離婚の際,「養育費の請求はしない」という約束をしました。
その後請求するのはやはり無理でしょうか。

1 扶養を受ける権利は放棄できない→『養育費ゼロ』の合意は無効
2 養育費の合意額が低額という理由だけで増額請求は認められない(養育費変更請求)
3 養育費について低額の合意よりもゼロの合意の方が,後から請求できる可能性が高い
4 再婚したら養育費を打ち切るという合意は無効とされる可能性が高い
5 養育費は慰謝料などとの相殺はできない

1 扶養を受ける権利は放棄できない→『養育費ゼロ』の合意は無効

養育費の性質は,子供が親から扶養を受ける権利です。
正確には,扶養請求権養育費は微妙に違いますが,実務上,同視して考えることが多いです。
詳しくはこちら|親子と夫婦間の扶養義務の種類と内容(まとめ)

扶養を受ける権利処分できないとされています(民法881条)。
理由は,『一身専属権』と言って,身分に基づく重要な権利だからです。
次のとおり,処分の1つである放棄も否定されるのです(後掲裁判例1)。

<処分の具体例>

・債権譲渡
・放棄
・相続
・差押
・相殺

ただし,仮に親権者側だけで十分扶養できるだけの経済状態であれば,扶養の分担の合意として有効と考えられることもあります(民法878条)。

2 養育費の合意額が低額という理由だけで増額請求は認められない(養育費変更請求)

離婚の際,養育費の金額を合意して離婚協議書に記載する,ということは多いです。
その後改めて考えて安すぎると考えるケースもあります。
そして,改めて協議して金額の変更に合意すれば問題ないです。

増額の要求について合意に達しない場合,家庭裁判所で判断する手続があります。
養育費増額請求の調停や審判です。

家庭裁判所で増額を認める基準について説明します。

(1)原則として合意内容の変更は認められない

特別な事情がない限り,増額などの変更は認められません。
合意が尊重される,ということです。

(2)極端に低い場合は増額が認められる

ただし,相場(適正な金額)より極端に低い場合は,合意よりも不合理な状況の方が重視されます。
つまり増額が認められる,という方向性です。
別項目;養育費の相場,算定表
また,極端に低い金額の合意は,子供の扶養請求権を不当に『処分』したとして扱われます。
扶養を受ける権利の放棄は無効となります(民法881条)。

一方,合意をした状況を原因として合意が無効となることもあります。
早く離婚を成立させたかったから夫の言いなりになって低い養育費で合意したという主張が典型例です。
これに関連する裁判例があります(後掲裁判例2)。
やや古いケースですが,この件では,養育費(養育料)(子供の持つ)扶養料は別だという理論を採用しています。
既払いの養育費の控除も否定している部分については,一般化できないと思われます。

3 養育費について低額の合意よりもゼロの合意の方が,後から請求できる可能性が高い

以上の解釈論からは,低額の合意をすると有効になる可能性があり,ゼロ(放棄)だと無効ということになります。
養育費の合意が無効であれば,事後的に,調停・審判によって適正な額を決めてもらえることになります。
中途半端に低い金額の合意よりも有利のように感じられます。

しかし,実際に,養育費の合意について有効・無効が判断される際には合意に至った経緯・意図も関係します。
敢えて無効となることを意図して,極端に低い金額やゼロという合意をした場合は,有効となる可能性もあります。
法の悪用として権利濫用に該当する可能性があるからです。
とは言っても,実際には,客観的な金額の不合理性が重視される傾向が強いです。

4 再婚したら養育費を打ち切るという合意は無効とされる可能性が高い

離婚時に(元)妻が再婚したら,養育費は打ち切るという合意がなされているケースもあります。
この場合の合意の有効性を説明します。

簡単に言えば,再婚相手の収入が低くて,父(元夫)が養育費支払いを打ち切った場合に子供が苦境に陥る,という場合は,養育費を打ち切るという合意は無効となる可能性が高いです。
その理由は,養育費をもらう,というのは子供の権利だからです。
権利者以外が勝手に合意して,権利者が困るというのは不合理だ,ということです。
逆に,再婚相手が裕福で,養育費を打ち切っても特に困ることはない,という場合は,『打ち切る』という合意は有効と考えられるでしょう。

