1 高度障害保険金の差押をしたが『死亡保険金』が漏れた→回収不能
2 相手方弁護士を信用して仮差押を解放してしまった→回収不能
3 不渡異議預託金への仮差押を怠った→依頼者の悪質性により弁護士の責任なし
4 不動産の移転登記と差押の優劣の知識不足→回収不能
5 手形の補充漏れが弁護士のアドバイス不足と主張された→責任なし
6 債権回収→離婚した元夫婦が協力して弁護士を攻撃→責任なし

弁護士のミスにより,依頼者・相談者に被害が生じたというケースを紹介します。
ユーザー(依頼者)としては,弁護士を選ぶことの重要性が分かります。
また弁護士にとっては『他山の石』として業務改良の一環とできます。
本記事では『債権回収・差押・仮差押』に関する案件についてを整理しました。

1 高度障害保険金の差押をしたが『死亡保険金』が漏れた→回収不能

保険金は,典型的な差押の対象財産です。
うまく確保できたけれどその後の『請求手続』を怠っているうちに,債務者が死亡してしまったケースを紹介します。
『死亡保険金』は別に差押が必要なのですが,差押の対象から外れていたのです。

<高度障害保険金と死亡保険金は別ということを見逃した>

あ 高度障害保険金の仮差押

XはQに対して3110万円の貸金債権を持っていた
XはA弁護士に『QのV生命保険に対する高度障害保険金請求権』の仮差押を依頼した
仮差押決定を得た
第三債務者の陳述(V)
『ある。ただし,高度障害保険金の支払事由の発生は陳述日現在了知しておらず,具体化していない』

い 保険金の『請求』

Xは『私がQに保険金請求をしてもらうように言います』と言った
A弁護士は約款の取り寄せなどを行わなかった
A弁護士はVに対し通知した
『高度障害保険金をQに支払うことがないようにお願いします』

う 被保険者の死亡

Qが死亡した
『死亡保険受取人』に『死亡保険金』が支払われた
『高度障害保険金』は消滅した
→Xは回収不能となった

え Xの提訴

XはA弁護士に対する損害賠償請求の訴訟を提起した

<裁判所の判断>

あ 評価

平均的な弁護士の水準として義務を判断する
Qが危篤状態にあった→高度障害保険金の請求手続ができない
→いかなる手続をとれば保全できるかを確認・調査すべき義務がある
調査内容=約款を取り寄せる・生命保険会社に問い合わせるなど
『債権者代位権を行使すること』を助言すべきであった

い 判決

2500万円の賠償責任を認めた
※大阪地裁平成13年1月26日

A弁護士のミスの要因は推測できます。

<事案へのコメント>

『Qが高度障害の状態にある事実をV生命保険に了知させれば保全できると誤信した』と思われる
※高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂p39〜

いずれにしても債権回収は依頼者の債権回収ができるかどうかの重大な局面です。
十分に調査・準備を整えて取り組むべきなのです。
なお高度障害保険金の理論的な部分は別記事で説明しています。
詳しくはこちら|高度障害保険金の差押|『死亡保険金』には及ばない|『保険金請求』が別途必要

2 相手方弁護士を信用して仮差押を解放してしまった→回収不能

債権回収は時間との闘い,という側面があります。
債務者が財産を動かす前に『ロック』する『仮差押』という手段があります。
仮差押により『ロック』できれば債務者が『逃す』ことができないので,ひとまずは安心です。
せっかく『ロック』したのに,交渉で『解放』してしまったケースを紹介します。

<相手方弁護士を信用した+心配性→依頼者に損害発生>

あ 請負代金債権の仮差押

X社はP社に対して約束手形債権を持っていた
X社は,手形債権回収についてA弁護士に依頼した
A弁護士は,P社が大阪府に対して有する請負代金債権343万円の仮差押を行った
被保全債権=手形債権;期限未到来

い 仮差押の取下要請

P社の代理人Q弁護士がA弁護士に『仮差押執行取消申請』の要請をしてきた
A弁護士は断った
A弁護士は次の事情を知った
・X社の従業員が手形について延期手形と利息金の支払いを受けていた
・P社から『期限未到来の手形債権で仮差押をするのは不当である』と抗議を受けていた
改めてQ弁護士は提案してきた
『仮差押の執行取消申請をしてくれれば,大阪府から受領した170万円を現金で支払う』

