1 養育費・婚姻費用の不払いへの対抗手段|債務名義の有無で違う
2 夫婦・離婚に関する『債務名義』の例|調停調書・審判書・和解調書・公正証書など
3 債務名義・審判がある場合の『不払いの対抗策』|まとめ
4 債務名義があれば『差押』で回収できる・典型的な対象財産
5 『扶養』に関する差押については『金額・将来分の差押』が優遇される
6 『審判』があれば『履行勧告・履行命令』を利用できる

本記事では養育費・婚姻費用などの不払いに対する手段を説明します。
『債務名義』(後述)がある場合を前提にしています。
『債務名義』がない場合については別記事で説明しています。
詳しくはこちら|養育費・婚姻費用などの不払い|債務名義なし→仮差押・調停・審判・訴訟

1 養育費・婚姻費用の不払いへの対抗手段|債務名義の有無で違う

養育費や婚姻費用が払われない,ということはよく生じます。
本記事ではこのような『扶養に関する債権』の不払いへの対抗策について説明します。

<扶養に関する債権の具体例>

離婚後の『養育費』
別居中の『婚姻費用分担金』
親子間・親族間の『扶養料』

対抗策は,『債務名義』があるかどうかで大きく違います。
ここで『債務名義』について説明します。
簡単に言うと債務名義とは『強制執行ができるもの』です。
詳しくはこちら|債務名義の種類|確定判決・和解調書・公正証書(執行証書)など

2 夫婦・離婚に関する『債務名義』の例|調停調書・審判書・和解調書・公正証書など

より分かりやすく夫婦・離婚に関する『債務名義』の具体例をまとめます。

<夫婦・離婚に関する債務名義の例>

あ 協議離婚の場合

協議の内容を公正証書や裁判所の和解調書という書類にしておく必要があります。
離婚協議書や口約束だけだと,強制執行をすることができません。

い 調停離婚・裁判離婚の場合

調停証書・裁判所の和解調書・審判書,判決書などで強制執行をすることができます。
公正証書を作る必要はありません。

う 離婚成立前の婚姻費用分担金

公正証書,調停調書,審判書,裁判所の和解調書,判決文などが必要です。

3 債務名義・審判がある場合の『不払いの対抗策』|まとめ

『債務名義』がある場合『不払い』となってもいろいろな対抗策が取れることになります。

<債務名義あり|不払いへの対抗策のまとめ>

あ 強制的な回収

前提条件=『債務名義』あり
『差押』ができる

い 強制力のない方法

前提条件=(債務名義のうち)『審判』がある

種類 強制回収の機能 ペナルティ
履行勧告 なし なし
履行命令 なし あり

4 債務名義があれば『差押』で回収できる・典型的な対象財産

不払いとなった時に債務名義があれば『差押』が可能です。
強制的な回収,という最も強力な手段です。
差押をする場合は,対象となる財産を特定する必要があります。
不動産や預金も対象にできますが,一般的に多いのは給与です。
相手がサラリーマンではなく自営業者の場合は売上となります。
詳しくはこちら|差押の対象財産の典型例・債権者破産・差押禁止・範囲変更申立

自営業の場合,配偶者など,身内という立場で,ある程度事業内容を把握しているケースも多いです。
その場合,売上が生じるタイミング,入金のタイミングを熟知していて,最も困るタイミングで差押を受けることもよくあります。
その差押により,得意先に事情が知れ,迷惑がかかり,事業自体が破綻するということもありえます。

夫婦間で感情が激突する場面でも,事業が破綻するとそれ以降の回収が不可能となります。
回収側にとっても不利です。
そのような趣旨で,急所が避けられることが多いです。
愛情からの配慮ではなく,回収可能性を最大化させる配慮,というのがせつないところですが。

5 『扶養』に関する差押については『金額・将来分の差押』が優遇される

『扶養』に関する債権については,これを『被差押債権』とする差押について,例外的措置があります。
これは平成16年の民事執行法の改正により強化された規定です。

(1)優遇措置の対象債権

<差押における優遇措置の対象債権>

※民事執行法151条の2第1項,152条3項
ア 夫婦間の協力扶助義務;民法752条
イ 婚姻費用分担義務;民法760条
ウ 子の監護費用分担義務;民法766条等
エ 扶養義務;民法877条〜880条

(2)通常よりも多い金額を差押できる

給与退職金の差押については,一般的に,差押の上限金額4分の1となっています。
条文上4分の3差押禁止とされているのです(民事執行法152条1項,2項)。
別項目;給与は4分の3,公的年金は全額が差押できない|差押禁止

しかし,(1)記載の債権を被差押債権とする場合は,差押の上限金額は『2分の1』となります(民事執行法152条3項)。
扶養関連の債権は特に厚く保護する,という趣旨です。

正確には,最初に社会保険料などを控除します。
控除後の金額に上記割合をかける,ということになっています。

(3)将来分まで差押ができる

一般的な差押では,既に滞納となった債権だけが対象です(民事執行法30条)。
しかし,(1)記載の債権を被差押債権とする場合は将来分についても債権執行の開始がなされます(民事執行法151条の2第1項)。
ただし,これはあくまでも債権執行開始決定のことです。
滞納となっていない,つまり履行期未到来の債権を被差押債権とした差押は執行されません。

