夫婦間で暴力があった場合には離婚原因になりますか。
逆に離婚できないということはあるのでしょうか。

1 暴力はこれだけで離婚が認められる
2 身体的暴力=DV,精神的,言葉の暴力=モラル・ハラスメントなどの種類がある
3 身体的暴力は判定しやすいが,精神的暴力は受けたダメージの大きさの立証がが必要
4 自業自得の暴力被害→離婚を認めないという『踏んだり蹴ったり判決』

1 暴力はこれだけで離婚が認められる

(1)法律上は『婚姻を継続し難い重大な事由』に該当する

一般的に暴力はこれだけで離婚原因となります。
条文上は,暴力というカテゴリが明確に存在するわけではありません。
『婚姻を継続し難い重大な事由』に該当するということです(民法770条1項5号)。

(2)暴力の重大性

常識的に,夫婦の関係を大きく悪化させることであると位置付けられています。
程度によりますが,暴力だけで離婚が認められることがあります。
非常に大きなイベントです。
詳しくはこちら|3大離婚原因の全体と『性格の不一致』の誤解

2 身体的暴力=DV,精神的,言葉の暴力=モラル・ハラスメントなどの種類がある

暴力の内容として,次のような種類があります。

暴力の種類>

ア 身体的な暴力
『家庭内の暴力』として,『ドメスティック・バイオレンス』=DV,と言われます。
イ 精神的な暴力
『モラルハラスメント』とも言われます。
ウ 性的な暴力

いずれの暴力でも,程度によって,『婚姻を継続し難い重大な事由』に該当します。

3 身体的暴力は判定しやすいが,精神的暴力は受けたダメージの大きさの立証がが必要

(1)『婚姻を継続し難い』かどうかの実質的判断,評価が必要

元々『婚姻を継続し難い重大な事由』という実質的,評価的な判断です。
暴力であっても,軽微な場合は,離婚原因として認められません。

(2)身体的暴力は大きく評価される→離婚原因となりやすい

一定以上の身体的暴力は,刑法上暴行罪傷害罪として犯罪とされます。
このようなレベルの暴力であれば,離婚原因となる可能性が高いです。

(3)精神的暴力は,深刻重い程度である必要がある

一方精神的な暴力言葉の暴力とも言われます。
比喩的な言い方です。
当然,明確であり,深刻な内容,程度,ではないと離婚原因にはなりません。

4 自業自得の暴力被害→離婚を認めないという『踏んだり蹴ったり判決』

暴力があっても,結果として離婚を認めない,というケースもあります。

<暴力があっても離婚原因としない要因>

ア 被害者が相手方が激怒する不法な要因をつくった
イ 離婚を認めた場合に相手方が困窮する

<暴力があっても離婚を認めなかった裁判例の事例;後継判例1>

あ 事情

(あ)妻が夫に水をかける,ほうきで叩くなどの暴力を行った
(い)原因=夫が不倫をして,この不倫相手も夫に騙されていた→夫だけが非難対象

い 最高裁の判断

結論=離婚請求棄却
理由=このまま離婚を認めた場合には正妻が『踏んだり蹴ったり』になる

理由のコメントから,業界では『踏んだり蹴ったり判決』と呼ばれています。

条文

(裁判上の離婚)
第七百七十条  夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一  配偶者に不貞な行為があったとき。
二  配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三  配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四  配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五  その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2  裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。

判例・参考情報

(判例1)
[最高裁判所 昭和27年2月19日]
論旨第一点に対する判断。
 被上告人が原判決判示の如く上告人に水をかけたとか、ほうきでたたいた等の行為をしたことは誠にはしたないことであり、穏当をかくものではあるが右様のことをするにいたつたのは上告人が被上告人と婚姻中であるにかかわらず婚姻外のAと情交関係を結び同女を妊娠せしめたことが原因となつたことは明らかであり、いわば上告人自ら種子をまいたものであるし、原審が認定した一切の事実について判断すると被上告人の判示行為は情において宥恕すべきものがあり、未だ旧民法第八一三条五号に規定する「同居に堪えざる虐待又は重大なる侮辱」に当らないと解するを相当とする、従つて右と同趣旨である原判決は正当であつて論旨は理由がない。
 同第二乃至第四点に対する判断。
 論旨では本件は新民法七七〇条一項五号にいう婚姻関係を継続し難い重大な事由ある場合に該当するというけれども、原審の認定した事実によれば、婚姻関係を継続し難いのは上告人が妻たる被上告人を差し置いて他に情婦を有するからである。上告人さえ情婦との関係を解消し、よき夫として被上告人のもとに帰り来るならば、何時でも夫婦関係は円満に継続し得べき筈である、即ち上告人の意思如何にかかることであつて、かくの如きは未だ以て前記法条にいう「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するものということは出来ない、(論旨では被上告人の行き過ぎ行為を云為するけれども、原審の認定によれば、被上告人の行き過ぎは全く嫉妬の為めであるから、嫉妬の原因さえ消滅すればそれも直ちに無くなるものと見ることが出来る)上告人は上告人の感情は既に上告人の意思を以てしても、如何ともすることが出来ないものであるというかも知れないけれども、それも所詮は上告人の我儘である。結局上告人が勝手に情婦を持ち、その為め最早被上告人とは同棲出来ないから、これを追い出すということに帰着するのであつて、もしかかる請求が是認されるならば、被上告人は全く俗にいう踏んだり蹴たりである。法はかくの如き不徳義勝手気儘を許すものではない。道徳を守り、不徳義を許さないことが法の最重要な職分である。総て法はこの趣旨において解釈されなければならない。論旨では上告人の情婦の地位を云為するけれども、同人の不幸は自ら招けるものといわなければならない、妻ある男と通じてその妻を追い出し、自ら取つて代らんとするが如きは始めから間違つて居る。或は男に欺された同情すべきものであるかも知れないけれども少なくとも過失は免れない、その為め正当の妻たる被上告人を犠牲にすることは許されない。戦後に多く見られる男女関係の余りの無軌道は患うべきものがある。本訴の如き請求が法の認める処なりとして当裁判所において是認されるならば右の無軌道に拍車をかける結果を招致する虞が多分にある。論旨では裁判は実益が無ければならないというが、本訴の如き請求が猥りに許されるならば実益どころか実害あるものといわなければならない。所論上告人と情婦との間に生れた子は全く気の毒である、しかしその不幸は両親の責任である、両親において十分その責を感じて出来るだけその償を為し、不幸を軽減するに努力しなければならない、子供は気の毒であるけれども、その為め被上告人の犠牲において本訴請求を是認することは出来ない。前記民法の規定は相手方に有責行為のあることを要件とするものでないことは認めるけれども、さりとて前記の様な不徳義、得手勝手の請求を許すものではない。原判決は用語において異る処があるけれども結局本判決と同趣旨に出たもので、その終局の判断は相当であり論旨は総て理由なきに帰する。(本件の如き事案は固より複雑微妙なものがあり、具体的事情を詳細に調べて決すべきもので、固より一概に論ずることは出来ない。しかし上告審は常に原審の認定した事実に基いて判断すべきものであり、本件において原審の認定した事実によれば判断は右以外に出ない)