う 依頼者に対する状況説明

A弁護士はX社に状況の説明をした
『Q弁護士が保証するor手形を引き受ける』かのような説明をした
X社はQ弁護士の提案に応じることに承諾した

え P社との合意成立

A弁護士・Q弁護士は,合意書を作成・調印した
《合意内容》
仮差押の執行取消後,現金150万円+約束手形20万円の交付を行う

お 仮差押の取下

A弁護士は,仮差押の執行取消申請を行った
P社はいずれも履行しなかった
A弁護士は預金などの強制手段を行ったがうまくいかなかった

か X社の提訴

X社はA弁護士に対して損害賠償を請求する訴訟を提起した

<裁判所の判断>

A弁護士の賠償責任343万円を認めた
※東京地裁昭和49年3月25日

A弁護士は,相手方代理人弁護士から『うまく言われた』のでしょう。
相手方代理人の説明内容は分からないでもないです。
しかし,せっかく確保した『仮差押』を解放することには慎重であるべきです。
しっかりした『代替』となる担保との引き換えなどが望まれます。
もちろん『代替担保なしでの仮差押解放』が必ず不正解,ということもありません。
この判例での,もう1つの問題は『依頼者への説明』です。
結果的に依頼者Xが『代わりの保証』を誤解していた,ということがポイントです。
依頼者が負うリスク・コストについては十分に・明確に・分かりやすく説明すべきです。
このような事故の要因についてのコメントを紹介します。

<事案についてのコメント>

あ 教訓

『相手が弁護士だからこそその言説を安直に信用してはならない』

い 心理分析

『満期未到来の手形債権を被保全債権とする仮差押が違法である(不当である)』となぜか信じ込んだ
→原因は『心配性』であろう
※高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂p87〜

3 不渡異議預託金への仮差押を怠った→依頼者の悪質性により弁護士の責任なし

手形金債権についての債権回収のケースです。
弁護士が債務者のジャンプなどの要請を断って請求の手続を進めました。
手形が不渡りになった時に,債務者が預託した『不渡異議預託金』について仮差押をしなかったことの責任が争われました。
このケースでは,個別的な特殊事情により弁護士の責任は否定されました。

<手形の不渡異議預託金への執行をしなかった>

あ 手形金回収の依頼

XがA弁護士に手形債権の回収を依頼した
手形について,債権回収のためにA弁護士が裏書を受けた;隠れた取立委任
弁護士が取立を行った(※1)

い ジャンプに応じた

振出人が『手形の書替』を要望した
=実質的な期限の延長(ジャンプ)
A弁護士はこれに応じた

う Xが暴力団員を使っていた

Xが暴力団員を使った取立を行っていた
弁護士が中止を要請したがやめなかった
え  回収不能
書替手形が不渡となった
振出人が不渡異議預託金を預託した
A弁護士は預託金に対する執行を行わなかった
回収不能となった

お Xが提訴した

XはA弁護士に対する損害賠償を請求し訴訟を提起した

<裁判所の判断>

あ 評価

原則として不渡異議預託金の仮差押をすべきである
しかしXが暴力団員を使った回収を行っていた
A弁護士が中止要請してもやめなかった
この特殊性から『違法性』を否定する

い 判決

請求棄却=A弁護士の責任否定
※大阪地裁昭和58年9月26日

原則論としては,異議申立預託金への仮差押は行うべきアクションです。
詳しくはこちら|手形金回収|不渡・異議申立→異議申立預託金の仮差押・差押

あくまでも責任が否定されたのは特殊事情が理由です。
不渡異議預託金は手形金の代替物です。
容易に仮差押の対象となるので,確保しておくべきです。
つまり仮差押をしないと弁護士の責任が発生する,ということが前提となっています。
なお,この訴訟では争点になりませんでしたが『取立委任』は別の問題があります。

<弁護士による『隠れた取立委任』(上記※1)>

一般的に『係争物の譲受』として違法となる
しかし,本件では争点とならなかった
※弁護士法28条,基本規程27条

4 不動産の移転登記と差押の優劣の知識不足→回収不能

債権回収で差押の対象として『不動産』は典型的です。
うまく決まれば,価値があるので回収実現に結びつきます。
弁護士が不動産・登記の知識をしっかり持っていないと『取れるモノも取れない』ことになります。
知識不足により回収不能に至ったケースを紹介します。