以上のことを簡単に言うと次のようになります。

<扶養関連の未払いでは『将来分』まで差押できる|内容>

ア 差押の申立は1回で済む
イ 毎月支払われない場合は毎月差押が実行される

一般的な毎月払いについては,滞納になるたびに差押の申立が必要なのです。
養育費や婚姻費用分担金などは,毎月払いとなっていることが多いです。
差押申立が1回で済むのは手間,コストの削減になります。

なお,毎月ではない,次のような場合でも適用されます。

将来分の差押ができる場合>

養育費や婚姻費用分担金などについて↓のような場合
ア 一括払いとなっている場合
イ 数か月分が滞納となっている場合
※東地民事執行センター『民事執行の実務 債権執行編 上』(第3版)p161;文献1

6 『審判』があれば『履行勧告・履行命令』を利用できる

(1)履行勧告・履行命令

扶養に関する不払いがあった時に『差押』は強力過ぎるので,敢えて避けたい,というニーズもあります。
ややソフトな手段として家裁の『履行勧告・履行命令』があります。
いずれも家裁の『審判』で決められた金銭の不払いがあった場合に利用できます。

<履行勧告>

家庭裁判所が相手に『支払を勧告』する
ペナルティなし
直接取り立てる効力はない
※家事事件手続法289条

<履行命令>

家庭裁判所が相手に『支払を命令』する
ペナルティ
→不履行の時は10万円以下の過料の制裁があり得る
直接取り立てる効力はない
※家事事件手続法290条

(2)金銭の『寄託』制度は廃止された

<金銭の寄託>

以前あった制度
現在は廃止された
家庭裁判所が『代わりに受け取る』=『支払の中継』制度
※(旧)家事審判法15条の7

これは『家事審判法』の時代にあった制度です。
感情の対立から金銭の受け渡しが困難な場合に『家裁が中継』するシステムでした。
既に現在は銀行振込・line-pay・ビットコインなど,支払(決済)手段が多様化しています。
『寄託制度』の意義がなくなり,新法=家事事件手続法では承継されませんでした。

条文

[民事執行法]
(期限の到来又は担保の提供に係る場合の強制執行)
第三十条  請求が確定期限の到来に係る場合においては、強制執行は、その期限の到来後に限り、開始することができる。
2  担保を立てることを強制執行の実施の条件とする債務名義による強制執行は、債権者が担保を立てたことを証する文書を提出したときに限り、開始することができる。

(扶養義務等に係る定期金債権を請求する場合の特例)
第百五十一条の二  債権者が次に掲げる義務に係る確定期限の定めのある定期金債権を有する場合において、その一部に不履行があるときは、第三十条第一項の規定にかかわらず、当該定期金債権のうち確定期限が到来していないものについても、債権執行を開始することができる。
一  民法第七百五十二条 の規定による夫婦間の協力及び扶助の義務
二  民法第七百六十条 の規定による婚姻から生ずる費用の分担の義務
三  民法第七百六十六条 (同法第七百四十九条 、第七百七十一条及び第七百八十八条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護に関する義務
四  民法第八百七十七条 から第八百八十条 までの規定による扶養の義務
2  前項の規定により開始する債権執行においては、各定期金債権について、その確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権のみを差し押さえることができる。

(差押禁止債権)
第百五十二条  次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一  債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二  給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
2  退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の四分の三に相当する部分は、差し押さえてはならない。
3  債権者が前条第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前二項の規定の適用については、前二項中「四分の三」とあるのは、「二分の一」とする。

[民法]
(離婚の規定の準用)
第七百四十九条  第七百二十八条第一項、第七百六十六条から第七百六十九条まで、第七百九十条第一項ただし書並びに第八百十九条第二項、第三項、第五項及び第六項の規定は、婚姻の取消しについて準用する。

(同居、協力及び扶助の義務)
第七百五十二条  夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

(婚姻費用の分担)
第七百六十条  夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。

(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
第七百六十六条  父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2  前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
3  家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
4  前三項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。

(協議上の離婚の規定の準用)
第七百七十一条  第七百六十六条から第七百六十九条までの規定は、裁判上の離婚について準用する。

(認知後の子の監護に関する事項の定め等)
第七百八十八条  第七百六十六条の規定は、父が認知する場合について準用する。

(扶養義務者)
第八百七十七条  直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2  家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3  前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

(扶養の順位)
第八百七十八条  扶養をする義務のある者が数人ある場合において、扶養をすべき者の順序について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、これを定める。扶養を受ける権利のある者が数人ある場合において、扶養義務者の資力がその全員を扶養するのに足りないときの扶養を受けるべき者の順序についても、同様とする。

(扶養の程度又は方法)
第八百七十九条  扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。

(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)
第八百八十条  扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。

判例・参考情報

(文献1)
[東地民事執行センター『民事執行の実務 債権執行編 上』(第3版)161頁]
この差押禁止債権の範囲についての特例は,定期金債権についての特例により差押えをする場合に限らず,法151条の2第1項各号に定める扶養義務等債権について,その各期限到来後に給与債権等の差押えをする場合にも適用されるし,扶養義務等債権が定期金債権とされていない一括支払の場合でも適用される。