5 養育費は慰謝料などとの相殺はできない

例えば,離婚の慰謝料養育費が反対方向,ということがあります。
要するに(元)妻が慰謝料を払わないので,妻への養育費送金を止めるというような状況です。

形式的には,慰謝料と養育費を,相互に払いあう関係,になっています。
通常であれば,相殺ができる状態です。

しかし,養育費(扶養請求権)については,相殺が禁止になっています。
重要な『扶養』に関する権利として差押が禁止されています(民法881条)。
差押禁止債権については,(債務者側=養育費を支払う側からの)相殺が禁止されています(民法510条)。

条文

[民法]
510条
債権が差押えを禁じたものであるときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。

881条
扶養を受ける権利は、処分することができない。

878条
扶養をする義務のある者が数人ある場合において、扶養をすべき者の順序について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において、扶養義務者の資力がその全員を扶養するのに足りないときの扶養を受けるべき者の順序についても、同様とする。

判例・参考情報

(判例1)
[大阪高等裁判所昭和52年(ラ)第545号子の監護に関する処分審判に対する即時抗告申立事件昭和54年6月18日]
 抗告人及び相手方の当審における各陳述によると、相手方は、昭和五一年二、三月ころ、それまで抗告人が手許で養育していた事件本人の長女Nを抗告人から引取り、すでに相手方において養育していた事件本人の長男Kともども以後養育することになつたところ、Nを引取る際、抗告人から養育料や生活費ということで三〇万円位を受領したこと、その折相手方は抗告人に対し、もう養育費などは請求しないと言明したこと、相手方がこのような言明をしたのはNを引取る際に悶着があり、それ以上事柄をこじらせないで解決するのに最上と考えたからであることが認められる。なるほど右認定の事実によれば、子の養育費の負担につき、養育義務者である父母の間で、母から父に子の養育費を請求しないとの合意が成立していると認められるのであるが、しかしながら右合意は養育義務者間でのみの合意であつて、これによつて子に対する扶養の義務を免れさせる効果をもつものではない。すなわち右合意により父たる抗告人の事件本人未成年者両名に対する扶養義務が消滅するわけではなく、母である相手方が両名を扶養する能力を欠くときは、父である抗告人から未成年者両名に対する扶養義務が果されなければならない。もとより右合意の存在は本審判における扶養料の額を定めるについて有力な斟酌事由となるにとどまるというべきである。本件においてみるならば、抗告人と相手方間で授受された右養育料の金額、その後における相手方及び未成年者両名の生活環境、相手方の収入等に照らし、右合意が存在するからといつて、原審判認定の扶養料の額を不相当ということはできない。

(判例2)
[仙台高等裁判所昭和56年(ラ)第46号扶養料請求申立審判に対する即時抗告申立事件昭和56年8月24日]
 然し、原審判も述べるとおり、前記和解は抗告人と相手方母との間に成立したもので、抗告人と相手方との間に直接の権利義務を生じせしめたものではないから、右和解が養育料折半の趣旨で成立したとしても相手方に対しては何らの拘束力を有せず、単に扶養料算定の際しんしやくされるべき一つの事由となるに過ぎないし、また抗告人が相手方母に対し前記和解に基づく養育料を支払つたからといつて当然に本件扶養審判において差引計算をしなければならぬ筋合のものでもない。
四 その他記録を精査するも原審判にはこれを取消変更すべき違法、不当の事由は存在しない(なお別紙抗告理由1に記載されている点は抗告人においてもこれを問題とすることは本意でないというのであるから、当裁判所も右の点については判断を示さない)。