<債権回収の依頼→執行の知識不足→回収不能>

あ 貸金返還訴訟

XはQに対する貸金債権750万円を有していた
貸金返還請求の手続をA弁護士に依頼した
A弁護士は返還請求訴訟を提起した
勝訴判決を得た

い 相手による妨害工作→対抗して提訴

Qは所有不動産を妻Rに譲渡し,所有権移転登記を行った(訴訟中に)
A弁護士は,次の申立を行った
・当該不動産についての処分禁止の仮処分
・Rに対する所有権移転登記抹消請求訴訟
Rに対するX勝訴判決を得た

う 抵当権者による競売

当該不動産にはP銀行の抵当権も付いていた
P銀行が抵当権実行を申し立てた

え 勝訴判決に基づく登記申請→法務局から取下要請

A弁護士は勝訴判決に基づいて『所有権移転登記抹消登記申請』を行った
先例によって『差押登記名義人であるP銀行の承諾がない限り,登記申請は受け付けられない』ことが分かった
登記申請を取り下げた

お 回収不能確定

当該不動産は売却された
配当金はP銀行のみが受けた

か Xの提訴

XはA弁護士に対する損害賠償請求の訴訟を提起した
主張=当該不動産についての競売申立や賃料差押を直ちにしていれば750万円が回収できた

<裁判所の判断>

あ 評価|依頼の範囲

依頼内容は『訴訟』である
当然には『保全処分や強制執行』までも依頼したとは解釈されない
民事訴訟法55条では,訴訟代理人は当然に保全処分・強制執行の代理権を有するとされている
この訴訟法のルールと対依頼者の関係は別である
委任契約・費用は別である

本件では訴訟以外の『委任契約』は認められない

い 評価|登記の理論

登記先例は,一般的な知識経験を有する弁護士に広く認識されていない
先例とは反対の解釈も十分にできる

A弁護士には法的解釈の誤りもない

う 判決

請求棄却(A弁護士の責任なし)
※福岡地裁平成2年11月9日

結果的にA弁護士は救済されたような状態となりました。
ただし『債権回収』という依頼における『顧客の得るバリュー』はプロとして徹底して追及すべきです。
依頼内容としての『訴訟』『保全』は『手段』なのです。
そして『債権回収』という『目的・バリュー』実現のための『手段選択』について弁護士はしっかりとガイド・サポートすべきだと思います。
この事例では『適切な手段の検討→推奨』という業務に欠けているところもあったと考えられます。
このような見解もあるので紹介します。

<判例とは別の見解>

弁護士には,具体的・積極的な債権回収のためのアクションの助言・説明義務がある
登記先例を知らないことを救済したことについての批判
『法律情報の専門家である弁護士についての評価としてはいささか甘い』
※加藤新太郎『弁護士役割論』弘文堂p108

5 手形の補充漏れが弁護士のアドバイス不足と主張された→責任なし

『手形』というシステムは『簡略・迅速』が特徴です。
形式的な部分での判断により『無効』となることがあります。
『白地の補充』がないだけで『手形金請求』はできなくなります。
『補充漏れ』について,法律相談での弁護士のアドバイス不足が主張されたケースを紹介します。

<手形債権の回収|白地補充の助言不十分>

あ 経緯

XはP社に対する手形債権の回収に関して,A弁護士に法律相談をした

い 相談時の手形の状態

振出人Q
第1裏書人Y
第2裏書人R
振出日欄 空白
受取人欄 空白

う 1回目の相談

A弁護士の説明
・振出日を補充する必要がある
・補充する日付は受領日である

え 2回目の相談

・満期に提示すべき
・暴力団を使った回収には関与すべきではない

お 3回目の相談

A弁護士の名前を出しても良い

か 相談後のXの行動

相談者XはP社に対し『弁護士に一任している』と回答した
P社は弁護士に電話し,ジャンプの要請をした→弁護士は拒否した
満期に,Xは手形提示を行った
手形は不渡となった

き 弁護士への回収の依頼

Xは弁護士Aに手形債権回収を依頼した
A弁護士は,第1裏書人Yに対して手形金請求の通知書を送付した
Yは『裏書の事実』を否認した
A弁護士はYの近辺に事務所を持つZ弁護士を紹介した

