかった多くの裁判例(ベッドの上での契約は無効判決)
しかし,公証役場で公正証書を作成するという大掛かりな手続までしてしまっていると,欲望のハッキングによるものだから無効という救済(判定)は発動しないのです。

5 結婚制度のバラエティ|一夫多妻制vs一夫一妻制

以上で説明した問題は『結婚制度』を悪用したものと言えます。
この点,結婚制度は,国・地域・時代によってバラエティがあります。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|結婚制度のバラエティ|一夫多妻/一夫一妻制|現在の実情・時代との整合性

本記事では,結婚と相続を組み合わせたビジネスのような実際のケースを元にして,その背景にある結婚と相続の制度の法律的な仕組みの説明をしました。
実際に,結婚や法律に関係する問題や悩みに直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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