く 『補充していなかった』ことの発覚

Z弁護士は,手形提示の際『受取人欄の白地が補充されていなかった』ことに気付いた

け 手形訴訟提起

Z弁護士は,受取人欄を補充した上で手形訴訟を提起した(※1)
当初は『裏書の偽造』だけが争点であった
Yは1800万円を支払う和解案を提示した

こ 裏書人が『手形補充欠落』を知った

Yは手形交換所に照会した
手形のマイクロフィルムを調査した
受取人欄が白地,ということに気付いた
Yは従前の和解提案を撤回した

さ 最終的な和解成立

最終的にYが800万円を支払う内容の和解が成立した

し XがA弁護士を提訴

XはA弁護士に対する損害賠償請求の訴訟を提起した

<裁判所の判断>

あ 評価

受取人欄に第1裏書人のYを記入して補充しなければならない旨を具体的に説明・指示すべき義務があった

い 判決

1200万円の賠償責任を認めた
《内訳》
ア 和解ができたであろう額と実際の合意額の差額=1000万円
イ 弁護士費用200万円
※広島地裁平成7年7月17日

この事例では『請求行為の受任』以前の『法律相談』段階のアドバイスが問題となっています。
弁護士としては,得られる情報・把握できる情報が少なく,ある程度『概括的』なアドバイスになりがちです。
そのような制約の中でも『大損害が生じる可能性のある事項』については,しっかりと説明すべきです。
上記判決もこのようなプロフェッショナル論が背景にあると言えましょう。
ところでこの事案では『後から白地補充をして,最初から補充されていたフリで提訴する』というプロセスがあります。
この点についての問題も指摘できます。

<不正な方法という問題(上記※1)>

ア 『正当な利益』を実現する努力義務;基本規程21条
イ 『方法が明らかに不当』な事件の受任禁止;基本規程31条
ウ 虚偽と知りながら証拠を提出することの禁止;基本規程75条

事案全体を通して,情緒的な側面を指摘するコメントもあります。

<事案へのコメント>

手形の受取人欄が補充していなかったことについて
→知った時『A弁護士はさぞかし驚いたであろう』
※高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂p57〜

6 債権回収→離婚した元夫婦が協力して弁護士を攻撃→責任なし

(元)夫婦間の債権回収というのは一般的には珍しいですが,弁護士業務では登場することもあります。
『債権回収』自体の問題というより,業務終了後のクレームが生じたケースを紹介します。

<夫婦間の対立→手を取り合って弁護士を攻撃|ふんだり蹴ったり裁判>

あ 夫婦間の貸借・賠償問題の法律相談

夫Xと妻Qは夫婦関係が形骸化していた
夫XはA弁護士に相談→依頼した
・貸付金2000万円の返還請求
・無断処分(不正)した不動産に関する損害賠償請求
訴訟提起→100万円の認容判決を獲得した

い 訴訟中の妻による財産退避工作

交渉・訴訟中に妻Qは不動産に貸金業者を抵当権者とする根抵当権設定登記を行った
Xの委任状を偽造したものであった

う 妻への刑事告訴・破産申立

XはA弁護士を通じて,私文書偽造・同行使罪での刑事告訴を行った
さらにQに対する破産申立を行った

え 妻の『破産取下要請』→拒絶

Qの代理人L弁護士は『不動産が売却できる見込みなので破産申立は取り下げる』よう求めてきた
A弁護士はこれを信用せず拒絶した
破産手続は進められた
Q所有不動産は担保権者から実行された
この後,X・Qは協議離婚した

お 場外で夫婦が手を取り合った

XがQに対し非難を伝える連絡をした
Qは『A弁護士のせいだ』という主張を説明した
不動産を任意売却していればもっと有利になった,という内容
XとQは2人でA弁護士を訪れ,説明を求めた《←クライマックスシーン》

か 元夫婦のデュアル攻撃=ふんだり蹴ったり状態

QはA弁護士の懲戒請求を行った
XはA弁護士に対する損害賠償請求の訴訟を提起した

<裁判所の判断>

あ 評価

不動産には担保権が設定されていた
→任意売却の代金からの回収はゼロと想定される
『破産取下の拒絶』は委任の趣旨・裁量の範囲内である

い 判決

請求棄却=A弁護士の責任を否定した
※東京地裁平成16年4月27日

依頼者と敵である相手方が『悪いこと』を『代理人』に押し付けたような状態です。
依頼者もこれに同調し『代理人弁護士』を『共通の敵』として設定したのです。
味方からは損害賠償請求訴訟を提起され,敵からは懲戒請求をされる,という散々な結果となりました。
裁判所は責任しましたが,訴訟・懲戒手続に対応する手間・心理的負担は気の毒と言えます。
『ふんだり蹴ったり裁判』と呼びたいです。

<参考情報>

高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